【週末シネマ】瀬戸内寂聴の三角関係が題材の小説を映画化、寺島、豊川、広末の見事なアンサンブル

#あちらにいる鬼#コラム#レビュー#井上荒野#寺島しのぶ#広末涼子#廣木隆一#瀬戸内寂聴#豊川悦司#週末シネマ

『あちらにいる鬼』
(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 
『あちらにいる鬼』
(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 
『あちらにいる鬼』

瀬戸内寂聴の不倫相手の作家・井上光晴の娘が綴ったフィクション

11月に一周忌を迎える瀬戸内寂聴と作家の井上光晴、そして井上の妻をモデルに、女2人と男1人の特別な関係を描く『あちらにいる鬼』。井上の娘で作家の井上荒野が綴った同名小説の映画化だ。

寺島しのぶの「衝動的に手を握った」胸アツ演技に広末涼子も思わず涙!

1973年に作家・瀬戸内晴美が仏門に入り、寂聴となったのは妻子ある井上との関係がきっかけだったという。自伝的な内容の恋愛小説で人気作家となった瀬戸内、戦争や差別を積極的にテーマに取り入れた井上、他の女性の影に気付きながらも夫と添い遂げた井上の妻を見ながら育った長女が、最も身近な大人たちから着想を得た物語という背景だけでもドラマティックだ。

実録ではないフィクションであり、従って登場人物名も実名ではない。主人公の長内みはる/寂光を寺島しのぶ、講演旅行をきっかけに彼女と恋に落ちる白木篤郎を豊川悦司、白木の妻・笙子を広末涼子が演じる。

寺島しのぶと豊川悦司が名コンビぶりを発揮

何度も共演を重ねてきた寺島と豊川は、今回も強烈だ。男と女としてはもちろん、才能にも惚れ合い、互いに連れ添う相手がいながら恋にのめり込む作家2人は分別があって当然の大人なのに、気持ちのまま身勝手に行動する。だが、一緒に暮らしていた恋人と別れたみはるに対して、篤郎は家庭では子煩悩な様子を見せ、さらにあちこちで女たちと関係を持つ。一見すると一途な女とずるい男だが、それぞれ波乱に満ちた過去を生き抜いてきた屈託を哀しく、時には滑稽に見せる寺島と豊川は安定の名コンビだ。

監督と脚本は寺島の代表作である『ヴァイブレータ』(03年)や寺島と豊川が共演した『やわらかい生活』(06年)を手がけた廣木隆一と荒井晴彦。他に高良健吾や村上淳など廣木監督作品の常連俳優が脇を固める。

(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 
(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 

嘘を重ねる夫の妻を演じた広末涼子の存在も効いている

妻も恋人も裏切り、見えすいた嘘を吐き続ける白木を鬼に見立て、各々の居場所からあちらにいる互いを見ている女性2人の物語として見るのも面白い。奔放のかぎりを尽くす夫に対して取り乱すことない笙子の内に秘めた葛藤を微かに見せる広末の存在が、素直に感情を迸らせるみはる=寺島と対照的。にもかかわらず、ほとんど対面しない彼女たちの間にある種の共感が生まれるのを納得させる。触媒となる豊川も含めた3人のアンサンブルは完璧で、1960年代の出会いからみはるの出家を経て、その後も続いた不思議な関係を追っていく。

(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 
(c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会 R15+ 

夫婦(カップル)のことは夫婦にしかわからないとよく言うけれど、きっとその夫婦にさえわからないことがある。男女3人が織りなす凄まじくも静かなドラマは、恋の激しさを呑み込む愛を描いている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『あちらにいる鬼』は2022年11月11日より公開中。