90年代前半のUKロックシーンの喧騒もパワフルな、自分探し少女の青春映画

#イギリス#ビーニー・フェルドスタイン#ビルド・ア・ガール#映画を聴く

ビルド・ア・ガール
『ビルド・ア・ガール』
(C) Monumental Pictures, Tango Productions, LLC, Channel Four Television Corporation, 2019
ビルド・ア・ガール
ビルド・ア・ガール
ビルド・ア・ガール

16歳の少女の自分探し、自伝的小説の映画化『ビルド・ア・ガール』

【映画を聴く】「図書館の本は全部読んだけど、私みたいな子の話はない。ヒロインには人生が変わる瞬間がある。でも私には未だにない。今日は昨日と同じ。明日は永遠に来ない」

冴えない高校生ヒロイン、ジョアンナのこんなモノローグから始まる映画『ビルド・ア・ガール』は、イギリスの売れっ子ジャーナリスト/作家/司会者であるキャトリン・モランが2014年に刊行した自伝的小説『How to Build a Girl(女の子をつくる方法)』を原作とした青春映画。16歳の少女がロック雑誌のライターに起用され、紆余曲折を経て「本当になりたい自分」を見つけるまでの過程をコミカルかつ赤裸々に描いている。

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冒頭のモノローグが示しているように、ジョアンナの日常はひどく退屈なものだ。イギリス・ウルヴァーハンプトンの決して裕福とは言えない家庭に生まれ、ポップスターへの夢が捨てきれない父親と産後うつに悩まされる母親、兄と小さな3人の弟に囲まれながら「人生が変わる瞬間」を待っている。学校で作文の課題が出れば、5ページ書けばいいところを33ページも書いてしまう表現欲求をどこにぶつけていいのか分からず、自室の壁に貼った偉人たちの写真(エリザベス・テイラー、ブロンテ姉妹、シルヴィア・プラス、ドナ・サマー、クレオパトラ、フロイト、カール・マルクスなど)に話しかけ、自己表現の方法を模索している。

ビルド・ア・ガール

冴えない自分と決別、赤髪とシルクハット姿のドリー・ワイルドに変身!

そんなジョアンナに変化のきっかけを与えたのは、音楽マニアの兄クリッシー。ロンドンに編集部を置く大手音楽雑誌「D&ME」でライターの募集をしていることを知らされたジョアンナは、腕試しに原稿を送ってみることを決意。もともと音楽には興味のないジョアンナだが、「書く素材になれば何でもいい」とクリッシーの部屋にあった『アニー』の劇中曲「Tomorrow」を聴き、おもむろにタイプライターでレビューを打ち始める。

クリッシーは音楽マニアなので、部屋には当然たくさんのレコードやCD、カセットが置いてある。しかし彼は、ジョアンナにはそれらを気安く聴かせない。特に彼のお気に入り作品を集めたラックはチェーンでぐるぐる巻きにされていて、触ろうとするとアラームが鳴るようになっている(ラックの中にはプライマル・スクリームの最初のアルバム『Sonic Flower Groove』が見える)。それでジョアンナはやむなく「Tomorrow」について書くことになったわけだ。いろいろあったものの、最終的にはジョアンナの文才とやる気を買った編集部は、彼女にマニック・ストリート・プリーチャーズのライヴリポートを依頼。ジョアンナはこれまでの冴えない自分と訣別すべく、自らを「ドリー・ワイルド」と名乗り、赤髪とシルクハットをトレードマークにしたド派手なビジュアルに“変身”する。

前後は気にせず数年間をミックスした演出が90年代前半を力強く表現

この映画の設定は、1993年とされている。実際、出版社の女子トイレには1993年にソロデビューしたビョークのツアー告知ポスターが貼られ、編集部員に邪険に扱われたジョアンナをポスターの中のビョークが勇気づけるシーンが見られる。一方で、ジョアンナが最初のライヴリポートとして任されたマニック・ストリート・プリーチャーズは、1991年の4枚目のシングル「You Love Us」を新曲のように歌っているし、会話に出てくるカーターU.S.M.も93年にはピークを過ぎていたはずだ。その後のシーンで劇伴として流れるプライマル・スクリームの「Movin’on Up」(なぜかカラオケ)も1991年の名盤「Screamadelica」に収められた曲だったりする。忠実かつマニアックに時代を再現するのではなく、前後数年間の作品や出来事を最大公約数的にミックスした演出が、かえって90年代前半のUKロックシーンの喧騒を力強く感じさせてくれるわけだ。

「ジョアンナの成長物語」であると同時に、「ドリー・ワイルドの成功物語」でもある『ビルド・ア・ガール』。イギリスではこの後、オアシスやブラーといったグループが台頭し、90年代後半の世界的なブリットポップ・ムーヴメントを牽引することになる。ジョアンナと彼女が恋に落ちたポップスター、ジョン・カイトの関係はどうなったのだろう? ドリーはブリットポップにどう向き合ったのだろう? ジョン・カイトはそのムーヴメントの中で、どのように位置づけられたのだろう? 見終えた直後から、そんなことが次々と気になってくる。自分探しの10代を経験した人、90年代のイギリス音楽シーンの盛り上がりを肌で感じた人、音楽で人生が変わった人など、多くの人にとって本作は“すぐそばにある物語”だと思う。ぜひ劇場の大画面&大音量で楽しんでいただきたい。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『ビルド・ア・ガール』は、2021年10月22日より公開。