『痛くない死に方』柄本佑インタビュー

在宅医師の成長を通じて問う在宅医療のあり方

#医療#柄本佑#痛くない死に方

柄本佑

待ちに待った高橋伴明監督との仕事

『痛くない死に方』
2021年2月20日より全国順次公開
(C)「痛くない死に方」製作委員会

誰にも訪れる最期のときを、どう迎えたいか。愛着のある自宅で、苦しまずに、というのは多くの人にとって理想だ。

痛みを伴う延命治療を続ける「入院」ではなく、痛くない「在宅医療」のあり方を、1人の在宅医師の成長という形で描いた『痛くない死に方』。

在宅医療のスペシャリスト・長尾和宏のベストセラー「痛くない死に方」「痛い在宅医」を高橋伴明監督が映画化した本作で、主人公の河田仁を演じるのは柄本佑。念願だった高橋監督との本格的な現場について、俳優という仕事について、話を聞いた

『痛くない死に方』予告編

──主演された『心の傷を癒すということ』が1月に公開されたばかりで、医師の役が続きましたが、何か思うところあっての出演作選びだったのでしょうか?

柄本:たまたまです。たまたま続いたという感じ。一昨年の8月に『痛くない死に方』を撮って、10月から12月いっぱいで『心の傷を癒すということ』です。ちなみに撮影は後だったけど、やることが決まっていたのは『心の傷〜』のほうが先でした。
一昨年2月に伴明監督が新作を撮ろうとしているというお話があってお声掛けをいただきつつ、最初はどう着地するか分からないということでしたが、なんとか8月に撮影することができました。その間に1回、長尾先生のクリニックに1日体験のような形で行きました。

──出演の決め手になったのは、やはり高橋監督でしょうか。

柄本:もう何でもいいと思いました。「伴明さんから、お声掛けいただいてるよ」というだけで、絶対やります、と。
僕、伴明さんには、19か18歳くらいの時に初めてお会いしているんです。伴明監督がプロダクションスーパーバイザーをされた『檸檬のころ』(07年)という映画に出演していて。その『檸檬のころ』の前に、伴明監督の『火火』という映画が公開されてたんです。日本の骨髄バンク設立に尽力された神山清子さんのお話なんですけど、大好きな作品です。その後に伴明さんの作品にお声掛けをいただいたんですけど、それができなかったんです。次の作品でも一度お声掛けをいただいたんだけど、それもできなくて。そういう悔しい思いがあって、その後、奥田瑛二さんが主役の『赤い玉、』に2シーン、呼んでいただきました。ただ、それも(撮影は)1日だったので、現場が楽しかっただけに不完全燃焼といいますか。
それが今回、主役という立場で呼んでいただいて、もう題材は何でもいいですよね。「伴明さんの現場に行けるんであれば」ということでお受けしたら、こういう役柄だったということです。

痛くない死に方

──“こういう役柄”というのが在宅医でしたけど、主人公・河田仁を演じるにあたっての準備、役作りはどんなところからされましたか。

柄本:まず、長尾先生にお会いさせていただきました。この映画は、長尾先生のイズムみたいなものが出てくるのが後半じゃないですか。その前のエピソードとの、ある種の高低差を付けるというのはちょっと考えました。
前半は「先生でいたい」と言うか、患者さんのことを下に見ているという雰囲気を若干意識しました。後半になったら目線も一緒に合わせて。要するに圧を与えないっていうこと。上から押さえ付けている最初の河田から、人間関係として患者さんと付き合っていく河田というとこに変わったという。それは意識していました。
衣装合わせのときに、前半は白衣を着て、髪形も七三に決めて、後半はいわゆる“長尾さんのスタイル”になっているという、その差を付けるうえで、一個付け加えたことがあります。伴明監督が「佑、眼鏡とかかけなくていいよな?」と言われて、「ああ、要らないんじゃないですかね」と答えたんですが、うちへ帰って台本をぺらぺら見ていたときに、なんか目に付いたんでしょうね。別の仕事のときにいただいた眼鏡があったんです。それが劇中の前半でかけているあの眼鏡なんですけど、いい感じに冷たいなと思って。それで「やっぱり眼鏡かけていいっすかね?」と、あの眼鏡をかけた写真を送ったら、伴明さんも「おお、いいよ」と言ってくださったので。なので、あれは自前です。前半は白衣と髪形、それにもう一個眼鏡で、それから後半のラフなスタイルにいく。ビジュアル、具体的なことですけど、あとは、そんなに作ることは必要なかった気がします。
というのも、台本の段階である種の演出というのは付けられてる気はしたので。せりふを覚えて、その場所で、「てにをは」を間違えることなく言うということでOKだという台本でした。
自分がそういったビジュアルを考えるに至ったというのも、本がそういったところに導いてくれたんだと思います。無理やりじゃなかったと思う。フラットにそっちに行ったという感じ。やっぱすげえなと思うのは、キャスト・スタッフが自分の部署内で考えなきゃいけなくなっちゃう本でした。

──余白がある?

柄本:うん。自分の部署内でみんなそれぞれが考えて、持ち寄ったことを監督が「いいよ、やろうやろう」「それはやめようよ」。というか、基本的には「やめようよ」がない。

柄本佑

──とにかくやってみようと?

柄本:はい。前半の最後に、患者の遺族に謝りに行く場面がありますが、台本上では淡々とせりふが書いてあるだけなんです。映画の場面のようには全然なってなくて。
撮影がインして2日目の撮影だったんですけど、初日を終えた夜、「あ、ちげえわ。俺が思ってたのと違う、絶対こっちだ」と思ったんです。それまでは全然違うふうに考えていたんです。
だから表出されているのは、ああいったものになりますが、そのときにそこにいくまでの工程みたいなことを作ってくださっている。監督が見て、許容していくというか。本当に先生と生徒みたいな感じでした。
やっぱりインしてみないと分からないことってたくさんあって。極端な話、インするまでは、本当にせりふを覚えるしかないんです。いざやってみると、やっぱりいろんな部分で違いが出てくるじゃないですか。その違いに対して、自分なりに「合わせないのか、合わせるのか」みたいなところでやっていくんですけど、見事に伴明さんはそれを許容してくださって。通常だったら、何かある種のイメージというものを持たれてるような気もするんですけど、そういったものはもう、本に入ってたのかな。だから「どういうふうにやってもいいよ」というかおおらかさといいますか、それはあった気がします。

演技は、「やってみなきゃ分かんねえよ」が大事

──河田はこの映画の主役ですが、彼が生きる世界の中で担っている役割は、ある種、脇役のようです。死期が迫る患者さんとその家族が主役で、彼はそれを支える存在です。

柄本:時代劇ですよね。『鬼平犯科帳』なんかを見ていても、鬼平は主役ですけど、脇ですよね。ゲスト主役がいてね。だから、これも河田のシリーズものとして延々続けてもらいたいですけど(笑)。往々にしてそういうものじゃないですか。

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──今のお話で言うと、河田が担当する患者を演じた下元史朗さんと宇崎竜童さんがゲスト主役になりますが、お2人との共演はいかがでしたか。

柄本:シモさん(下元史朗)との直接的な共演は、ほぼほぼ初めてかもしれない。実は昔、秋田で短編映画を撮ったことがありまして、シモさんに、ワンシーンなんですけど、バーのマスター役で一度出ていただいたことがあるんです。大好きなんです。昔のピンク映画で片岡修二監督の『地獄のローパー』シリーズというのがあって、シモさんが地獄のローパーなんです。眼帯姿で、すごくかっこいい。
今回の共演は、そんなにシーンとしては長くはないです。だけど、やっぱり作品を見ると、目を覆いたくなるぐらいの姿を見せていらっしゃって、本当にすごい。現場でもある種の緊張感は常にありました。
だから両極だったです。役としての付き合い方も、シモさんと宇崎さんとのやり取りは、シモさんのときは緊張感があって、宇崎さんとは割とフラットな人間関係というところで、やらせていただいて。
いや、もう宇崎さんも、めちゃめちゃにかっこよかったです。キャスティングで宇崎さんって聞いただけで、もう「やば」ってなりましたもん。しかもそこに加えて、(大谷)直子さん(宇崎が演じる本多の妻・しぐれ役)もいらっしゃる。そう、直子さんと宇崎さんと控室でずっとおしゃべりしちゃうんですよ、3人で。ずっと関係ない話をぺちゃくちゃして、「セッティングできました」と呼ばれて、その間も3人でしゃべりながら現場に行って、そこに伴明監督がいて、「うい、じゃあ始めるよ」みたいな(笑)。すごいいい空気でした。

柄本佑

──河田のような在宅医は俳優に似ているところがあるような気がしました。患者に説明するとき、ある種のパフォーマンス的要素が強いというか。

柄本:でも、みんなそうじゃないですかね、たぶん。普通に生活をしていくうえで、みんなやってることだと思います。
対面するのが患者さんであったりするので、そういったところでもしかしたら、少し気をつけていらっしゃるかもしれないですけど。でも普通に生活していくうえで、芝居してる数なんて役者の比じゃないんじゃないですか。

──本作に限らず、演じる上でのこだわり、柄本さんならではの工夫などはあるのでしょうか?

柄本:何だろう。徹底してせりふを覚えるっていうことしかないんですけどね。とにかく、せりふを棒読みで覚えるということしかないです。「こういうふうに」、「ああいうふうに」と考えた時点で何かが終わってしまうので。
本当に始まってみなきゃ分からないというのが正直なところなので、その“分からない”ということを大事にするのは、常々考えてるかもしれないです。だって、台本に書いてあることは、いかに想像力が働いたとしても、想像力は目には見えないので、あるものはこれだけなので。
だから、とにかく準備として徹底的にせりふを棒読みで覚える。現場に入って、覚えたものが具体的になったときに、絶対に違ってくるものがあるわけで。そこのところが楽しみだし、同時にがっかりもするし。
「やってみなきゃ分かんねえよ」っていうのは大事なことかな。僕にとっては。「ああやりたい」「こうやりたい」って、俺にとってみればただの慢心みたいなことなんです。不安なときほど、そういうふうに埋めようとするところがあるから。そういうふうに思ったときこそ一回全部忘れて、みたいな感じかな。

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──最後に、いわゆるコロナ禍みたいなものが始まって1年が経ちました。まだ状況は変わらず続いてはいますが、この1年をどういうふうに過ごし、今後どう向き合っていこうと思われていますか?

柄本:最初の頃、戸惑ったんです。去年、僕は濃厚接触者になって、2週間の自宅待機になりました。そうこうしてるうちに緊急事態宣言があって、1ヵ月半ぐらい家から出てなかった。
そんな中、リモートのお仕事を1個いただいて。僕は例えば、今回のコロナであったりとか、何か大きなことが起きたときに、役者とかそういう娯楽に関わるものは「まず最初に無くなる仕事だよな」とも思ってたんですね。でも、コロナ禍で先行きが見えない中で、その作品をやったときに、この仕事と社会とのつながりをめちゃめちゃ感じたんです。「ああ、やっぱり社会というものの上に乗った仕事なんだな」ということを割と実感して、そこに戸惑いがあって。
それ以降、周りも自分も仕事を再開し始めて、その戸惑いのまま、いろいろやりつつ。ようやく最近、普通の感覚に戻ってきました。もうちょっと戻ると思います、これから。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(ヘアメイク:星野加奈子/スタイリスト:林道雄

柄本佑
柄本佑
えもと・たすく

1986年東京都生まれ、東京出身。映画『美しい夏キリシマ』(03年)で主演デビューし、映画、ドラマ、舞台でも活躍。2018年『きみの鳥はうたえる』、『素敵なダイナマイトスキャンダル』、『ポルトの恋人たち -時の記憶-』でキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。
主な映画出演作に『火口のふたり』(19年)、『アルキメデスの大戦』(19年)、『痛くない死に方』(21年)、『心の傷を癒すということ-劇場版-』(21年)、『殺すな』(22年)、『ハケンアニメ!』(22年)、『シン・仮面ライダー』(23年)など。また監督として『帰郷★プレスリー』(09年)、『夜明け』(『アクターズ・ショート・フィルム』(21年/WOWOW)、『ippo』(23年)などを手がける。2023年は映画『花腐し』が公開待機中(23年冬公開)。2024年NHK大河ドラマ『光る君へ』がある。