ブラジル軍事独裁下の失踪事件と家族の実話を、一家と交流のあったサレス監督が描く
#アイム・スティル・ヒア#ウォルター・サレス#フェルナンダ・トーレス#レビュー#週末シネマ
(C) 2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA
失踪した議員の息子の回顧録をもとに映画化『アイム・スティル・ヒア』
【週末シネマ】今年のアカデミー賞で国際長編映画賞を受賞したウォルター・サレス監督の『アイム・スティル・ヒア』は、1970年代ブラジル軍事独裁下の一家の実話をもとにしている。
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1970年代に軍に連行された元ブラジル下院議員ルーベンス・パイヴァの失踪事件について、議員の息子であるマルセロ・ルーベンス・パイヴァが綴った回顧録をもとに、パイヴァ家と少年時代から交流のあったサレス(『モーターサイクル・ダイアリーズ』)が、16年ぶりに母国で監督を務めた。
夫は消息を絶ち、妻と娘も一時的に連行され……
1970年、土木技術者となっていたルーベンスはリオデジャネイロの海辺の家で妻と5人の子どもと暮らしていたが、平穏な日々は彼が連行されたことによって一変する。詳細を一切知らされないまま、子どもたちと残された妻エウニセが消息を絶った夫の行方を追い続ける本作で印象的なのは、彼女と家族が経験する抑圧、不安、悲しみ、怒りの表現だ。エウニセと10代の娘も一時的に連行されるが、拷問描写などは前面には出さず、代わりに映し出されるのは、主人の消えた家で監視されながら過ごす家族の日常だ。
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フェルナンダ・トーレスは母と親子二代で主演女優候補に
何より印象に残るのは、エウニセを演じるフェルナンダ・トーレス。愛情深い女性として夫や子どもたちに接する表情、一人で子どもたちを育てると決意して行動を起こし、夫の消息を求めて声を上げ続ける毅然とした姿が胸を打つ。大げさな表現はせずとも、視線や仕草の中にエウニセの孤独や恐怖がにじむ。
トーレスは受賞は逃したが、ブラジルの俳優として2人目のアカデミー主演女優賞候補となった。ちなみに老年期のエウニセを演じるのは、彼女の実母であり、サレス監督の『セントラル・ステーション』(1998年)でブラジル初のアカデミー主演女優賞候補となったフェルナンダ・モンテネグロだ。
子どもたちを演じた俳優たちのナチュラルな振舞い、実在のルーベンスと風貌のよく似たセルトン・メロの佇まいからも、幸福だったパイヴァ家を襲った理不尽な悲劇が強調される。そして泣き寝入りせず戦う家族の姿をリアルに描けたのは、サレスとパイヴァ家の長期にわたる交流あってのものだろう。
笑顔の家族写真は一家を引き裂いた抑圧に対する静かな抵抗
撮影前、サレスは原作者マルセロ・ルーベンス・パイヴァやエウニセの家を訪れ、パイヴァの遺品などに触れながら話を聞いたという。家族の記憶、そして友人としてその一部を共有するサレスの演出には独特の当事者性があり、パイヴァ家の生きた時間として観客の感覚に刻み込まれていく。
パイヴァ家はルーベンスの失踪後も、記憶を手放さずに生活を続けた。
印象的なのは、何度か登場する家族写真の撮影場面だ。どんな状況に置かれていても、彼らは笑顔でカメラに収まる。それは単純な幸福の表現ではなく、家族を引き裂いた抑圧に対する静かで最大の抵抗の意思表示であり、同時に「私はまだここにいる」という本作のタイトルが観る者の心に刺さる。
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本作が描く1970年代ブラジルの抑圧は、表面的には現代日本とは異なる。だが2025年の日本でも、社会の不寛容や声を上げにくい空気に支配された沈黙は広がりつつあるのではないか。
『アイム・スティル・ヒア』は遠い国の半世紀以上前の物語だが、いつの時代のどこにも当てはまる普遍的な問いを、私たちに突きつけている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アイム・スティル・ヒア』は、2025年8月8日より全国公開中。
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