菅田将暉が“転売ヤー”を演じる『Cloud クラウド』、憎悪の暴走を描いた見事なエンターテインメント作
黒沢清監督が手掛ける「純粋な娯楽映画」
【週末シネマ】劇場公開前にアメリカの第97回アカデミー賞国際長編映画賞に日本代表作品としてエントリーが決まった『Cloud クラウド』。黒沢清監督は「純粋な娯楽映画として作った作品にこのようなチャンスが与えられ、大変な驚きです」とコメントした。
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娯楽映画といえば、黒沢監督が1990年代に撮った『勝手にしやがれ!!』シリーズ(1995~96)は楽しかった。社会からはみ出した、ちょっと抜けていて気のいい便利屋稼業の2人組(哀川翔、前田耕陽)が一攫千金を狙って毎回しくじる。『Cloud クラウド』も社会の片隅の物語だが、ユーモラスなアニキと弟分の冒険譚にあった哀愁や人情味を一切排除した世界で、21世紀のはみ出し者の笑えない荒みをリアルに描き、同時におとぎ話のような非現実性も帯びた見事なエンターテインメント作だ。
菅田将暉を黒沢監督が絶賛
本作がいち早く上映されたヴェネツィア国際映画祭で、監督がその才能を大絶賛した菅田将暉が演じる主人公・吉井はいわゆる転売ヤーだ。工場で働きながら、怪しげな物品からレアものまで大量に買い叩いては“ラーテル”というハンドルネームを使ってネット上で売りさばく。コンピュータの画面に張りついてサイトに出品した商品の動向をチェックし、売れたそばから梱包して発送する。
そんな単調な日常に、職場の昇進を持ちかける社長の滝本(荒川良々)や転売業の師匠・村岡(窪田正孝)、そして恋人の秋子(古川琴音)が登場する。みんな少しずつ、何かおかしい。吉井をやたら買い被る滝本、羽振りが良さげなのにウザ絡みするモラハラ先輩の村岡、世話を焼く一方でミステリアスな秋子。彼らは一体、吉井に何を期待しているのか。だが、当の吉井は軌道に乗り始めた転売業に集中するあまり気に留めていないようだ。
程なくして吉井は工場を辞め、秋子と東京を引き払って人里離れた湖畔に拠点を移す。地元の青年・佐野(奥平大兼)を雇ってさらにビジネスの拡大を目論むが、ネット上ではラーテルの悪辣なやり口への恨みを募らせた憎悪が広がっていた。
『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンを参考に
監督は参考資料として、菅田にアラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』(1960年)を勧めたという。ドロンの演じる「真面目にコツコツと悪事を働く男」が吉井のインスピレーションだそうだ。なるほど言われてみれば、という共通点を解釈して吉井になった菅田の表現が素晴らしい。自分自身や周囲をまるで理解していない空疎さ、無防備になった途端の脆弱さ、何度か差し込まれる商品の売れゆきに反応する表情。吉井の微妙な変化が伝わってくる。
ここにあるのは“善は存在しない”世界
約2時間の本編は、前半で吉井=ラーテルという人物をじっくり描きながら、彼の周りでいくつもの不気味な兆候をちらりちらりと見せていき、後半ではラーテルへの憎悪と単なる野次馬根性がないまぜになり、「空の雲みたいに」湧きあがって具現化した醜悪な暴走を描く。濱口竜介監督の『悪は存在しない』という作品があるが、それならば『Cloud クラウド』ははっきりと“善は存在しない”世界だ。岡山天音や吉岡睦雄らの強烈なインパクトでゾッとする恐ろしさと奇妙なおかしみが交差し、娯楽の王道を進みながらちょっと外して虚を衝く演出が独特のスリルを生む。
黒沢清監督ならではの世界を楽しめる
個人的に、1990年代から同時代で見続けてきた黒沢作品のモチーフが随所に反映されているのを楽しんだ。根が生真面目な主人公、丁寧な物腰のまま笑顔で思いがけない狂気や悪意を撒き散らす脇の人物。無機質な住空間、廃工場での活劇、ビニールのカーテンやこの世とは思えない車窓外の景色。『カリスマ』の洞口依子のような古川琴音、『アカルイミライ』の笹野高史のような荒川良々、吉井の右腕として存在感が増していくキャラクターで『勝手にしやがれ!!』暗黒版を期待させる奥平大兼は『ドッペルゲンガー』のユースケ・サンタマリアにも少し似ている。
そして昔から黒沢清の世界は、いい気になっている与太者に容赦ない仕打ちを喰らわせ、コツコツ真面目な主人公は過酷な境地を生き抜くのだ。それにしても、わざわざあんなハンドルネームを選ぶなんて、やっぱり吉井はちょっとお調子者ではないだろうか。名前の意味は、知識がある人は知っているだろうし、知らなくても構わない人はそのまま見たほうが、お楽しみはあるかもしれない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『Cloud クラウド』は、2024年9月27日より全国公開中。
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