『TITANE/チタン』ジュリア・デュクルノー監督インタビュー

車に異常な執着心を抱く、頭蓋骨にチタンプレートを埋め込んだヒロイン

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TITANE/ジュリア・デュクルノー

初めは“嫌な”感じに思われても最終的にはラブストーリーにしたかった

『TITANE/チタン』2022年4月1日より全国公開
(C)KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

第74回カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いたジュリア・デュクルノー監督作『TITANE/チタン』が、4月1日より全国公開される。

幼い頃、交通事故により頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア。彼女はそれ以来、車に対し異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。自らの犯した罪により行き場を失った彼女は、ある日、消防士のヴィンセントと出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は孤独に生きる彼に引き取られ、ふたりは奇妙な共同生活を始める。だが彼女は、自らの体にある重大な秘密を抱えていた……。

本作品を見たエドガー・ライト監督は「完全に独創的。脳がブッ飛んだ」と語り、ポール・トーマス・アンダーソン監督も「警告する、心して見よ。身を任せて見た先に素晴らしい映画体験が待っていた」と混乱、驚愕を超えて絶賛する。

鮮烈なるデビュー作『RAW~少女のめざめ~』(16年)でカンヌ国際映画祭フィプレシ(国際映画批評家連盟)賞に輝き、長編2作目にしてカンヌの最高賞を奪取するという偉業を成し遂げたデュクルノー監督にインタビューを行った。

・「脳天カチ割る衝撃と快感」「なぜか気づいたら泣いてた」…頭蓋骨にチタン埋め込んだ少女の運命

──脚本はどのようにして形にしましたか?

監督:とても複雑なパズルに取り組んでいるような気がしました。どう考えても簡素化する必要がありました。でも、慎重にやらないと、私が狙った実存的な視野を失う危険がありました。実際のところ綱渡りでしたね。

作品に明確な形を与えるために、ヴァンサン・ランドンが演じるキャラクターとその幻想、つまり嘘を通して、愛とヒューマニティーを人生にもたらすことができるという考えに焦点を当てました。初めは暴力のせいで“嫌な”感じに思われるかもしれないけど、そのうち観客の中にキャラクターへの深い愛着が芽生えて、最終的にラブストーリーに思える映画にしたかったんです。厳密にいえば、“愛の誕生”のストーリーです。なぜなら、すべては選択の問題だから。

──タイトルに続いてアガト・ルセルが演じるアレクシアを大人として登場させる一連の場面についてお話していただけますか?

監督:あのシークエンスは、ある幻影を決定づけるためにあります──私の幻影ではなく、アレクシアの幻影、正確にいえば、他の人々がアレクシアに望む姿です。この幻影はアレクシアを理想化し、無理やり偶像化し、性の対象にして、使い古された一連の考え方に従わせます。私はそれを囮だと思っています。つまり、私たちは飛び込もうとして“海”をほのめかす表層に分け入り、とても曖昧な輪郭の女らしさを発見することになるんです。

このシークエンスを、とても自然でありながら、同時に現実から完全に分離されたものにしたかったんです。ここで提示されるアレクシアは、そのキャラクターの事実とは一致していません。

──アレクシアのキャスティングについて教えてください。

監督:アレクシアは観客に顔を知られていてはいけないと直感しました。アレクシアが“突然変異”する時、目にしたことのある女優の変化を見ていると思われたくなかったんです。さっき“曖昧な輪郭の女らしさ”について触れましたよね。それを体現する無名の人が必要でした。観客がどんな先入観も持っていないような人です。物語が展開する時、観客が作り話だと思わずにその変化を受け入れられるような。

TITANE/ジュリア・デュクルノー

私の関心は、プロじゃない若い女性たちに迷わず向かいました。頭の中には、特定の中性的な身体つき、カメラの前で様々な変化を作り出せる身体つきのイメージがありました。ショットの角度で変化する顔も必要でした。私たちに、どんなことも信じさせてくれるような顔。そのため、キャスティングは漠然としていながら、緻密でもありました。

選ばれた人の仕事が大変なものになることはわかってました。(アレクシアはほぼ無言なので)セリフのリハーサルはたいしたことないだろうけれど、演技自体は難しいものになる。私は彼女の内面を深く掘り下げ、彼女が行ったことがない場所に追いこむ必要があったし、時間がかかるのは明らかでした。初めてアガト・ルセルを見た時、彼女は本当に目立っていました。アガトは理想の身体つきと魅力的な顔をしていて、存在感もありました。彼女はスクリーンを支配していて、それこそが私の望んでいたものです。

最大の挑戦は間違いなくアガト・ルセルの特殊メイク

──ヴァンサン・ランドンが演じる役柄はどうでしたか?

監督:ヴァンサンが演じた役柄はずっと簡単でした。ヴァンサンにこの役を当て書きしたんです。知り合ってもう随分長くなります。彼を撮り、私が見ている彼の姿をみんなに見せたかったんです。

ヴァンサンの役柄は、彼にしかできない幅のある演技が必要でした。恐ろしいと同時に傷つきやすく、子どものようで腹黒く、人間的なのに怪物のようで……特にあのバカでかい身体でね。

ヴァンサンは、役作りのために1年間真剣に筋トレに励んでくれました。雄牛のようにたくましくなってもらい、アベル・フェラーラ監督の『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』(92年)に出演していたハーヴェイ・カイテルの体躯を連想させて欲しかったんです。

ヴァンサンと上手くやれたことを誇りに思っています。彼は私を信頼してくれました。役に身を任せるのに映画のすべての鍵を持つ必要はないという考え方を受け入れてくれました。惜しみなく協力してくれました。キャリアのこの段階で、彼自身が求めていた仕事をもらったんだと思います。いうなれば、私はちょうどいいタイミングで登場したわけです。

──この作品の特殊効果についてお話していただけますか。

監督最大の挑戦は間違いなくアガト・ルセルの特殊メイクでした。彼女は毎日、長時間の特殊メイクで体力を消耗していたし、それは私たちにとってもストレスでした。特殊メイクは日課の中心でした。おかしいですよね。『Junior』(11年・未)以来、特殊メイクを使う度に「もう絶対使わない! 面倒すぎる!」と言ってるのに、次の映画でまた同じことをやってしまう!(笑)。でも、役者にとって特殊メイクは演技の過程で真の友になるんです。スクリーン上ではとても自然に見えるんですね。

──撮影監督のルーベン・インペンスにはどんな指示を出しましたか?

監督:この映画の変化を強調するために“故障”という言葉をよく使いました。“脱線”という言葉も。この物語には機械や金属がたくさん登場するから。ルーベンと私は協力しあって作業しました。撮影リストや照明の図面を一緒に作り、セットではほとんど一心同体でした。私たちは、どんな機材がこの映画に必要かを把握することから始めました。映画『RAW~少女のめざめ~』(16年)では、その点を十分考慮しなかったので2人ともイライラしたんです。

キャラクターを見失うことなく、映像を生き生きとしたものにする方法を話しあいました。照明については、「冷たい/熱い」に二分して煮詰めました。この映画では金属と火にこだわっているので、「冷たい/熱い」の関係が絶えず存在しなければならなかったんです。ルーベンと私は、そのコントラストの中に深く飛び込みたかったんです。

TITANE/ジュリア・デュクルノー

常に漫画になる手前の限界と戯れていました。あと一歩進めば、漫画っぽくなってしまうところでした。私たちは、映画の現実味の中に留まらなければならなかったんです。そして、キャラクターや行動から生気を奪うような極端な様式化の道に迷うことなく、影/光の領域をできる限り遠くまで推し広げようとしました。

映画よりも絵画を参考にしました。特にカラバッジョの絵画に夢中でした。ルーベンにウィンスロー・ホーマーの「夏の夜」やルネ・マグリットの「光の帝国」シリーズを見せて、私が求めているコントラストのイメージを伝えました。

最初のショックのあとに感情がほとばしるのと同じように、影から生じる光を私は求めていました。物語の闇を破り、どうしても下劣になる印象を避けるために、多くの色彩も必要でした。数あるヌードの場面では、できる限り性の対象として見ないようにして、毎回皮膚を新しく見えるように照明を駆使しました。私たちの色彩の作業は、皮膚そのものに、新しい質感、意味、感情をもたらしました。

──音楽を担当したジム・ウィリアムズにはどんな指示を出しましたか?

監督:彼にはパーカッションとベルを使うように頼みました。特にベルですね。音楽に絶対、金属音を取り入れて欲しかったからです。美しいメロディーとともに金属の響きも必要だと思いました。『RAW~少女のめざめ~』と同様、登場人物の経験にしたがって変化する、繰り返し登場する記憶に残るようなテーマが欲しかったんです。

この映画は動物的なものから衝動的なものになり、神聖なものになります。観客がその進歩を感じるのを助けるために、音楽もまた揺れ動き、混じり合い、変化しなければなりません。パーカッションから、ベル、エレキギター、そして時にはそれらすべてを合わせたものになります。そして声が入り、映画に儀式的な荘厳さをもたらします。ジム・ウィリアムズには、神聖なものに向かう勢いを表現するように頼みました。影のなかで光が弾けるような音にする必要がありました。

ジュリア・デュクルノー
ジュリア・デュクルノー
Julia Ducournau

1983年フランス、パリ生まれ。ラ・フェミス(国立高等映像音響芸術学校)脚本科の卒業。短編映画『Junior』(11年・未)がカンヌ国際映画祭の批評家週間に選出され、アンジェで開催されたプレミア部門の観客賞を受賞、一躍注目を集めた。初の長編映画『RAW~少女のめざめ~』(16年)はカンヌの批評家週間のコンペティション部門で上映されて衝撃を生み、フィプレシ(国際映画批評家連盟)賞を受賞。さまざまな国際的映画祭(トロント、サンダンス、ジェラールメ、シッチェス)で賞を獲得し、世界中に配給された。2作目の長編映画『TITANE/チタン』で21年カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールに輝いた。