『永遠が通り過ぎていく』戸田真琴監督インタビュー

AV女優で文筆家の戸田真琴が語る、初監督作のこと、これからのこと

#戸田真琴#永遠が通り過ぎていく

戸田真琴

ものを作ることが自分の本分だと思っています

AV女優で文筆家の戸田真琴が、映画を作った。繊細な内面の叫びを美しい言葉と詩的な映像で綴った『永遠が通り過ぎていく』は、監督自らが人生を語り直し、愛し直そうとした証だ。本作は、植物園を舞台に互いの宿命を解析し合う二人の女性を描いた『アリアとマリア』、キャンピングカーで旅を続ける男女の刹那の交流を描いた『Blue Through』、監督自身の送った手紙をもとにシンガーソングライターの大森靖子が書き下ろした楽曲を使用した賛美歌のような『M』の3つの短編集で、戸田は全作品の脚本を執筆・初監督を務めている。

2019年に撮影、昨年の自主配給による上映で話題を呼び、ついに4月1日より映画館で上映される運びとなったが、公開を前に、戸田監督に本作への思いやこれからのことなどを聞いた。

AV女優・文筆家の戸田真琴が言葉と映像で紡ぎ出す、人生における大きな喪失のようなもの

[動画]戸田真琴、初監督/映画『永遠が通り過ぎていく』予告編

──作品全体が詩に映像をつけたような世界観で、字幕を入れたものもあったり、様々な工夫をされていますが、こうした構成は最初からのアイディアですか?

監督:最初は1本の長編映画を作ろうと思っていました。まず、ある手紙をもとに大森靖子さんが作った「M」という曲がありまして、その言葉は私から出たものではあるけれど、そこに自分が見ていた世界、眼差しのようなものを映像で足すことで初めて自分自身になる、という思いがあったんです。「M」に描かれているものをベースに物語を作ろうかとか、小説にしてみようかとか、色々と試していた時期があって。それで、書きかけの小説を一本の物語にすることも考えましたが、一つの世界観だけで物事を語ってしまうと、自分が見ていたもっと豊かなものが矮小化されてしまうという怖さがあったんですね。それで、自分がかつて見ていた世界を3つに分けました。

わかりやすく解説すると、3編の中の一つは「“自分”対“それ以外のすべて”という関係性」を、ある一つは「他者に触れ合うということ」、もう一つは「自分が自分を愛するということ」について描いています。なるべく自分が見たものに正直にいよう、 見た人のことをコントロールするような物語作りを試みることはやめようと思った結果、オムニバスという形になりました。

『永遠が通り過ぎていく』
2022年4月1日より公開
(C) Toda Makoto
──3編とも主人公をそれぞれ違う俳優が演じていますが、ご自身が演じることは考えませんでしたか? また、自身を投影した役を他者に演じてもらううえでの苦労はありましたか?

監督:私は自分が被写体として人前に出ようという気持ちがもともとないんです。アダルト女優さんの中にも、もともと役者志望でアダルトに出演している方やメディアに進出したいと思って活動している方もいらっしゃいますが、私はものを作ることが自分の本分だと思っています。私はアダルト作品への出演という形で世間に出てきたので、映画に出演したい人が映画も撮っているという風に見られることが多いのかなと思うのですが、自分が出演するということは初めから考えてなかったです。

映画に出ることって、気持ちがあればできる、という類の事ではないと思っていて。もちろん俳優になりたいと思って頑張ることは素敵なことだと思うのですが、それでも映画というのは監督にとって神聖な場所であるべきで、 監督にとって違和感のないキャスティングをするべきなんだろうなと感じています。実際にはそういかないことも商業作品ではあると思いますが、この映画はインディーズなので私の一存で決めることがある程度可能でした。もし私が出演するという条件で企画が始まったなら、難しかったと思います。

というのも、私は自分の精神と自分の容姿が一致している感覚がないので、私が映画でやりたい精神の話に自分のビジュアルが出てくることに対してすごく抵抗があるんです。だから、私の魂に近い空気を持った人に演じていただきたいと感じていました。

誰かのための作品を作る前に、自分自身の物語に決着をつけるべきだと思って

──監督の思いをすんなりと表現できたシーン、あるいは苦労の結果より良くなったシーンなどがあれば教えてください。

監督:『アリアとマリア』は台詞がすごく長いのですが、あれは話し言葉ではなく書き言葉として脚本を書きました。 演じてくださった中尾有伽さんと竹内ももこさんは、読み合わせの段階でぴったりで、演出面での苦労が極端に少ない作品でした。

──その長いセリフが日本語の字幕で示されていますが、外国語の字幕も併記した理由は?

監督:最初の演出の段階では字幕はなくて、言葉だけが通り過ぎていってしまうという見え方でした。この短編はディスコミュニケーションの話もでもあるので、実際もそんな感じだな、とそのままにしていたのですが、やっぱり書き言葉がビジュアルとして見えた方が美しいなと思ったのと、異なる言語の字幕をつけることによって、2人は向かい合って同じ言語で話しているつもりでも心の言語が違っているからわかり合うことができない、ここにあるのはわかり合いたいという気持ちだけの込められた大量の言葉のみなのだ、ということをビジュアルでも伝えられると思いました。

──2編目の『Blue Through』はより映画っぽいつくりだなと思いましたが、撮影はいかがでしたか?

監督:ロードムービーを描きたかったのですが、短編でやるのは難しいと思いつつ、これだけで一本の長編映画を作るというのも違っていて。でも、予算と時間がない中で、撮りたいシーンは山ほどあったので、象徴的なシーンをピックアップして撮影しました。ロケの場所も、群馬や岩手まで移動しましたね。私も撮りたいシーンを撮れない悔しさがあったり、大変な思いはあったのですが、役者さんたちは直前でシーンや台詞が変わっても文句も言わずに対応してくださって感謝しかないです。役について一番話をしたのがこの短編です。

『永遠が通り過ぎていく』メイキング写真

撮影時の様子

──西野凪沙さんに監督の思いや考えをお伝えして演じてもらったのでしょうか。私はこの短編、とても好きでした。

監督:西野さんはすごく脚本を読み込んでくださっていて、わからない気持ちや セリフも飲み込もうとしてくれていました。ただ、本番の撮影をしたときに、違うお芝居もみたいな、と感じて、自分が思うものとどのようにして近づけていこうかと話し合いました。難しいと思いながら西野さんは演じてくださっていたと思うのですが 、5日間ぐらいかけて場所を辿りながら撮っていった中で、ラストに向けてすごく感情を込めて演じてくださって、私ひとりではこの表現にならなかったと思いましたし、たしかにこれが正しいのではないかというシーンが撮れた感覚があって、すごく心に残った体験でした。

──監督として苦労もあったけれど醍醐味も感じられた作品だったのですね。最初に意図していたものとちょっと違っていたけれど 「いいな」と思えたときはやはり嬉しいものですか?

監督:嬉しいですね。『アリアとマリア』の中尾さんと竹内さんとはもともと友人だったのですが、 西野さんはそうではなかったんですね。だから、自分の言語のままで話してわかってもらえる保証はなく、もっと別の世界を見て生きてきた方だなと感じたのですが、どこかに自分に似た何かを感じていたんだと思います。その時の感覚というのは正しかったんだなあと思う時が、完成した作品を見ていてありました。

──最後の『M』はいかがでしたか?

監督:台詞がない作品ですし、技術部のみなさんの力によって頑張らなくてもそれっぽく撮れてしまう可能性もありましたが、そんな中で、五味未知子さんもイトウハルヒさんも俳優として心を持ってお芝居をしてくださいました。これはミュージックビデオではなく映画なんだなと思わせてくれるシーンがそれぞれにありました。

『永遠が通り過ぎていく』メイキング写真

撮影時の様子

──撮影は2019年ですね。それから今日までの間に、自主上映をしたり、戸田さんのお仕事にも変化があったり、社会も色々と変わりましたが、いま改めて作品を見て、思うことはありますか?

監督:当時は映画を作りたいという気持ちよりは、作らなければいけないという焦りというか強迫観念がありました。戸田真琴として活動を始めて、映画の話をすることも多くて、いつか映画を撮りたいけれど今は難しいなと思っていたのですが、いろいろな方に「いつ撮るの?」と聞かれることが増えてきて。ただ、誰かのために人が楽しめるようなものを作ろうと思う前に、まず自分自身の物語に決着をつけるべきだと思っていたんですね。それで初めてマイナスがゼロになるという感覚ですね。

メンタルが健康とはいえない状態で始めた作品ですが、自分自身のことをまず自分が愛してあげるための作品であり、それは同時に誰かにとっても、自分自身のことを美しくないけれど美しいと、愛していないけれども愛していると言える瞬間が来る補助線になったらいいなと感じていました。ただ、そういう気持ちになるまでにも時間がかかりました。やっぱり自分のエゴなんじゃないかとか、誰も求めていないものを作ってしまったのではないかとか……。

実際に作品を見ていただいた中で、特に自分と年齢や生きてきた環境の離れた方々から「わからない」と言われることも多くて自信をなくした時期もありましたし、上映が難しい時期もありました。ただ、作品を作ったのに発表できていない状態というのは借金を抱えているような気持ちだったので、自分たちで会場を押さえて人々に見てもらっておしまいにしようと、自主上映を始めました。そんな中で、私のことを知っている方々はもちろんのこと、たまたま見た方や様々なクリエイターの方々にも背中を押していただいて未来につなげることができた、というありがたい経緯がありました。

戸田真琴

この世界を愛したいから自分が見ている美しいものを見せたいんです

──本作を見るにあたって、やはり戸田さんのことをある程度知っておいたほうが理解しやすい部分もあると思いました。過去のインタビュー記事なども読ませていただきましたが、ご家庭の環境が複雑で、AVの世界にはスカウトではなく自ら飛び込んだこと、男性経験がなくデビューしたことなど、意外な背景ですよね。そして、あと1年でAV女優を引退されるとのこと。並行して、映画監督としてもデビューしたわけですが、その辺りの歩みや思いを教えていただけますか。

監督:AV女優になった理由はひとつではなくて、色々とありますが、そうですね、映画の中のセリフにもあるのですが、私はもともと結婚する人としかセックスするべきではないと思っていたんです。親が宗教にハマっていて普通の家庭環境ではなかったのですが、それとは関係なく、自分自身がそう思っていて。恋愛にすごく興味があるわけでもなく、恋愛をしたいという気持ちを抑え込んでいるわけでもなく、シンプルに必要のある愛とそれに伴う行為だけで生きていきたいと思っていたのですが、思春期や十代を過ごす中で、周りからは受け入れられるものではなかったらしく、変わった人として扱われていて。うーん、どう言ったらいいのかな。

──AV出演は、そういう中でご自身が前に進むひとつの手段だったのかな、と思いました。その手段は人によってさまざまですが、戸田さんにとってはAVへの出演があって、それを生かしながら、ご自身の映画を作られたのかな、と。今後はどのような活動をしていきたいですか?

監督:私の経歴をなぞると、映画が好きなAV女優が映画監督になりたくて映画を撮った、という風に見えると思いますが、私は世界の見え方が変わっているというか、それぞれみんな異なっていることを踏まえてもやっぱり特殊だなと思っていて 、それがしかも美しいんですよ。美しいんですよ、と言っても伝わらないんです。でも、他人に対して「好きだな」と思うとき、自分が見た綺麗なものを見せたいと思うんですよ。それは恋愛的な意味での好きではなくて。美しいものというのは、世の中で起こる悲しいことや自分に起きた苦しいことも含めての「美しい」なのですが、それを見せられないというのは嫌なので、文章を書いたり、小説を書いたりしているのだと思います。

小説や映画という芸術の領域では、なるべく自分の見ているものに対して誇張もせず縮小もせずそのまま伝えたいと思っています。私がひとつの命として望んでいることは、この世界を愛したいし、愛したいから自分が見ている美しいものを見せたい、ということなんです。その方法が、たまたま言葉と映像だったんです。

戸田真琴

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──小さな子どもって、例えば道に落ちているお花が綺麗だとぱっと見せてくれたりしますよね。今、お話を伺っていて、そんな姿が浮かびました。戸田さんは、ご自身がおっしゃるように風変わりなのかもしれませんが、同時に素直で真摯だと思いました。自分の問題にケリをつけなければ他人様のために感動を与えたいとは言えない、といったところなど、実直な方なんだなと。

監督:あははは。 嬉しいです。そう言っていただけて。今後はあと1年でAV女優業を引退してそこからは表現することをやっていきたいです。それだけで食べて行くのは難しいので働きながらになると思いますので、なにか仕事あったらください(笑)。具体的なことは決まっていないのですが、簡単に言ってしまうと、私は自分には価値がないと思っていたからAVに出演していたのですが、その結果、自分に価値がないわけではないということに気づいたのでやめるという感じです。この映画を撮って、やっとマイナスを0にすることができたので、これから1 、2と進んでいきたいです。

(text:中山恵子/photo:小川拓洋)

 

戸田真琴
戸田真琴
とだ・まこと

1996年生まれ、静岡県出身。セクシー女優・文筆家。ブログに綴った映画評が話題を呼び、コラムの執筆を始める。敬愛するジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』をオマージュした写真集「The Light always says.」(幻光社)のほか、著書に『あなたの孤独は美しい』(竹書房)、『人を心から愛したことがないのだと気づいてしまっても』(KADOKAWA)がある。2021年には少女写真家の飯田エリカと共にグラビアを再解釈するプロジェクト「I’m a Lover, not a Fighter.」をスタート。Podcastや小説の執筆など活動は多岐にわたる。