『メアリと魔女の花』(17年)のスタジオポノックが6年ぶりに制作した長編アニメーション映画『屋根裏のラジャー』が12月15日に公開される。
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原作はイギリスのA・F・ハロルドによる『THE IMAGINARY』(ぼくが消えないうちに)。少女アマンダの想像が生み出した少年ラジャーは、彼女以外の人間には見えない「想像の友だち(イマジナリ)」だ。ラジャーは屋根裏部屋でアマンダと一緒に想像の世界に飛び込み、冒険を繰り広げる楽しい毎日を送っていた。だがイマジナリには「想像した人間に忘れられると、消えていく」運命にあった。ラジャーは自分の運命に戸惑いながら、イマジナリの町にたどりつく。そこでは、かつて人間に忘れられたイマジナリたちが生き続けていた。
アニメーション制作現場ほど素晴らしい地獄はない
本作で制作陣が挑戦したのが、新たなデジタル技術を用いるフランスのクリエイターたちと組んだ「質感とライティング」。西村義明プロデューサーが説明する。
「手描きアニメーションにおいても、陰影は光源を意識して描かれるが、厳密な照明演出が為されていることはまれだ。しかし、人形浄瑠璃や能面に見られるように、照明は人物の心情を光と影で活写しうる。ライティングを演出できれば、手描きアニメーションはもう一段ほど人物の心理を深めることもでき、描ける物語の幅も広がると思っていた。一方、百瀬(義行)監督はキャラクターの質感表現をやりたかった。例えば大人と子どもの手を描く際、従来であれば、質感ではなく大小などの形状の差異で表現する。しかし実際は、子どもの手を窓に透かせば、ふくよかな腕や指があり、その指先を明りにさらせば、先端は薄く赤味を帯びている。新しい技術により、照明と質感の両方に挑戦できた」
監督は百瀬義行。高畑勲監督の『火垂るの墓』(88年)から『かぐや姫の物語』(13年)の全作品において重要な役割を担うなど、スタジオジブリで多岐にわたり活躍してきた。『ギブリーズ episode2』(02年)で短編初監督、スタジオポノック短編劇場『ちいさな英雄』(18年)の一編『サムライエッグ』を監督。満を持しての長編アニメーション監督作となる。
「百瀬監督と長編映画を作りたいと長らく考えていた。私がジブリに入ったのが2002年7月。完成披露試写会で『猫の恩返し』『ギブリーズ episode2』を見た。『ギブリーズ』に関しては『自分の会社の社長や社員を登場人物にして映画を作るなんて、何という会社に入ってしまったのだ』と思って斜に構えて見ていたが、次第に画面にくぎ付けになった。廊下から教室へカメラが入っていくショット。CGを使っているが、それを感じさせない。物語のために表現を選び、表現のために技術を使っていた。監督は誰なのだと好奇に駆られた。高畑勲監督と宮崎駿監督のスタジオジブリと喧伝されていたものの、入社すると『ジブリには第3の男がいる』と知った。高畑さんはフリーだからご自宅にいる。宮崎さんはアトリエにいる。そして、ジブリに個室を持っているクリエイターが1人いて、『百部屋』と書いてあった。『ひゃく部屋って何ですか』と聞いたら『もも部屋って読むんだ。ギブリーズの監督だよ』と。当時から百瀬さんの映像表現に魅かれていた」
「『THE IMAGINARY』を映画化することは決めていて、『百瀬さんだったら、面白くできるんじゃないか』と思った。この企画は子ども時代の記憶と密接にかかわっている。多くのクリエイターと接していると、子どもの頃の記憶が残っている方か否かが、なんとなくと分かってくる。子ども時代の自分を忘れてしまった人は、子どもの喜びや悲しみを『こういう風に子どもは喜ぶものだ』と大人になった自分の視点で捉えようとする。百瀬さんに『子ども時代に、こういうことがあって楽しかった』という類の話をすると、『僕もそうだった』と70歳近い百瀬さんが楽し気にエピソードを語ってくれる。歳は離れているが、ふたりが10歳に戻って同じ絵を見ることができた。百瀬さんなら子どもが想像した少年ラジャーを描けると思った」。
主人公ラジャーを吹き替えたのは寺田心。300人のオーディションから選ばれた。
「脚本が作りながら、『ラジャーの声は難航する』と思った。主人公の純朴さを獲得するには男性の変声後の声では難しく、一方、多くのアニメーションがやる『女性声優が男の子を演じる』は物語の重要な設定上、採用できない。つまり、変声前の透明感をもった男の子であり、さらに演技がずば抜けて上手な子を探す必要があった。300人を超える子役たちにオーディションを受けてもらった。オーディションでは、子役に対し、プロの声優が相手をつとめたが、寺田さんの時にだけ興味深いことが起きた。彼の演技に影響され、相手のプロの声優がオーディションを忘れて本気の芝居をしていた。彼は抜群に素晴らしく、ラジャーだった。オーディション時の声はラジャーの冒頭に近い。最後のシークエンスには幼すぎたが、アフレコ時期になったらちょうど適度な声になりそうだ、と目算を立てて彼に託した。だが公開時期が伸びて、アフレコ時期も延びてしまい、寺田さんの声変わりの可能性がでてきた。それを避けるために、絵が出来た後に録音するアフレコではなく、絵が出来る前に声を収録し、現場のアニメーターがその芝居に合わせて絵を描くプレスコ方式を採用した。制作行程をプレスコに変えたことで、現場は混乱したが、声変わりの間近に特有の声の揺らぎが、ラジャーの心理やアイデンティティの揺らぎと共鳴するという奇跡が生まれた」
『メアリ』が2017年、『ラジャー』が23年。長編映画は6年間空いた。
「この間も色々な企画は進めており、今も次作が進行中だ。理想としては1年に1本作りたいが、作るからには意味のある物語を描きたい。クリエイターが500人、宣伝スタッフや映画館も含めて言えば最終的には10万人ほどの協力者が映画一本に関わる。その発起においては、自分がよほど確信を持てる企画でなければ始められない。
子どもは軽薄に作られた創作物と、心を込めて作られたものを見分ける能力がある。手は抜けない。アニメーション制作現場は時に地獄のような過酷さを経験するが、観客の中に、特に子どもたちの中に、一生にわたって忘れられない大切な何かが残るならば、これほど素晴らしい地獄はないと思う」
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