ジップロック®の下味冷凍PR、成功までの道のり
SNSのない時代の広報活動(Public Relations=PR)は、メディア向けの情報発信が主流だった。テレビ番組や新聞、雑誌に取り上げてもらうことで人々の目に触れ、購買などの行動へと結びついた。だが近年、大きな変化が訪れている。SNSやインフルエンサーの台頭により、消費者と発信者の直接的な関係構築が可能となったからだ。
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PRは広告よりも信頼されやすい“第三者視点の情報”としてブランドの価値構築、向上に寄与するようになり、多面的なPR戦略が強く求められている。そんな中で企業はどのようにPR戦略を進めようとしているのか? 数々のプロジェクトを成功させているPR支援企業、ビルコム株式会社の長沢美香氏に話を聞いた。
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——長沢さんは、ストラテジックプランニング局局長として旭化成ホームプロダクツ・ジップロック®のPRに関わってきました。飽和状態にも思えるフリーザーバッグ市場で、どのようにプロジェクトを成功させてきたのでしょうか?
長沢:ジップロック®のプロジェクトには7年間関わらせていただいていましたが、最初の半年ほどは成果を出すことが難しかったんです。下味冷凍——肉や魚などの食材を調味料で味付けしてからジップロック®のフリーザーバッグに入れて冷凍保存することで、調理の手間を省きながら食材の保存期間を延長できる調理方法です。下味冷凍をすると家事の時短になりますと言ってメディアへアプローチしましたが反応は良くありませんでした。どれくらいの時短になるかも分からないし具体的なレシピも少ないので、報道したり取り上げたりできないという感じでした。
その声を受けて、じゃあどれだけ時短になるのかを数字で出し、年間52時間の時短になり、年間46,520円の節約になるなど、数字のファクトを用意しました。
それを専門家、例えば節約アドバイザーのような方に「節約には下味冷凍がオススメ」などと取り上げてもらい、そのやり方や実際にどれくらい節約になるのかといった情報を出してもらいました。
お肉をまとめ買いして下味冷凍しておけば良いですよ、などとオススメして、さらに下味冷凍するとうま味やコクがアップする、お肉はむしろ柔らかくなるなどのデータも出していきました。
——スタート時は苦戦したとのことですが、PRにおける成功とはどういったことを差すのでしょうか? ムビコレの主戦場である映画の場合では、SNSやメディアではたくさん取り上げられるけれど売上には繋がらない例も少なくありませんが。
長沢:成功を計る要素としては2つあると思っていて、その1つがKPI(重要業績評価指標)の設定だと思います。弊社ではさらに、「アクション指標」「アウトプット指標」「アウトカム指標」の3つの段階を設定し、どういうアクションをしていくかをクライアントと共に決めていきます。メディアへの露出や生活者へのリーチは増えたけれど売上は増えなかった、ではダメなので、それぞれ指標を設けてPDCAで改善させていきますが、ジップロック®ではアウトカム指標を「下味冷凍をする人を増やす」というところで設定をして、定期的に調査して数字を見ていきました。アウトカム指標である、下味冷凍をする人が増えない場合は、メッセージやコミュニケーション手法を改善して、結果に繋がるようにPDCAを回しました。
ブランドとの接続性も重要で、下味冷凍がいくら流行しても、他のフリーザーバッグが売れてジップロック®が売れなければ意味がないので、なぜジップロック®かという部分、独自価値をしっかり設計していきました。
——7年はとても長く感じますが、PRを成功させるにはそれくらいの時間が必要なのですか?
長沢:私たちは新しい市場を作る、新しい習慣を作るというPRパターンが多いのですが、そうすると、やはりそう簡単にはいきませんので、少なくても3年くらい取り組まないと難しいと思います。
——ジップロック®については、今後も下味冷凍をPRし続けるのですか?
長沢:認知度も80%以上になり、一段落したので、今は「冷凍貯金」など別のプロジェクトが進行中です。
——他にはどのような成功例がありますか?
長沢:昨年から始まったのが、雪印メグミルクの6Pチーズのプロジェクトです。まだ始まったばかりなので成功例というわけではありませんが、6Pチーズで子どものやる気を引き出そうという提案です。朝のバタバタした時間、子どもが食事に集中してくれなくて時間がかかるというのが親の悩みだと思います。そこで、「親子の“ドタバタ朝食”を救う3か条」を制定することで、子育て朝食の悩みを解決しようとするプロジェクトです。
脳科学者と管理栄養士の監修の下、「(1)子どものやる気を引き出そう」「(2)朝食の準備は手軽にしよう」「(3)たくさん会話をして、笑顔を増やそう」という3か条を発信しています。
具体的には、6Pチーズを配るというお手伝い、ミッションを子どもに課すというもので、自分の役割があることで子どものモチベーションが上がります。実際に2つのご家庭にカメラを設置して朝の様子がどう変わったかを紹介していてYouTubeでも配信していますが、見ていただけると効果が出ているのが分かるはずです。
発信力を増すネット動画の力
——映像で見ると、説得力が増しますね。近年、マーケティングの分野において、YouTubeなどネット動画の発信力が大きくなっているように感じますが、いかがでしょうか?
長沢:そうですね。動画の影響力が大きくなってきた理由には3つあると思っています。
1つ目は、やはり動画のわかりやすさですね。文字や画像よりも動画のほうが情報として分かりやすいと感じています。
企業が伝えたいメッセージを端的に、あるいは情緒的に伝えられるツールであると、クライアント各社も考えていると思いますし、我々もそんな風に捉えています。
2つ目は、動画のプラットフォームが生活に浸透しているからだと思っています。また、(YouTubeやインスタ、TikTokなどは)次々に関心のある動画が連動して流れてくるので、その連動性も大きいと思います。
3つ目は……これは共感を生み出しやすいことが理由だと思います。以前は、15秒のCMでフィクションを作り伝えていくやり方が主流でしたが、今はユーザーの体験や声をコンテンツ化することで、共感を高めることができますよね。
——動画の力が大きくなるのと同時に、企業の情報発信の方法も変わってきていますよね。以前はCMなどの広告が主流で、PRは脇役というイメージでした。今は、コラボ企画のようなものが多くなっている印象を受けます。
長沢:そうですね。企業からのニーズも高まっていると思います。
今は情報過多の世の中なので、広告を打ってもスルーされてしまうところがありますよね。一方、テレビなどのメディアでもSNSでも「誰が発信したのか」が重視されています。第三者からの発信、ファクトベースの発信に共感する傾向があるので、PRへのニーズは高まっていると思います。
——影響力を増しているSNSというツールにはInstagram、X、YouTubeなどいろいろとありますが、どのように使い分けているのでしょうか?
長沢:ターゲットによって変えています。どこにアプローチしたいかでプラットフォームが変わってきますから。ビジュアルを伝えたい場合はInstagramですし、バズらせたい時はXを活用します。
——それぞれの長所、短所はどのように見ていますか?
長沢:短所からお話ししますと、Instagramそれほど拡散しないのでバズらせたいときは難しいですね。ただし、話題を生みそうな内容だと、そこからXに拡散することもあるので、活用の仕方次第ですね。
あとは…そうですね、特にXについては炎上のリスクもあるので、不適切な言い回しや誤解を生みそうな表現は避けた方がいいですね。社会的な課題に触れる場合も、細心の注意が必要だと思っています。
——動画に話を戻しますが、PRの場では、どういう場合に動画を利用することが多いのでしょうか?
長沢:共感や感動はテキストではなかなか伝わりにくい部分があるので、そういった要素のある場合は動画に落とし込むことがあります。
——企業の情報発信のあり方についてお聞きします。テレビや新聞、雑誌など、かつて大きな影響力をもっていたマスメディアの力が衰え、CMや広告などの拡散力が低下しているように感じます。さらに、Netflixなどの動画配信では広告が入らないことを売りにしていて、ユーザーも広告を非常に嫌がる傾向にあります。企業にとっては情報発信の場が激減しているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
長沢:広告という広義の意味では情報発信の場が狭まっているかもしれません。広告の効果が薄れてきている、と言い換えてもいいかもしれません。
けれど別の視点から見ると、情報発信の場は広がっているとも言えます。特にPRという面では非常に広がっている風に思います。
SNSもそうですし、「OOH(Out Of Home)」広告、つまり屋外や公共の場で目にする広告ですね。ビルの屋外看板、駅や電車内の広告は広がりを見せています。
ただ、以前のように「TVCMを打っておけばOK」ということではなく、話題を作って多面的に広げるという手法になります。
SNSで広げて話題にして、OOHで後押しし、マスメディアでも取り上げてもらう。こうした一連の繋がりを設計していくことが、情報発信では求められていると思います。
それから、若い世代のTV視聴は確かに減っていますが、それでもまだまだ影響力は高く、TV露出すると商品の売れ行きは良くなります。恐らく見方が変わったのではないでしょうか? TVを見ながらInstagramをしたり、TVに出てきたものをすぐに調べたり友だちにお知らせしたりしているのだと思います。だから、TVの話題がすぐにSNSでトレンド入りしたりするのではないでしょうか。
——PR業界としても変化が求められているのだと思いますが、課題などについてはどうお考えでしょう?
長沢:やはり社会が大きく変わるなかで、炎上リスクは常にあると思っています。
エッジが効いた情報、話題になるような情報を発信しながらも、炎上しないように設計することは本当に重要だと思っています。
そういう意味では、ファクトをもとに生活者を巻き込んでいくやり方を、皆さん上手にやっていると思います。
例えば味の素さんの「フライパンチャレンジ」は素晴らしいと思います。「味の素の冷凍ギョーザがフライパンに張りついた」という声を受けてフライパンを回収し、3520個のフライパンを研究して冷凍ギョーザを改良しました。生活者に寄り添い、その声をしっかり拾い上げて真摯に対応する企業の姿勢は素晴らしいですし、学んでいきたいと思っています。
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