『テーラー 人生の仕立て屋』ソニア・リザ・ケンターマン監督インタビュー

不況で全てを失った孤独な男は、いかにして困難を克服し立ち直ったのか?

#ソニア・リザ・ケンターマン#テーラー 人生の仕立て屋

テーラー 人生の仕立て屋

“仕立屋”を、かつて勝ち組だった伝統的な職人の象徴として描く

 

『テーラー 人生の仕立て屋』
2021年9月3日より全国公開
(C)2020 Argonauts S.A. Elemag Pictures Made in Germany Iota Production ERT S.A.

本国ギリシャのテッサロニキ国際映画祭で3冠に輝いた『テーラー 人生の仕立て屋』が9月3日より公開される。

ギリシャ・アテネで36年間、父親と共に高級スーツの仕立て屋を営んでいた50歳のニコスの元に、銀行から突然差し押さえの通知が届く。経済不況で注文客が激減する中、ニコスは移動式の仕立て屋を始めることに。しかしなかなか売上があがらず途方に暮れていたある日、ウェディングドレスのオーダーが舞い込む……。

「太陽の国」ギリシャを舞台に、生真面目でどこか飄々としたテーラーを主人公につむぐ現代の寓話である本作。次世代の“アキ・カウリスマキ”と期待される新鋭ソニア・リザ・ケンターマン監督に、本作品に込めた思いを語ってもらった。

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テーラー 人生の仕立て屋

──本作品のベースとなる社会背景について教えてください。

ソニア監督:脚本を書き始めたタイミングが、ギリシャに厳しい経済的な困難が訪れた頃だったので、作品の社会背景としては“ギリシャ金融危機”がインスピレーションの基となっています。主人公であるニコスがスーツの仕立て屋ということだけではなく、50歳の男性が突然自分の仕事や店を失ってしまった時にどのような選択肢があるのか。実は選択肢そのものすらないかもしれないし、限られているかもしれない。そういう考えをベースとしました。

──ギリシャにおいて“仕立て屋”はどのように認識されている職業なのでしょうか。

ソニア監督:実は、今のギリシャでは絶滅の危機というぐらいに後継者がいない仕事です。この種の“職人”という職業自体が廃れていっているという現実があります。実際、ニコスが育った年代、つまり、彼のお父さんが仕立て屋を始めたのは1960年代ですから、そこから何十年もの間、彼はかなり裕福な状況にありました。お店も成功していますし、どちらかというと上流階級の人間として育ったわけなんですけれども、今となっては全くそういう感じではなくなってしまった。収入もなく、店を維持することも非常に困難になってしまった上に、自分が今まで学んできたオーダーメイドの技術というものも、そもそもお客さんがいなくなってしまったら使う術もありません。そんな状況において、とにかく自分のその腕、持っている技術というものを活かすような方法を何とかして探さなければいけないという、厳しい状態に陥ってしまった男性について描いています 。

──ニコスが移動式の仕立て屋を始めるという発想がとてもユニークですが、その意図について教えてください。

ソニア監督:まず彼が問題なのは、ほぼ社会から隔離され、孤独な人生を歩んでいることです。お店の屋根裏のようなところに1人で住んで、生活の中に全く動きがないんです。毎日を閉じ込められたような空間で暮らしているので、この問題の解決するために、彼をとにかく外に出して、人の中に入っていかせなければいけませんでした。

テーラー 人生の仕立て屋

主人公ニコスとそれを演じたディミトリスの共通性と役作り

──自分なりのスタイルを持つニコスは寡黙ながらどこかユーモラスな雰囲気も醸し出しています。彼を演じたディミトリス・イメロスはどんな人でしょうか。

ソニア監督:ギリシャではすごく稀ですが、彼は寄宿制の学校に通いました。脚本を読んだ時に彼が「自分の子どもの頃のことを思い出す」と話したことを覚えているのですが、その寄宿生活の中で一番好きな時間は「夜、周りに人がいなくて寝る時」と言ったんです。ニコスはとてもオールドファッションな人間なんですが、ディミトリスとの共通点は、自分の生活の中で他人とあまり関わるのを好まないところ。彼はほかの人と一緒に過ごすことよりも、“演じる”ということにフォーカスする人なんです。そしてニコスはいつも正装でしたが、彼は普段カジュアルなものばかり着ていたので、洋服には全く無頓着なようですね。

──ディミトリスとはどのようにニコスという役柄を構築していったのでしょうか。

ソニア監督:実はこの映画の準備のために、ものすごくたくさんの時間を仕立て屋で過ごしました。ディミトリスはもちろん縫うことができないので、テーラーの動きなどをトレーニングしました。そして、ニコスはどうして結婚しないという選択をしたのか、なぜ1人も周りに友だちがいないのか、あるいは作ろうとしなかったのかとか、彼の店はアテネのド真ん中でその屋根裏に住んでいるのであれば外を走る車の音や通りがかりの人の声も絶対に聞こえるはずなんだけれども、なぜ彼は“外の世界と関わらない”という決断をしたのか……。この仕事に就くことでどのような人格ができるのかということも学びながら、キャラクターの動きなどを決めていきました。

──フランス映画や無声映画、特にバスター・キートンやジャック・タチなどを参考にされたそうですね。

ソニア監督:特にガイドとなったのは動きですね。本当に無駄な動きが全くなくて、所作もすごく綺麗で。そして顔の動きによって豊富な感情が伝わってくるので、表情にも注目しました。そしてもう1つためになったのは、『英国王のスピーチ』です。これはイギリス映画でテーマは全く違うのですが、主人公となる英国王が吃音障害によってどんな風に周りの世界から疎外されているように感じているのかなどと共に、“王様の孤独”を表現した撮影カメラのレンズ使いなども参考になりました。

テーラー 人生の仕立て屋

──ニコスと隣人のオルガが作り出すカラフルなウェディングドレスも見どころのひとつとなっています。本作品でオルガが担った役割について教えてください。

ソニア監督:オルガ(タミラ・クリエヴァ)はロシアから来た移民で、ある意味、ギリシャの社会においては“よそ者”です。彼女はギリシャに来るまでに多分すごく大変な人生を送ってきて、手に職を持ちたいのだけれど、タクシードライバーをする彼女の旦那さんには、自分の力で家庭を支えているという自負がある。彼にしてみたら、自分の奥さんが働く必要はないんです。そこにニコスが一緒に洋服を作ってみないかと声をかけたことで、彼女はやりたかったクリエイティブな仕事の機会を与えられる。オルガにとっても新たな旅のスタートであり、自分にエンパワーメント=力を与えてくれたという始まりでもあるのです。

(text:足立美由紀)

ソニア・リザ・ケンターマン
ソニア・リザ・ケンターマン
Sonia Liza Kenterman

1982年8月29日生まれ、ギリシャ出身。アテネで社会学の学士号を取得後、ギリシャのスタヴラコス映画学校およびロンドン・フィルム・スクールで映画制作を学ぶ。卒業制作で手掛けた2012年の短編“Nicoleta(原題)”は41の国際映画祭に出品され、計15の賞を受賞。ギリシャ映画アカデミー賞では最優秀短編映画賞にノミネートされている。これまでに短編8本を手掛け、本作が初の長編映画となる。そして現在ギリシャを拠点に2作目となる長編作品を製作中。