『愛、アムール』ミヒャエル・ハネケ監督インタビュー

冷徹で妥協しない映画作りで知られる名匠に聞く

#ミヒャエル・ハネケ

自分が求める演技が出てくるまではリハーサルは続ける

パリの高級アパルトマンで満ち足りた生活を送っていた元音楽家の老夫婦。だが、妻が突然の病に倒れ、その暮らしは一変。徐々に症状は悪化し死の影が忍び寄るなかで、夫は妻を献身的に介護するが……。

本年度アカデミー賞外国語映画賞をはじめ、カンヌ国際映画祭最高賞・バルムドール、英国アカデミー賞主演女優賞、セザール賞5部門受賞など数々の映画賞に輝いた『愛、アムール』は、人生の旅の終わりにさしかかった男女を通じ、老いや死を見つめた珠玉作だ。

監督は名匠ミヒャエル・ハネケ。『ファニーゲーム』(97年)や『ピアニスト』(01年)といった衝撃的な作品で知られ、『白いリボン』(09年)では村に悪意が蔓延していく様子を淡々と描き出した。だが、本作で彼が描いたのは、老夫婦の至高の愛。『白いリボン』と本作とで2年連続パルムドールに輝く快挙を成し遂げたハネケ監督が、映画について語った。

──夫役の名優ジャン=ルイ・トランティニャンは、あなたのことをとても要求の多い監督と言っていますね。

監督:自分ではとくに要求の多い監督だとは思っていないのですが(笑)。私はふだん、それほどリハーサルをする方ではないのですが、それでも自分が求めるものが出てくるまではリハーサルを続けます。今回は特に難しいシーンが多かったので、結果的にリハーサルに費やす時間が多くなってしまったのです。望む演技が出てくる前にあきらめることはできませんから。

──トランティニャンと妻役のエマニュエル・リヴァが素晴らしかったのですが、キャスティングの意図について教えてください。

監督:トランティニャンは、彼を想定して脚本を書きました。エマニュエルは、この年齢(80代)のフランス女優を探していたなかで彼女が最も素晴らしかったので、オーディションで決めました。単に名女優というだけでなく、トランティニャンとカップルを演じたときに、もっともそれらしく映ったからです。まるで長年連れ添った夫婦そのものでした。

この物語を考えついたのは、私の家族にも同じようなことが起こったから
『愛、アムール』
(C) 2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinema - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk

──ただ、2人は役へのアプローチの仕方が違ったようですね。

監督:さきほども言いましたが、私にとって大事なのは自分が望んだ結果を得られること、自分が脚本を書いたときに想像していたことを得ることなので、そこに至る過程、彼らが意気投合するか否かは、正直、私にとっては重要ではありません。私はよく芝居の演出もやりますが、舞台俳優の場合、しばしばふだんとても仲のいい俳優同士が舞台に立つとうまく行かない、あるいはその反対に、ふだんはソリが合わないのに舞台に立つと化学反応を起こす場合があります。ですから結果以外の部分はあえて考えないようにしています。

──妻を愛する夫の献身が胸を打ちます。彼はとても誠実で温かい人間ですが、今までのあなたの映画に出てきたキャラクターとはかなり異なりますよね。

監督:テーマによるんです。『ファニーゲーム』のような映画は、優しさが入り込む隙はありません。私はつねに、扱うテーマにもっとも適した効果的なやり方を心掛けるようにしています。もし暴力に関する映画なら、暴力的な映画になるのは避けられませんし、愛を描く映画なら、優しい映画になるのは当然です。決して私が暴力を好むから、暴力的な映画を作っているわけではありません(笑)。ただし演出上、つねにテンションを保つことは心掛けています。

──これは、あなたの実体験を元にした作品なのでしょうか?
『愛、アムール』
(C) 2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinema - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk

監督:じつはこの物語を考えついたのは、私の家族にも同じようなことが起こったからでした。そういう立場に立たされたら誰もが現実的な面での困難と、その人に対する愛情の板挟みで苦しむのではないでしょうか。ただ私の体験は、映画のストーリーとは異なります。私は自伝的な映画を撮ることには興味がありません。危険すぎるからです。つまり、作品がキッチュになりすぎる可能性があると思うのです。
 私の考えでは、自分の経験から何かを描く場合、個人的な感情が入りすぎると決していい映画にはなりません。それはストーリーを作るきっかけにはなるかもしれない。でもその後、アーティスティックな方法を見つけないと、冷静に物語を語ることはできません。もし感情的になりすぎたら、優れた作り手にはなれないのです。

──あなたは現代社会の問題点を問うような作品を多く作っていますが、一方で「現代社会を批判するのが自分の目的ではない」とも言っています。なぜあなたはこういったテーマを選ぶのでしょうか?

監督:いずれにしても、それが我々に関連することだからです。脚本家として私は、つねに自分が面白いと思えるもの、挑発されるようなテーマを取りあげてきました。私たち人間は社会的な存在であり、つねに社会と対峙している。人間についてシリアスに描こうとすれば、それは必然的に社会を描くことにもなる。でも、私は社会派映画を作ることに興味がありません。むしろ人々の感性を刺激するような作品を作りたい。社会的なシステムを語るよりも、登場人物や彼らの心情を通してものごとを語る方が、効果があると思うのです。

ミヒャエル・ハネケ
ミヒャエル・ハネケ
Michael Haneke

1942年生まれ。ドイツのミュンヘン出身。3歳の頃に家族でオーストリアへ移住し、ウィーン大学で哲学、心理学、演劇を学ぶ。テレビ局で編集・脚本を手がけた後、舞台演出にも挑戦。『セブンス・コンチネント』(89年)で長編映画監督デビュー。『ファニーゲーム』(97年)、『ピアニスト』(01年)、『白いリボン』(09年)などの問題作を発表し、世界的に高い評価を受け続けている。

ミヒャエル・ハネケ
愛、アムール
2013年3月9日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国公開
[監督・脚本]ミヒャエル・ハネケ
[出演]ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユベール、アレクサンドル・タロー
[原題]AMUR
[DATA]2012年/フランス、ドイツ、オーストリア/ロングライド/127分
(C) 2012 Les Films du Losange - X Filme Creative Pool - Wega Film - France 3 Cinema - Ard Degeto - Bayerisher Rundfunk - Westdeutscher Rundfunk