中国からの圧力も。チベット人権問題をとらえた日本人監督を直撃!

感銘を受けたというパルデン・ギャツォ氏の自伝の英書を手にした楽真琴監督
感銘を受けたというパルデン・ギャツォ氏の自伝の英書を手にした楽真琴監督
感銘を受けたというパルデン・ギャツォ氏の自伝の英書を手にした楽真琴監督
楽真琴(ささ・まこと):1973年、東京生まれ。慶応大学卒業後、ニューヨークへ移住。アシスタント・エディターを経て、ダライ・ラマのドキュメンタリー『カーラチャクラ』などを発表。NYトライベッカ映画祭で本作を上映し、多くの人々に衝撃を与えた。
『雪の下の炎』 2009年4月11日より渋谷アップリンクほか全国順次公開

ささいな罪で捕らわれ、33年間に渡って拘束されたチベット僧パルデン・ギャツォ。すさまじい拷問を耐え抜いた、その過酷な半生を追いながら、チベット問題、ひいては人間の尊厳について描いたドキュメンタリー映画『雪の下の炎』。現在公開中のこの作品を監督した楽真琴(ささ・まこと)に、パルデン氏との出会い、そして映画に込めた思いについて話を聞いた。

33年間の拷問に耐えたチベット僧

日本の大学を卒業後、アメリカのニューヨークへと渡った楽監督。拷問に耐え33年間生き抜いたというパルデン氏の話は、日本に居た時に友人から聞き、強い印象を受けたという。

「ニューヨークに渡り、英語も喋れず友だちもいず、自分はなぜ生きているのかという、答えのないようなことを考え、殻に閉じこもっていた時があります。その頃、よくパルデンさんのことを思い、自分を鼓舞していました。ああいう中で生き延びることができた人もいるのだから、私だって、こんな小さなことでクヨクヨしているべきではないと思い、いろいろな壁を打開することができたんです」

その後、彼の自伝「雪の下の炎」に出会い、彼に会ってみたいと思ったことから、本編の製作が始まったという。

「(配給など)出口が決まっていたわけではありませんが、協力してくれるというカメラマンがいたり、パルデンさんのことを知っている知人の助けなども借りて、ポンポンポンと全てが決まっていったんです。(資金のことなど)不安はありましたが、何億円もかかるわけでもないし、今なら冒険できるかな、今しかできないな、と(笑)。生活のための仕事も続けなければならなかったので、大変ではありましたけど」

ユーモアあふれる素顔

パルデン氏に初めて会ったのは、2005年の2月。「最初に会ったときは、生きていてくれてありがとうという気持ちがわき上がり、感動して涙が出てきました」と楽監督。だが、実は彼はとてもユーモアのある人物で、撮影中は監督のことをからかったり大笑いしたりして、「7歳の少年のよう」でもあったという。一方で、「33年間、拷問を受け続けてきた人の傷跡を感じたこともあります。にこやかでユーモアのある部分もあり、影の部分もあり、単純には計れない人間の深みを感じた」とも。

「普通は、33年間も拷問されて出てきたら、通常の社会生活を送ることは難しいように思うんです。でも、彼はちゃんと自分でお茶を入れることもできるし、とにかくまともな精神で生きている。それがすごいと思うんです」

パルデン氏が過酷な体験を率先して語ることはなかったというが、彼と同じような境遇にあった人々の話をするうちに涙があふれてしまうことは何度もあったという。そんな経験を生き延びてなお、毅然とした精神を保つことができた強さは、どこからきているのだろうか?

「パルデンさんにたずねたら、それは仏教のおかげだと言うと思います。私ももちろんそれは大きいと思いますが、やはり元々、強い人だったんだろうと思うんです。証言の中にも出てきましたが、お坊さんだから忠誠心が強いわけではなく、(当局の脅しにより)すぐに裏切るお坊さんもいる。でも、普通の農夫でも信念を曲げない人がいる。パルデンさんには魂の強さがあり、とても気高い人だと思うんです」

中国政府からの圧力

彼は、自分を拷問した人々にさえ、やむを得ぬ事情があったと慈悲のまなざしを向ける。それは、マハトマ・ガンジーの非暴力の強さにも通じるようにも思えるが、エゴとは一切無縁の「たたずまいの中にひそむ強さ」だと楽監督は言う。パルデン氏の強さを讃え、「私には、そんな(パルデンさんのような)体験を生きのびることはできない」と話す彼女だが、配給会社すら決まっていなかった作品を完成させ、公開にこぎつけた行動力、中国政府からの圧力にも屈しなかったエピソードに、人間的な強さを感じる。

「サンフランシスコのフィルムフェスティバルに出品したとき、中国政府の関係者から電話がかかってきて、出品を取り下げろと言われたことがありました。また、プロデューサーの家に早朝、領事館の人が来て、DVDが欲しいと言ってきたり……」。それでも「身の危険は感じない」と言う監督。そして、「気にし出すときりがないと思うし、多分、大丈夫なんじゃないかと思うんです」とも。それは、大らかで明るい、いわば陽性の強さとも言うべきものなのだろう。

一番効果的なのは外国からの圧力

本作は、社会の不条理や人権問題に目を見開かせてくれる作品だ。見終わった後、チベットのために何かしたいと思う人も多いだろう。

「パルデンさんが釈放されたのは、アムネスティ・イタリーの人々が葉書キャンペーンをしたおかげです。ボランティアの人々が『パルデン・ギャツォを釈放しろ』という葉書をどんどん書き、中国政府に送ったんです。日本のアムネスティのHPでは、チベットに人権状況改善のための葉書がプリントアウトできるようになっているので、それに協力するのもとても効果的です。また、チベットのサポート団体を調べ、どこかに所属してもいいと思います。とにかく、葉書1枚、メール1通から始められるんです。パルデンさんや他の政治囚の方々も、外国からの圧力が一番効くとおっしゃっています」

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