戦争体験を語れる人が減っていく今だからこそ観るべき一作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

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ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA
ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 (C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA
Mr. Nelson, Did You Kill People?
塚本晋也

戦争加害者の「人を殺す」という傷口そのものに迫った塚本晋也監督

【週末シネマ】戦争映画というと、戦闘そのものだけではなく戦場で命を奪われる側、あるいは生還した兵士が受けた傷を描く作品が多い。『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』はそこからさらに踏み込み、戦場で「人を殺す」という傷口そのものに迫る。

塚本晋也監督「戦争を頭だけでなく身体で感じて」 ヴェネチアで喝采浴びた最新作に込めた思い明かす

塚本晋也監督が本作を構想したのは、『野火』(2014年)を作るために戦争資料を読み込んだことがきっかけだという。被害者側だけではなく、加害者の視点から戦争を描く必要性を感じた塚本が徹底させているのは、戦争をヒロイズムに乗せた描写から切り離すことだ。

実在したネルソン、初めて人を撃った後に発した言葉とは?

主人公のアレン・ネルソンは実在した元アメリカ軍兵士。貧困や差別から抜け出すため18歳で海兵隊に入隊した。そこで教え込まれるのは、何も考えないこと、絶対服従、そして人の殺し方だった。ベトナムに送られたネルソンが殺したのは、必ずしも敵兵ではない。農民、女性、子ども、老人。敵と民間人の区別さえつかない状況のなかで、兵士たちは殺すことを命じられる。

苛烈な銃撃戦に、戦争映画にありがちな昂揚感はない。そこで描かれるのは、ただ人が人を殺すという行為だ。

初めて人を撃ったネルソンの「あっけなかった」という一言が強烈だ。他者の命を奪うという人生を揺るがす出来事が、戦場ではあまりにも簡単に起きてしまう。その「あっけなさ」は、やがて彼の人生から消えることのない傷になっていく。

Mr. Nelson, Did You Kill People?

(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA

帰還後のネルソンの苦しみと少女の問い

20歳で帰国したネルソンは、悪夢やフラッシュバック、暗闇や大きな音への過敏反応に苛まれ、家を出てホームレスになる。やがて家庭を持ち、父親となってもPTSDに苦しむ彼は家族との生活はままならない。

治療にあたった心理学者のダニエルズ医師は、「なぜ君は人を殺した?」と問い続ける。ネルソンは長い間、「戦争だから」「命令されたから」と答える。しかし、何年にも及ぶカウンセリングの末、ようやく口にした言葉は、自らの逃げ道を塞ぐようなものだった。

友人の教師に請われ、小学校で戦争体験を語ったネルソンに、少女が「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」と問いかける。ネルソンは「イエス」と答える。その一言によって、戦場での殺戮は抽象的な戦争の悲劇ではなく、彼自身が背負う具体的な記憶へと変わる。

戦場に行く前と後を違う俳優が演じる意味

この重い物語を支える俳優たちの演技も印象に残る。ネルソンを演じる二人の俳優(ロドニー・ヒックス、マーク・マーフィー)は、ひとつの魂の持ち主が、戦場に行く前と帰還後では同じ人間ではいられないことを伝えている。

ダニエルズを演じるジェフリー・ラッシュが素晴らしい。これみよがしな表現を排除し、主人公が自分の記憶や罪と向き合うのを静かに支えて見守る。劇中のダニエルズとネルソンの関係がそのまま、演じる者同士の関係ときれいに重なっているのだ。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA

(C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA

フラッシュバックが突きつけるのは、戦争は心の中では終わらないこと

個人的に強く印象に残ったのが、フラッシュバックの描き方だ。過去の戦場を再現する単なる回想シーンではない。突然、何の前触れもなく過去が現在に侵入してくる。その不意打ちが恐ろしい。フラッシュバックとは過去を思い出すことではなく、過去が本人の意思とは無関係に現在へ襲いかかってくることなのだと、観客にも身体感覚として伝わる。本物のトラウマには遠く及ばないとしても、その一端を観客に体験させる映画表現として、十分に衝撃的だ。

形の上では終わった戦争は人の心の中では終わらない。その事実を、この映画はフラッシュバックという形で観客に突きつける。

現代の戦争では、ドローンなどによって、攻撃する側が相手を直接見ることなく殺すことができる。殺す側の身体的・精神的な負担は、技術によってある意味軽減されている。しかし、どれほど戦争が無人化され、攻撃が遠隔化されても、そこで命を奪われるのは今も昔も生身の人間だ。

本作は加害者の視点に立つ。戦う意思など持たず、ただ怯えるだけの老若男女の命を奪う行為を敢えて殺す側から描くことで、観客は殺された人々のことを否応なく意識する。ネルソンは、自らの加害行為を語り続けた。兵士時代に沖縄に滞在した彼は日本でも1200回以上の講演で戦争の現実を伝え続けた。

塚本晋也監督

塚本晋也監督 (C)Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners (C)Allen Nelson/KODANSHA

映画という形で戦争の記憶を蘇らせる意味がある

2009年、61歳で亡くなった彼が経験したベトナム戦争について語れる人は、これからますます減っていく。日本でも、太平洋戦争を実体験として語れる人は少なくなっている。だからこそ、映画という形で記憶を蘇らせる意味がある。

海の向こうで戦争が起きている間も、日本に平穏な時間が流れていた。戦争の記憶を持つ人々が必死に、あるいは無意識のうちに「絶対に戦争をしてはならない」と考え、行動してきたことが、私たちが生きてきた平和の一部を支えていたのではないかと思えてくる。

戦争の記憶を直接語れる人が減っていくことによって、戦争を止めるための実感も失われていく。戦争を知らない私たちがこれからを生きていくために、誰もが今、この映画を観る意味がある。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、2026年9月11日より公開中。