『梅切らぬバカ』和島香太郎監督×加賀まりこインタビュー

54年ぶり主演作で、地毛の白髪姿で地味なおばさん役に!

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梅切らぬバカ

連れ合いの息子が自閉症なんです(加賀まりこ)

都会の片隅にある古い一軒家で一人息子と静かに暮らす珠子には心配事がある。50歳になったばかりの息子は自閉症だ。将来、息子が1人になったら……。

梅切らぬバカ』は、70代の珠子が1人で育ててきた息子の忠雄(愛称 さん/ちゅうさん)との愛情に満ちた日々を中心に、隣家に越してきた3人家族をはじめ、平穏だけではない周囲との関係も描いていく。
未来に備えようと模索しながら、今を大切に、親子の時間を積み重ねていく母親の愛と切実な思いを繊細に演じたのは加賀まりこだ。

日本の若手映画作家を育てる「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」の長編映画として選出された今作を1967年以来の映画主演作として選んだこと、珠子という役を通して伝えたい願いを語ってくれた。傍らで誠実に言葉を紡ぐ和島香太郎監督を明るく盛り立てるカラッとした優しさが気持ちいい。作る側の思いが詰め込まれた1作について、2人に語ってもらった。

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──加賀さん、今日は劇中と全く違う華やかなお姿です。演じられた珠子さんはどちらかと言えば地味な女性で、加賀さんにこの役を、というのも面白い発想だと思いました。

加賀:ほんと、「何で私?」って聞いたよね、最初。

監督:そうです。

『梅切らぬバカ』
2021年11月12日より全国公開
(C)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
──監督は何とお答えになったんですか。

監督:僕自身がいろんな障害のあるお子さんを持つお母様にお会いしてきて、快活な印象の方が多かったんです。見た目に苦労が表れているわけではないですし、逆にそう見られないように気をつかってるとおっしゃるお母様もいました。

加賀:そうなんだ。でも、珠子さんについて、そんなきれいにしていいって言わなかったよね。

監督:ちょっとかわいらしいポイントを、洋服に入れてもらったりとか。

加賀:その程度ですね。お化粧だってほとんどしてないし。

監督:そうです。髪も……

加賀:地毛の白髪です、全く。

監督:そのまんまで、という感じで。

──あまりきれいに作ろうとはお考えにならないで。

加賀:全然考えなかったです。お金持ちでもないおばさんが、そんなきれいにしてるわけもないし、彼女のできる範囲で、というのと、やっぱり動きやすく割烹着とか着ているのが自然だと私は思っていたから。

──衣装には加賀さんもアイデアを出されたんですか?

加賀:そうですね。ブラウスとかも自前ですね。

監督:割烹着とか、基本的に加賀さんからアイデアは出していただいています。

和島香太郎

加賀:こういう日本のお母さんは割烹着、というイメージがいまだに私の中にはあって。昭和に生まれた女は(笑)。割烹着自体がすたれているけどね。

──確かに私の母も割烹着を愛用しています。

加賀:便利なのよね。

──加賀さんが着ているというのも新鮮でした。

加賀:割烹着が似合いそうでもない女優だからね、いかにも。

──でも、似合ってます。

加賀:似合ってるでしょ(笑)。

──話は戻りますが、加賀さんは「なぜ私に」というふうに思われたそうですが、引き受けようと思われた理由はどこですか。

加賀:連れ合いの息子が自閉症なんです。そういう子のそばにいることには多少慣れている。そんなしょっちゅう会わないけど、という中で、芝居としてじゃなくて存在できるかな、ということが一番重要だったかな。あんまり芝居をせずに彼のそばにいるっていう状況を出せばいい。もう私は本当に、(場面写真の忠さんを見ながら)この人のそばにいるときは母のつもりになっちゃうし。

──監督は加賀さんとやり取りをしながら、脚本を書かれたそうですが。

加賀:いやいや、そんな。もともと、ちゃんとあったんです。その中で、私はこういうふうなことを言いたいな、とかは言ったけど、全部彼が作ったんです。

──実は正式な出演の承諾をもらったのが、決定稿ができてからだとか。

加賀:そうだっけ? 私、結構早めにOKした。

──そうですね。やはり、話し合いながら一緒に作っているわけですから。

加賀:私の中ではすごく当たり前のことなんだけど、今まで仕事した監督たちも、演出家も、だから、すごく不思議なことではないんだけど。
うちの家族はみんな裏方なので、そうやってディスカッションしているのを小さいときから当たり前に耳にしてました。分かんないまでもね。だから、関わるのが当たり前。だから、OKして関わる上は、と思っているのね。

──お連れ合いの息子さんの存在もあってか、役作りというよりもっと自然に役になっていらっしゃる印象を受けました。

加賀:観終わった方が”忠さん”のことを好きになってほしいって、そういうふうにいつも思っていただけ。余計なこと……例えば、後ろ姿に悲哀をにじませようとか、そんなことは全く考えずにやりました。日常的に、台所で何かゆでてる、水洗いしてるとか、そういう動作がそこに生きている人が一番重要なことで。

──珠子さんの後ろ姿には、いい意味で隙があると思いました。人間は四六時中、周囲を気にしてるわけでもないし。

加賀:肩張ってらんないよね(笑)。

──画面上の珠子さんの自然さについて、お話を聞いてその理由がわかりました。ところで、撮影期間が短かったとお聞きしました。

加賀:うん。たった2週間。それも驚いたの。OKしてから聞いたのよ。「うそ、2ヵ月ぐらいかけんでしょ」と思ってたから。2週間……それって私、毎日撮影よねって。3日働いたら4日ぐらい休めるとか、そういう甘いことを考えてたの(笑)。もうほんと驚きました。若い監督を育成するためのプロジェクトだとは分かっているんだけど、そんな過酷な環境で撮るというのはちょっと驚いた。予算もないし。

──そんな中で、珠子さんと忠さん(塚地武雅)との親子らしさはちゃんとあって。

加賀:でしょ?

──短期間で築くのは、さぞ大変だったのではないんですか。

加賀:全然そんなことあまり意識してないんだけど。朝の場面もそんなに何回もテストしたわけじゃないもんね。

監督:そうですね。

加賀:忠さんが「7時です」とか言いながら、朝のルーティンをしてるけど、そこでも「ここで技を見せよう」というのは全く私の中にはないのよ。だから、逆に良かったんじゃないの? ここで自分がうまそうに見えるとか、そういうことを意識したことないので、常に、あんまりうまくもないし。

──いやいや、そんな。監督はいかがでしたか。タイトなスケジュールでしたが。

監督:短い日数の中で、ほんとに加賀さんと塚地さんの呼吸がぴったり合ったことに救われてるところも、すごくあると思います

加賀:プロ、プロ(笑)。

監督:そうですね、ほんとに。短い時間の中でこういうものが作れるんだな、と思いました。

加賀:基本的に塚地さんっていう人を人間としても好きだったから。

──以前からお知り合いですか。

加賀:全然お知り合いじゃないです(笑)。天海(祐希)さんという人を通して彼のことは聞いていたけど。

──それこそ、お2人とも本当にプロフェッショナルだな、と思います。

加賀:そうだよね。

自閉症の方から見れば、通りすがりの人も怖い存在だったりすると思う(和島香太郎監督)

──監督はとても穏やかな方のようにお見受けしますが、現場ではどうでしたでしょうか。

加賀:このまんま。無口で、ちっちゃい声で何か言ってるんだけど(笑)、「私、耳悪いからもうちょっとはっきり言って」と言ってました(笑)。
撮影の最終日に言ったのは、「みんな周りにプロがいるんだから、もっと甘えなさいよ」ということ。「もっと甘えたらいいんじゃないの?」って。甘えてる姿を1回も見てないので。照明さんにしても、録音の人にしても、みんなすごいプロフェッショナルな方たちだから。美術のスタッフもすごくいい人たちで、親子が住むおうちも、ほんとにいろんなことに気配って作ってた。生きてる感じがするようにちゃんと作ってくださってるのよ。
そうだ。彼はすごくテーブルの上をきれいにしたがるのよ。生活してると、いろんなものが雑然となるでしょ? 日常の生活の中でもそうですよね。それを全部外すの。私、あれのほうが気になった。

監督:ほんとですか。

加賀:うん。テーブルの上をあんなにきれいにしないよ。もっと日常のものが並んでいる中で食事したりするんだよ。

監督:そうですね……。

加賀:だと私は思うんだけど、あなたは嫌なのよね。それを全部外してたよね。

監督:ちょっとそのときの自分がおかしかったかもですね。

加賀:(笑)おかしくはない。趣味だから、それは。変なものが映りこむのが嫌なんだろうなって私は解釈したけど。食事を用意する場面で、お皿とか私が置くじゃない? その順番にうるさいの。何から置いたっていいじゃん。どこ置いたっていいじゃんって私は思うのよ、生活してればね(笑)。だけど、彼はすごくそういうことにうるさいの。旦那になったら嫌な人だよ(笑)。

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──もっと甘えたらいい、と加賀さんは先ほどおっしゃいましたが、それはこの作品のテーマでもあると思います。珠子さんは一人で息子を守らないといけないと思って生きてきた。でも……

加賀:ずーっと思って、守ってきたけど、自分の方が先に死んでしまう。そこで思うのは、彼をこの街の人気者にしたいということ。ちっちゃい世界でいいのよ。お隣、近所3軒、4軒。私が死んだ後、気にかけてくれる人がいたらいいなっていうことよね。それしかないもん。

──そうですね。

加賀:うん。財産を残せるわけじゃないし。だとしたら、彼がみんなに、「忠さん、元気?」って言ってもらえる存在でいてほしいっていうのが、一番の願いだと思ったの。

──忠さんがグループホームに入所して、それで少し肩の荷を下ろしたようになるかと言えば、そうはならない。

加賀:いや、なんないんじゃない? 永遠に息子は息子よね。

──1人でご飯を食べている姿が侘しく見えました。

加賀:(笑)難しいとこよね。いかにも寂しげに肩落としてみたいな芝居は嫌だった。だから、グループホームから出ていくときもそうだけど、凛としてたかった。

──珠子さんのキャラクターには、加賀さんご自身の素敵なところも活かされている印象を受けました。「率直だけが取り柄」という台詞があります。もちろん、「率直だけ」ではない魅力をたくさんお持ちですが、監督はやはり加賀さんを思い描きながら、珠子さん像を作って行かれたのですか?

加賀:どうでしょう? 知らないもんね、私のこと。ほとんどね。

監督:そうですけど、加賀さんの『純情ババァになりました。』というエッセーを読みましたし、シナリオの打ち合わせをしてるときの加賀さんの……

加賀:様子?

監督:はい。それこそ「率直だけが取り柄なのよ」って、実際、僕に言われた言葉なんです。そういったことは反映したいなと思っていたので。

加賀:そうそう。言ったね、確かに。でも、ほんとに取り柄ないんだもん、他に(笑)。執着もないし、何に対しても。

──珠子さんが”忠さん”に抱きついて、「忠さんがいてくれて、母ちゃんは幸せだよ。ありがとう。」と言う、あの場面には本当に感銘を受けました。
梅切らぬバカ

加賀:ありがとうございます。

──よく聞くセリフではあるんですよね。でも、今まで映画やドラマに出てきても、あまり腑に落ちなかったなんです。それが、珠子さんの言葉に「こういうことか」とすごく納得しました。あれは加賀さんが提案されたものだとお聞きしました。

加賀:連れ合いは日本の高度経済成長期の真っただ中、テレビ局に入って仕事して、上を向くタイプの男だったの。でも、あの子が生まれ、そして病気が分かり、彼は子どもと向き合うことによって、本当に顔が変わったの。私が知っていたのは入社した頃の若い彼。それが十何年ぶりに会ったとき、この人すごく変わったと思って、話を聞いたら、離婚してご自分で育てていると聞いて。「それはあなた、お子さんに感謝だね」と言ったのも覚えてるし、向こうもそう言われたのがすごくうれしかったんだって。
その子によって自分が成長したと思えるらしいのね。彼を見ていると、だから「ありがとう」なんだ、と私はすごく分かるし。こんなにこの人を素敵にしてくれて、ありがとうって私は思うし。

──加賀さんもその息子さんと接するようになって、ご自身も変わってきたと思われることはありますか。

加賀:それは分かんないけど、一緒に散歩してると、やっぱり通りすがりの人の視線が冷たいよね。見た目はごく普通なのよ。だけど、急にちょっと大きな声を出したりすることあるじゃない? それをバッと見る人たち。人って、こんなに障害を持つ人に向かっての視線が優しくないんだと思って、嫌だった。ああ、何で?って。もっと微笑んでくれって思うの。この映画を見た後に、皆さんが思ってくれたらいいなって思う。怖くはないんだから。何をするわけじゃないんだから。ただ、ちょっと時々大きな声出したりすることはあるけど。

──監督も、その思いを共有されているのではと思います。

監督:そうですね。きっと自閉症の方から見れば、何気なく通りすがる人たちもまた怖い存在だったりすると思うんです。突然視界の中に入ってこられたりとか、例えば大きな音を出して近づいてこられたりとか、それだけでとても怖い思いをする方たちでもある。だから、お互いの事情をもうちょっとつかみ合うことができれば、それこそ街で障害のある人たちを見る目というものが少し変わるだろうなっていうふうに思っています。ただ、やっぱり全然事情が分からないから、怖いものとして見てしまう。だから、さっき加賀さんがおっしゃってくれたんですけど、この映画を通して、“忠さん”を見守ってもらえたらいいなと思って作りました。

──この映画は、余計な説明を省いて観客に感じさせる作り方になっていると思います。こういう、長い年月を過ごしてきた親子を主役にする場合、息子の幼少期をわかりやすくフラッシュバックで見せる手法もありますが、ここでは一切ない。そこがいいと思いましたが、何か理由はあるんでしょうか。

監督:回想を入れるのが、あまり得意ではないというのもあります。ただ、他の映画を見ていて、そこだけ説明のために時間が止まってしまうように感じるときがあります。それだったら、今の日常を通して2人の過去が何となく感じられるような描写のほうがいいなと思って。

──珠子さんがセリフでちらっと匂わせるところが非常に印象深くて、例えば「梅の木を植えたのは忠さんの父親だけど、ウチでは死んだことになってるから」という言葉から、いろんな意味が取れると感じました。

加賀:そういう、余計なものを省いたほうがいいっていう、テーブルの上のものじゃないけど、たぶん親父もそうなんだと思うの、この人(和島監督)の中で。

監督:そうです。

加賀:要らないと思う。まあ「死んだことになってるから」というのがせめてもの言い方かな。確かに向き合う親は大変だけど、びっくりして捨てちゃう人もいるわけだから。絶対向き合わない、いまだに会いにも来てくれない人もいるわけよ。

──珠子さんの他者との距離の取り方が素敵だと思いました。

加賀:お隣に越してきた小学生の男の子にも媚びてないしね。媚びてまで「うちの子を好きになって」「大事にして」と言わないところもいいのよ。占いのお客さんに対してもね。私、割に珠子さんみたいなところはある。

──加賀さんが今作に寄せたコメントで「人は生きているだけで、誰かのさまたげとなるもの」という言葉にハッとさせられました。

加賀:そういう人たちを許し、しかも自分もきっと相手に対してそういうことをしてるかもしれないっていう自覚って、私は大事にしたいよね。

──監督はどう思われますか?

監督:『梅切らぬバカ』で言うとお隣の里村家のように、さまたげになるものを周りが少しずつ受け入れていくこともできる、そういったプロセスを大切にしたいと思ってるんです。逃げずに関わっていくことができれば、そういった関わり方は見つかるんじゃないかなって思います。

──加賀さんの54年ぶりの主演作と聞いて、それも驚きました。

加賀:いつも主演作だと思ってんだけど(笑)。

──それは実は大事なことだと思います。とはいえ、今回はある意味パーソナルな部分にふれるテーマでもあり、特別な感慨はあったりされますか?

加賀:70代で1本のいい出会いがあったなという感じ。それ以上でもないし。ただ、人生の中で、たいがい何かしら、ああ、飽きたなと思うころに、ちょっとざわつく仕事と出会える。私はすごくラッキーな運勢なのかもねって思うわ。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(ヘアメイク:野村博史/スタイリスト:飯田聡子)
(衣装協力:レーストップス¥29,700、レーススカート¥61,600、ブラックジャケット参考商品/すべてプレインピープル〈プレインピープル青山〉)

加賀まりこ
加賀まりこ
かが・まりこ

1943年、東京都出身。17歳の時に寺山修司と篠田正浩にスカウトされ、62年、映画『涙を、獅子のたて髪に』、ドラマ『48歳の抵抗』で女優デビュー。以降、映画を中心に女優として活躍するほか、劇団四季の舞台「オンディーヌ」に出演。1981年に『泥の河』でキネマ旬報助演女優賞受賞。その後も、『陽炎座』(81年)、『麻雀放浪記』(84年)など映画に多数出演。90年代後半からテレビドラマの出演が増え、『君の手がささやいている』シリーズ(97年~01年)や『花より男子』シリーズ(05年~07年)などで存在感を放つ。近年のそのほかの映画出演作に『スープ・オペラ』(10年)、『神様のカルテ』(11年)など。

和島香太郎
和島香太郎
わじま・こうたろう

1983年生まれ、山形県出身。テレビドラマ『先生道』(06年)、『東京少女』(08年)などの演出を手掛ける。詩人黒田三郎の詩集を原作とした短編『小さなユリと/第一章・夕方の三十分』(11年)がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭短編部門にて奨励賞受賞。2014年、初監督作『禁忌』が劇場公開。その他、脚本を担当した『欲動』『マンガ肉と僕』(共に14年)が釜山国際映画祭、東京国際映画祭に出品。17年1月より、ネットラジオ『てんかんを聴く ぽつラジオ』(YouTubeとPodcast)を月1回のペースで制作・配信。てんかん患者やそのご家族をゲストに招き、それぞれの日常に転がっている様々な悩みと思いを語ってもらっている。