愚かな男をディカプリオが熱演、オセージ族連続殺人事件の悲劇が伝えるメッセージ

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『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
Apple Original Films『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
画像・映像提供:Apple
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』日本版ポスター

スコセッシ監督×ディカプリオ、戦慄の実話を映画化

【週末シネマ】マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演のコンビ6作目となる『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』。1920年代のオクラホマ州オセージ郡で起きたオセージ族連続殺人事件の実話を映画化した約3時間半の大作は、壮大にして美しく、現代にも響く強いメッセージを湛えている。

19世紀後半、オセージの先住民は同地で発見された石油資源の利権を得て裕福になった。だが、彼らは1920年代に次々と不可解な死を遂げる。銃や毒による明らかな殺人事件もあり、新設されたばかりの連邦捜査局(FBI)が捜査にあたる。事件の渦中にいる第一次世界大戦の退役軍人で、叔父を頼ってオセージ郡にやってきたアーネスト、彼と結婚する裕福なオセージの女性モリーが主人公だ。

[動画]レオナルド・ディカプリオ主演、真実の愛と残酷な裏切りが交錯するサスペンス映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』特別映像

冒頭でまず驚いたのは、舞台となるオセージ郡フェアファックスの街の様子だ。鉱業権を保持する先住民たちは立派な屋敷に暮らし、スーツやドレスで着飾って、高級車に白人の運転手付きで乗っている。世界史の教科書に記載はない、あるいは多くの西部劇でも描かれなかった近代アメリカの一面だ。ディカプリオが演じるアーネストも、最初はモリーの運転手として雇われる。

街にはオセージ族に対して友好的に振舞う有力者で、“キング”と呼ばれるのを好むウィリアム・ヘイルがいる。アーネストの叔父でもあり、温厚な笑顔の中に凄みを漂わせる怪人物は、金や女性に目がない甥をそそのかしてモリーと結婚させ、彼女の財産を狙う。

聡明で信仰心が厚く、美しいモリーはアーネストを簡単に信頼せず、狡猾なコヨーテのイメージに重ねるが、同時に彼の魅力に惹かれていく。それは欲深い小悪党のアーネストも同様で、2人の本物の恋愛感情はまんまとヘイルの思惑通りに物事を運ぶことになる。

ディカプリオ史上初、見るからにダメ男の役

原作にあたるノンフィクション「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」は事件を調査するFBI捜査官トム・ホワイトが主人公で、ディカプリオは当初ホワイトを演じる予定だった。だが、スコセッシはエリック・ロス(『DUNE/デューン 砂の惑星』)と脚本を執筆するうち、さらにディカプリオの進言も受けて、映画をオセージの物語として描くことを選択。かくして、オセージ殺人事件の裁判記録に登場するアーネスト・バークハートと彼の妻モリーを軸に、愛と信頼、そして裏切りがもたらす悲劇として映画化された。

それにしても、ディカプリオがこれほど見るからにダメ男を演じるのは初めてではないだろうか。一皮剥けば愚かで弱いというキャラクターは何度も演じているが、今回は化けの皮も被らず、ただただ無防備に愚かな人物だが、捜査官ではなくこの役を望んだのは理解できる。捜査官を演じたジェシー・プレモンスと役の互換は可能であり、むしろそれがタイプキャスト。だからこそ、この配役が面白い。

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“キング”はデ・ニーロ、モリー役のグラッドストーンが素晴らしい

スコセッシと50年来の盟友でこれが10作目のコラボレーションとなるロバート・デ・ニーロは、アーネストの叔父で牧畜業を営むウィリアム・ヘイルを演じる。自ら手を下さずとも相手を脅かし、自分の言葉の矛盾に無自覚でいられる支配者の姿は我々が生きる現代でも目にするものだ。

そしてこの映画の精神と言っていいヒロイン、モリーを演じるリリー・グラッドストーンの素晴らしさに感服する。物質的には満たされているが、同族の人々の不可解な死に言いようのない不安や恐怖を抱くモリーの絶望、夫への愛と不信、そして気高さを豊かに表現する。オセージ族ではないが、モンタナ州の先住民族の血を引く彼女の佇まいは白人によるステレオタイプにはまらない力強い女性像として鮮烈だ。

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撮影監督は本作とほぼ同時期に『バービー』も手がけていたロドリゴ・プリエト。人物の顔をひたすら映し、そのアップが効果的になる顔の持ち主だけがこの映画に出ている。スコセッシは『ミッドサマー』などアリ・アスター監督作品に影響を受けたと語っているが、なるほどと得心する部分も確かにある。

本作を今、見るべき理由とは?

全編を通して、オセージ族と文化に対する敬意と忠実な再現に尽力したことが伝わり、個人的に最も印象深いのはモリーの最後の登場シーンだ。それでも、同作でオセージ語指導を務めたクリストファー・コートはロサンゼルス・プレミアのレッドカーペットで、物語がモリーではなくアーネストの視点で語られたことへの失望を表明した。そのうえで彼は作品の感想をこう語った。
「権利を奪われてきた人々にとっては共感できる。弾圧の歴史をもつ他の国々にとって、道徳的な問題を自問する機会になる」

他人の言葉を借りるのは怠惰の極みだが、これこそが今この映画を見るべき最大の理由ではないだろうか。(文:冨永由紀/映画ライター)

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、2023年10月20日より世界同時劇場公開中、その後 Apple TV+にて世界同時配信。

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