【YMOと映画音楽】『戦メリ』『ラストエンペラー』の次に聴きたい坂本龍一の映画音楽8選(前編)/『愛の悪魔』ほか
【YMOと映画音楽】その4:坂本龍一(前編)
40年間で約40作のサウンドトラックを手がけた多作家
1983年5月公開の『戦場のメリークリスマス』から、2023年6月公開の『怪物』まで。映画音楽家としての坂本龍一がこの40年間で手がけてきた映画音楽は、サウンドトラック全体の作曲を担当したものだけで約40作、一部の楽曲を提供したものも含めれば約60作にのぼる。自身のソロやYMOほか様々なユニットでの活動、他者のプロデュース、楽曲提供などと並行してこれだけの映画音楽を世に送り出し、アカデミー作曲賞など数々の栄誉に輝いているわけだから、質・量ともにもはやソロ・アーティストの余技というレベルではない。もちろんYMOの他のメンバー2人と比較しても、映画との関わりは圧倒的に多い。
・【日本の映画音楽家】映画音楽家・坂本龍一のキャリアは『戦場のメリークリスマス』から始まった
ここでは、よく知られた『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』の次に聴きたい坂本龍一の映画音楽を8作品チョイスしてみた。それらのサウンドトラックの聴きどころを紹介する中で、映画音楽家・坂本龍一の多様性や独自性が少しでも伝わればと思う。
『愛の悪魔』で「メロディ主体」から「音響主体」へシフト
①愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像(1999年)
英国人画家のフランシス・ベイコンの生涯を描いたジョン・メイブリィ監督作品。予算の問題からスタジオでオーケストラを録音するような制作は叶わず、坂本龍一は自宅スタジオでひとりシンセサイザーを操って本作のサウンドトラックを仕上げたという。ここには大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』や、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』『シェルタリング・スカイ』『リトル・ブッダ』といった作品で聴ける印象的なメロディはほとんど現れない。坂本にとって「メロディ」ではなく「音響」に軸足を置いた最初の映画音楽であり、その意味で映画音楽家としての彼のキャリアのターニング・ポイントにある作品である。
②ファム・ファタール(2002年)
1998年の『スネーク・アイズ』に続く、ブライアン・デ・パルマ監督作品。サウンドトラックの冒頭に収められた「Bolerish」は、タイトルからも推測できるようにモーリス・ラヴェルの有名な「Bolero」をあからさまに想起させる曲なのだが、これはデ・パルマ監督からの「限りなく『Bolero』に近い曲を書いてくれ」という依頼に対して忠実に応えた帰結である。YMO前夜の坂本龍一が、音楽理論を熟知したスタジオ・ミュージシャン兼アレンジャーとしてポップスや歌謡曲のフィールドで引っぱりだこになった理由は、この「Bolerish」を聴けば分かる。つまりは、抽象的なイメージを具体的なサウンドに変換する能力。その能力が尋常でないほど高かったのだ。
③トニー滝谷(2004年)
村上春樹の短編集『レキシントンの幽霊』に収録された一篇を、市川準監督が映画化したもの。市川監督のリクエストは「鳴っていることをほとんど感じさせないぐらい印象の薄い音楽を作ってほしい」というものだったそうで、坂本龍一は映像をスクリーンに投写しながら即興で作曲を進めたとか。基本的にピアノ・ソロが中心のシンプルな小品集にまとまっているのだが、ピアノの弦を弾いて硬質なリズム感を表現した野心的な楽曲も含まれ、音楽だけに耳を傾ければなかなかに濃い印象を残すサウンドトラックである。坂本のソロ・アルバムで言うなら、自身のルーツであるピアノの独奏でまとめた『BTTB』と、ジョン・ケージをはじめとする現代音楽家たちからの影響を改めて見つめ直した『out of noise』の中間に位置するような作品である。
④シルク(2007年)
『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』で知られるフランソワ・ジラール監督の作品。時代は18世紀、養蚕に必要な蚕卵を求めて来日する既婚のフランス人男性と、彼が出会った神秘的な日本人女性の関わりを描くドラマで、坂本龍一のピアノにカナダの室内管弦楽団の弦楽セクションが絡むロマンティックな楽曲が並ぶ。高校時代、バッハやドビュッシーなどの西洋音楽に行き詰まりを感じ、芸大で民俗音楽や電子音楽を学ぶことを選んだという坂本だが、『ファム・ファタール』『トニー滝谷』や本作では自身の西洋音楽、特にフランス音楽からの影響を素直に聴かせている。
(後編)に続く。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)
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