インテリア
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インテリアデザイナーの建築処女作に嫉妬するコルビュジエ

『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は、2015年のベルギー/アイルランド映画で、監督はメアリー・マクガキアン。

舞台は1920年代のフランス。既にインテリアデザイナーとして成功していたアイルランド人のアイリーン・グレイ(オーラ・ブラディ)は、クリエイティブな発想を大切にするあまり自由を求め、男性と交際することはなかった。しかし、建築評論家のジャン・バドヴィッチ(フランチェスコ・シャンナ)と出逢い、1929年にふたりで住むためのヴィラを南フランスのカップ・マルタンに完成させる。その名は、「E.1027」。アイリーン・グレイ&ジャン・バドヴィッチのイニシャルを取り、EG.JBのアルファベットの順番(J=10、B=2、G=7)としたのだ。

・伝統の高島屋民藝展が3年振りに開催。知花くららによる展示ブースも

この家は、アイリーンがはじめて手がける家。インテリアデザイナーとしての自身の信念にのみ基づいて、土地と一体で建物を考え、かつ屋外と室内を区別せず作られた。そのため、ル・コルビュジエ(ヴァンサン・ペレーズ)が提唱していた“家は構造や環境に左右されてはならない”とする「近代建築5原則」の主張に真っ向から矛盾することになった。当然、コルビュジエは自分の主張と相容れないアイリーンの建築に反発したが、内心ではその革新性に嫉妬し、恐怖していた。

完成後間もなくアイリーンは、コルビュジエの横暴やバドヴィッチとの様々な行き違いから、バドヴィッチに「E.1027」を残して、自分のための新しい家「テンペ・ア・パイア」を造って移り住んでしまう。

そして1938年、コルビュジエがアイリーンに無断で「E.1027」の壁に8枚のフレスコ画を描いてしまう事件が起こり、アイリーンとコルビュジエの断絶は決定的になる。さらにル・コルビュジエが「ラ・マルタン休暇小屋」を裏に建てたことで、世間にはE.1027もコルビュジエの作との認識が広まった。

しかし大戦後に荒廃した「E.1027」を愛で、オーナーのバドヴィッチ亡き後は買い戻すために奔走したのは、ル・コルビュジエだった。自分がほんとうに愛し、死ぬ場所として。

アイリーンの名作家具とインテリアセンスに脱帽

本作は実際に「E.1027」で撮影されている。

「E.1027」は、アイリーンとバドヴィッチがふたりで心地よく過ごせることをモットーに、海への見晴らしがいい斜面と一体化し、床から天井に至る大きな窓を設けた構造にしたことで、インテリアも屋外庭園とシームレスに繋がっていた。

そこに、インテリアデザイナーとして手がけたアイリーンの作品がちりばめられる。

長椅子「トランザット」、ミシュランタイヤにちなみ丸くて座り心地のいい「ピバンダム」、置き場所や使い方を選ばないアームレスソファベッド「デイ・ベッド」、世界で最もコピー商品が多いと言われるベッドで食事を取るために作られた「アジャスタブル・テーブル」、蝶番付きで角度を変えられる洗面ミラー「カステラー」等々、すべてが機能的だ。

そして、海辺に浮かぶ船を連想させるラグ「ブルー・マリン」は、日本人工芸家の菅原精造に漆工芸を学んでいたアイリーンのセンスの良さが光る。

モダニズム建築では括れない、使い手に寄り添う住まい

作中、アイリーン自身が述べているように、アイリーンの建築とインテリアは、コルビュジエと対比して「意図と機能が大事」「目的ではなく、効果を求めて」デザインされている。

立地や使い手の立場から建築を組み立てる手法は、ドキュメンタリー映画『建築と時間と妹島和世』で女流建築家の妹島和世が示したアプローチと同じ。また、建築、インテリア、家具を一体として考える点は、建築家の押野見邦英と同じである。

この「E.1027」はモダン建築・インテリアだと言うのはたやすいが、アイリーンいわく「意図と機能美のバランス感覚」に溢れている。

インテリアや建築の価値は、住む人への愛情次第

本作では、アイリーンとバドヴィッチが好意的に描かれるのとは対照的に、コルビュジエ同様、シャルロット・ペリアンは野心的な人物として描かれる。彼女は、アイリーン・グレイの若き後継者としてル・コルビュジエ期待の星であり、同時にバドヴィッチの浮気相手として登場する。ただ実際にはペリアンはアイリーンを尊敬していたと言われ、そのルーツを辿り日本を訪れ、高島屋「民藝展」にみられるように日本のインテリアに重要な足跡を残した。

コルビュジエも、「形式なんて無意味で、大切なのは生き方だ」と言うアイリーンを最終的には認め、だからこそ「E.1027」に住んだ。作中にも、E.1027に興味のない富豪が「アジャスタブル・テーブル」を放り投げて破壊するのをコルビュジエが止めさせて悲しむ場面がある。

繰り返し出てくるメッセージがある。「家には心を込めるべきで、見た目より快適さが重要だ。家は機械ではなく、人を包み込むものだからだ」。

これは屋外・屋内を問わず示されるアイリーンの考え方で、映画の最後は「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる。」と締めくくられる。

コルビュジエのファンにはちょっと不快な描かれ方をしているが、インテリアは見た目の美しさよりも、住む人の人間性が表現されていなければならないことを教えてくれる上質な作品だ。(文:fy7d)

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