『ウルフウォーカー』トム・ムーア監督×ロス・スチュアート監督インタビュー

“ポスト・ジブリ”が贈る最新作!アイルランドアニメの魅力に迫る

#トム・ムーア#ロス・スチュアート#ウルフウォーカー#アイルランド#アニメ#アニメーション

ウルフウォーカー

それぞれが持つ得意分野を生かしながら作ることができた

『ウルフウォーカー』
2020年10月30日より全国公開
(C)WolfWalkers 2020

世界各国のアニメーション業界が独自の魅力を発揮して盛り上がりを見せているなか、“ポスト・ジブリ”として注目を集めているのは、1999年にアイルランドのキルケニーに設立されたアニメーション・スタジオ「カートゥーン・サルーン」。これまでに製作した『ブレンダンとケルズの秘密』(09)、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(14)、『ブレッドウィナー』(17)の長編3本と短編『レイトアフタヌーン』(17)がいずれもアカデミー賞にノミネートする快挙を成し遂げている。

特に、この10年で大きな成長を見せているが、最新作『ウルフウォーカー』でもその実力を発揮。本作では、オオカミ退治のハンター見習いの少女ロビンと“ウルフウォーカー”と呼ばれる野生の少女メーヴが繰り広げる物語が描かれている。そこで今回は、共同監督を務めたトム・ムーア監督とロス・スチュアート監督に、制作過程の苦労やアイルランドアニメの魅力について語ってもらった。

・『ウルフウォーカー』予告編

──本作の完成までに7年かかっているとのことですが、これまでを振り返ってみて、どのようなお気持ちですか?

ロス:最初の数年間は脚本を書くのがメインで、ほかの仕事とも平行することが出来ましたが、後半の3〜4年間は非常にハードな仕事ぶりでした。いま思うと、僕にとってはひとつの旅路だったという印象ですね。

トム:ただ、その一方でこの作品のテーマとして取り上げた絶滅してしまう種があることや自然環境の問題とか、7年前に考えていたことがいまなお僕たち人類にとって重要な課題であり続けていることは残念だと感じています。

トム・ムーア

トム・ムーア監督

──今回は共同監督として一緒に制作されましたが、2人だからこそ出来た部分も大きかったのではないでしょうか?

トム:そうですね。2人で密接した仕事をしてきましたが、脚本のウィル・コリンズも含めて、誰か1人でも欠落していたら、この作品は出来上がらなかったでしょうね。現場では、それぞれが持つ特性を生かしながら取り組むことができたと思います。

ロス:トムはキャラクターデザインがとても得意なのでそちらに専念してもらい、僕は得意としている背景を中心に担当しました。そんなふうに、専門分野に分かれて作業できたことも大きかったですね。

ロス・スチュアート

ロス・スチュアート監督

──お互いに相手の素晴らしい点を挙げるとすれば、どのようなところでしょうか?

トム:ロスの素晴らしいところは、映像に映るものすべてを最高級の品質に引き上げていく力を持っているところ。たとえ細かい部分であっても、一切妥協しない性格が彼の強みですね。

ロス:トムは、非常にクリエイティブでポジティブ。いつも新しい発想に満ち溢れているところが素晴らしいなと感じています。

──ちなみに、制作中に意見が対立したこともあったのでしょうか?

トム:もちろんありましたよ! 一番大きな論争は、ロビンの相棒であるマーリンに関して。鳥ではあるけれど、どのくらいの知性を持っているのか、どのような性格なのか、そしてどのくらい人間化して描くべきなのか、といったところで対立が起きました。

ロス:あれが一番の“ケンカ”だったよね(笑)。でも、トムと僕は11歳のときからの幼なじみで、お互いのことを知り尽くしているから、どんな意見の相違があったとしても、話し合えばわかり合える関係性なんですよ。

トム:そうそう、長年連れ添った夫婦みたいなものですね(笑)。だから、最終的にはお互いに譲り合い、中間地点で折り合いをつけたので、マーリンは人間化しすぎることもなく、単なる鳥のままでもなく、というキャラクターになりました。

ウルフウォーカー

──なるほど。今回の作品では、いろいろと新しい試みにも取り組んでいますが、そのなかでも一番の挑戦だったことを教えてください。

トム:最初の大きなハードルは、ストーリーを絵コンテにしていくプロセスのなかで、冒頭の20分間の内容をすべて変更しなければいけないと気が付いたときでした。なぜなら、当初はロビンの父親や護国卿について多く描いていたのですが、それよりも少女たちの物語を中心にしたほうがいいという結論に達したからです。それによって、制作スケジュールが6ヵ月も遅れることになったので、そのときは大きな決断でした。

ロス:技術的な側面でチャレンジだったのは、オオカミの視点を3Dソフトウェアで描いていくシークエンスやカメラの動きをどうするかといったこと。いろいろな悩みがありましたが、周囲からの非常に優れた助けを借りて乗り越えることが出来ました。あと、もう1つ大きな問題だったのは、コロナによるロックダウン。全員が自宅で作業しなければならなかったので、これはほかの産業のみなさんと同じように大きな苦労でした。ただ、幸いにもロックダウン直前までにほとんどの作業が終わっていたので、なんとか間に合わせることが出来たと思っています。

──では、ロビンとメーヴのキャラクターに関して、注目して欲しいのはどのようなところですか?
ウルフウォーカー

ロス:この2人のキャラクター造形に関しては、意見が対立することもなく、コンセプトのときから同じイメージを持って作り上げていきました。実は、最初ロビンは男の子の設定だったんですが、話し合いを続けるうちに、女の子にしたほうがいいんじゃないかと。そんなふうに、変更することはありましたが、ロビンとメーヴに対する思いは変わることなく、一緒に進化させながら完成させていったという感覚です。

トム:今回、ロビンとメーヴのキャラクター作りに関しては、2つのことに重点を置いています。まず1つ目は、人々の心を反応させられるキャラクターであること。そして、もう1つは、それぞれのキャラクターがユニークな性格であることです。それによって、観客との親和性を引き出したかったので、キャラクターに個性を持たせることは大事にしました。あとは、僕たち自身をキャラクターに投影することで、本質的な部分も表現できたと感じています。

──これまでの作品でもオオカミというキャラクターは登場されていますが、オオカミに対してはどのような印象を持たれていますか?

ロス:僕にとって、オオカミは映画のなかでは、野生や自由、そして直感を象徴している存在ですね。

トム:『ブレンダンとケルズの秘密』でもオオカミは出てきますが、あの作品ではどちらかというとおとぎ話にいる存在で、単なる主人の手下というとらえ方。それに比べると、今回はオオカミの持っている個性や性格を映し出すことをより意識して描きました。

──では、監督が一観客としてこの作品に心を動かされたシーンはありますか?

トム:僕が一番好きなのは、オーロラの歌が流れるシーン。映画としてもおもしろい場面ですし、あのシーンだけを取ったとしても、非常に感動的なので、見ていて飽きることのないところだと思います。

ロス:僕は、ロビンがメーヴのことを知っていくプロセスを描いているシーンが好きですね。

高畑勲監督の『かぐや姫の物語』から一番影響を受けている

──今回は、ほかの作品からインスピレーションを受けている部分もあるそうですが、どのような作品から影響を受けているのでしょうか?

ロス高畑勲監督の『かぐや姫の物語』から、僕は一番強い影響を受けていると思います。この作品が発表されたとき、ちょうど『ウルフウォーカー』の構想に取りかかった時期でしたが、高畑監督の線描の仕方や表現の自由さに刺激を受けました。

トム:僕もシーンの作り方や映像のトーンは、『かぐや姫の物語』から大きな影響を受けています。あとは、『101匹わんちゃん』などの60年代のディズニー映画や『ロビンフッド』からも、インスパイアされました。

ロス:それからスタジオポノックが制作した『透明人間』という短編を観たときに、「2Dアニメーションのなかで、こんなにも自由なカメラワークがありえるのか」と驚かされましたが、そういった部分も今回の作品作りには影響を与えていると思います。

ウルフウォーカー

──ちなみに、いまの日本のアニメーターで注目している方はいますか?

トム:細田守監督ですね。特に、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『サマーウォーズ』の3本は、印象に残っています。あと、渡辺歩監督の『海獣の子供』もいい作品だなと思って拝見しました。

ロス:僕も、これに関してはトムとまったくの同意見ですね。

──現在、アイルランドのアニメーション産業も大きな発展を見せていますが、その秘訣について教えてください。

トム:理由はいくつかあると思いますが、まずは政府の支援があることが挙げられると思います。あと、一時期アメリカの制作会社が安い労働力としてアイルランドのアニメーション・スタジオを使っていた時代がありますが、そのときに研修を受けた人たちが、自らのスタジオを開き、それぞれの才能を発揮し始めていることも大きいですね。そういった作品の評判がとてもいいので、それがいまの成功を導いてくれていると思います。

ロス:アイルランドのアニメーションは、まだ新しい産業なので、新しい探求をしているところも強みかなと感じています。たとえば、伝統的なメディアを使いながら、新しいアニメーションを導入するような試みに挑戦している会社もありますから。僕が子どものころは、海外の大きなスタジオに入ることが成功を収めるということだと思っていましたが、いまは自分の国で足元をしっかりと固めながら、自分たちのコンテンツやストーリーを語っていくことに強いエネルギーと情熱を持っているところです。そういったことが、可能性を広げ、制約の少ない現場を作り出している理由だと思います。

(text:志村昌美)