『SPIRIT WORLD -スピリットワールド-』竹野内豊

「とにかくチャーミングでかわいらしい方」フランス映画至宝との共演語る

#スピリットワールド#竹野内豊

竹野内豊

目に見えるものだけがすべてではない、というのは常に感じます

フランス映画の至宝、カトリーヌ・ドヌーヴの最新主演作は日本、シンガポール、フランス合作の『SPIRIT WORLD -スピリットワールド-』。ドヌーヴが演じる歌手のクレアはフェアウェルコンサートで来日するが、公演を成功させたその夜に突然の死を迎える。異国の地で彷徨える魂となって途方に暮れる彼女の前に、ほぼ同時期に亡くなっていた熱心なファンのユウゾウ(堺正章)が現れ、2人は彼の息子ハヤトの旅路に寄り添う“見えない存在”となっていく。

スピリットワールド

『SPIRIT WORLD -スピリットワールド-』2025年10月31日より公開中
(C)L. Champoussin /M.I. Movies /(C)2024「SPIRIT WORLD」製作委員会

父の死をきっかけに、両親の離婚後から疎遠になっていた母を訪ねる旅に出るハヤトを演じるのは竹野内豊。才能あるアニメーション監督ながら仕事への情熱も失い、抜け殻のように過ごしていたハヤトが、目に見えぬ存在に導かれながら再生していく様子を繊細に演じている。冒頭のやさぐれた姿は、今夏公開の主演作『雪風 YUKIKAZE』で演じた軍人の端正なイメージとは対極的な佇まいだ。国際色豊かな製作体制やスピリチュアルな題材とどのように向き合ったのか、そして1960年代から世界中に愛され、今なお第一線で輝き続けるドヌーヴとの共演で得たインスピレーションなどを語ってくれた。

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──監督はシンガポールのエリック・クー、主演にはフランスからドヌーヴを招き、撮影は日本という国際的な作品ですが、出演したいと思われた一番の決め手は何だったのでしょうか?

竹野内:この数年、日本のみならず世界中で本当に様々なことが起きました。そんな中で死生観というものを今一度考えさせられました。これは私だけではなく、たぶん世界中の人たちにそのような気持ちがあったのではないでしょうか。
この作品は、現実世界とあの世の中間の世界を描いていますが、こういう時代の節目にこの企画をいただいたことに面白さを感じました。
というのは、「自分たちに見えている世界だけがすべてではないのかもしれない」という考え方に興味があったからです。実は先日、先行上映の舞台挨拶を行いまして、その時に堺正章さんがおっしゃったことにすごく共感しました。
堺さんは観客の皆さんに「幸せは自分だけが作っているのではない、誰かが作ってくれている部分があるのではないか——そんな事を感じていただけたら嬉しいです」と語られたんです。
人はどうしても目に見えるものしか信じられない傾向がありますよね。

竹野内豊

──確かに私もそうです。

竹野内:でも実はご先祖さまであったり、見えない何かに私たちは支えられているということもあるのかもしれないと思うんです。私も若い頃は、見えるものしか信じていなかった。ただ、こういう仕事にたずさわっていると、日本全国や海外に行く機会も多いのですが、そんなときに、人間が考える常識や科学では説明ができないような不思議な体験を何度かしたことがあります。ですから、自分たちから見えていないだけで、すぐ隣りにパラレルな世界があるかもしれないと考えたりもします。たとえば先祖とのつながりですね。堺さんがおっしゃる、もしかしたら何かに支えられているのかもしれないということにはすごく共感します。

──この映画に出演する以前から、そういう感覚を持っていらっしゃったんでしょうか。

竹野内:あまり意識してなかったですけど、この世界にあるものは目に見えるものだけがすべてではない、というのは常に感じます。かといって、あらゆる超常現象を全て信じるとか、そういうわけではもちろんありませんが(笑)。

竹野内豊「自然と笑顔があふれていくような現場でし」 堺正章と共にドヌーヴとの撮影秘話披露

とにかくチャーミングでかわいらしい方でした

──カトリーヌ・ドヌーヴという、まさにレジェンドと呼ぶべき大スターとの共演についてもお聞きしたです。

竹野内:カトリーヌ・ドヌーヴさんが主演をされると聞いて、この企画になぜ興味を持たれたのかもすごく興味がありましたし、本当に日本での撮影に来られるのかな、と思ったりしました。ちょっと信じがたいような気持ちもありました。

──実際に一緒にお仕事されてみて、ドヌーヴさんはどんな方でしたか?
竹野内豊

竹野内:あれだけの名優ですけれど、とてもナチュラルな方です。物静かで、とても品のある方ですが、いわゆるオーラがありすぎて話しかけづらいということはなく、とにかくチャーミングでかわいらしい方でした。私は“カトリーヌ”と呼ばせていただいていましたが、カトリーヌさんがフランスから連れてこられたスタッフに対するちょっとした気遣いを見ていると、大スターであると同時に人としても本当に素晴らしい方だと思いました。そういうカトリーヌさんの知られざる一面というのは少し見ることができました。

──ドヌーヴさんというと、クールビューティの元祖のような存在とみなされています。

竹野内:若いときからそういうイメージがありますよね。素敵だなと思ったのは、彼女が自分の過去の作品の話をするのはあまり好きじゃないということです。それは過去よりも今のことを常に話していきたい。カトリーヌさんに近しい方からそう伺ったのですが、そういう姿勢もとても素敵だと思います。

──だからこそ、大病を乗り越えて80歳を過ぎてもなお、映画の撮影で来日するパワフルなご活躍なのでしょうね。

竹野内:すごく好奇心が旺盛で、色々な経験をされてもまだなお、自分が見たことのない世界を探していらっしゃる。向上心やエネルギーにあふれている方だと思いました。彼女と話していてすごく印象に残っているのは、「脚本は何よりも大事」という一言でした。「これからあなたも仕事をしていくうえで、そういう素敵な脚本と出会えたらいいわね」とおっしゃってくださいました。

──脚本といえば、本作は撮影中の現場で脚本の内容が急きょ変わることも多かったと聞きました。演じる側としては大変ではないですか?
竹野内豊

竹野内:今回この役柄に挑むうえで、事前に役作りをあまり意識せず、ニュートラルな気持ちで臨みました。この作品に限らずですが、現場に入って、相手の役者さんや景色の中に入った時に自分が何を感じるかを大事にしたいと思っています。特に今回はセリフが本当に少ないので、なおさら役作りはあまり意識せずいこうと決めていました。
厳かな空気が漂う作品ですけれども、エリック監督は子どものように純粋な心の持ち主で、いつまでも少年のような方なんです。いつも明るくて自然と笑みが湧き上がってくるような、とても穏やかで素敵な撮影現場でした。

──ドヌーヴさんもフランスのメディアで「穏やかで包まれるような、喜びに満ちた撮影だった」と話していらっしゃいました。

竹野内:はい、その通りでした。エリック監督の撮影は現場に入ったら、すぐに「はい、テスト」と始まって、段取りを軽く決めると「じゃあ次、本番!」と、すごくスピーディーなんです(笑)。本番もほとんど1テイクくらいで、「はいOK!」。それでもう終わり、という感じでした。

──だとすると、ご自身の中にある生の感覚がすぐに生かせる現場だったのかなと想像します。

竹野内:それもあったかと思います。ところどころ、むしろそういう撮り方だったからこそ演じることができたようなシーンも多々あります。ハヤトは、幼い頃に親に愛される経験が十分にできなかったことから、大人になっても周りの様々な愛を感じ取ることが少し苦手な人です。自分の心に空いた穴を埋めるかのように、絵を描くことやお酒にも依存しています。よろけたりする際の動きなど、計算してできるものではありません。ほかにもいろいろありますけれど、カトリーヌが演じるクレアのコンサートを見ていたシーンもその1つです。
台本にはハヤトの具体的な心情は描かれていませんでした。私も撮影する時が来るまで、ここのシーンどうやって演じたらいいのか分かりませんでした。

──ユウゾウが楽しみにしていたコンサートに、父の代わりに息子のハヤトが行くという場面ですね。

竹野内:ステージにはカトリーヌさんがいらして、私の隣には堺さんがいらっしゃいました。観客席に座っているハヤトには、優しく見守っている父の存在は見えていないですが、父が生前、大ファンだったクレアが目の前にいて……。うまく説明できないのですが、ふと感情が湧き上がってきたシーンでした。

──個人的に大好きなシーンです。ユウゾウがハヤトに向ける眼差しは、ハヤトには見えていませんが、父と息子それぞれの表情からはまさに“見えない何か”がすごく伝わってきます。

竹野内:撮影が始まってから比較的早く撮ったシーンでした。今思うと、あのシーンからハヤトを知るヒントをもらえた気がします。あの瞬間、ハヤトの心の奥深くに眠る感情や、今まで我慢してきた言葉のような、例えようのない何かが無意識に溢れ出す感覚がありました。もしかしたらそれは、姿は見えずとも、そばで見守る父の力だったのかもしれない。母へ会いに行く旅は、父の思いを届けるだけでなく、ハヤトの心の穴、自分自身を取り戻す旅の始まりでもあったと思います。

──美しい場面がたくさんある中で、特に忘れられない瞬間です。

竹野内:ありがとうございます。この作品は辛い別れの経験があったり、今まで自分が歩んできた人生の中で何か悔いを感じている、そういう方々に是非ともご覧になっていただきたいと思っています。

(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

竹野内豊
竹野内豊
たけのうち・ゆたか

1971年1月2日生まれ。東京都出身。94年に俳優デビュー。2001年には『冷静と情熱のあいだ』で映画に初出演し、第25回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した。映画『太平洋の奇跡〜フォックスと呼ばれた男』では、第54回ブルーリボン賞主演男優賞受賞。以降も数多くのドラマ、映画で活躍し、22年には京都国際映画祭で三船敏郎賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『シン・ゴジラ』(16年)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年)、『カツベン!』(19年)、WOWOW『さまよう刃』(21年)、映画『イチケイのカラス』(23年)、NETFLIX『THE DAYS」(23年)、NHK『あんぱん』(25年)映画『雪風YUKIKAZE』(25年)などがある。