後編/ルアンヌ・エメラの“奇跡の歌声”が響き渡る感動の音楽映画『エール!』

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『エール!』
(C)2014-Jerico-Mars Films-France2 Cinéma-Quarante12 Films-VendÔme Production-Nexus Factory-Umedia
『エール!』
(C)2014-Jerico-Mars Films-France2 Cinéma-Quarante12 Films-VendÔme Production-Nexus Factory-Umedia

(…前編より続く)

音楽面での注目は、まず何と言っても主演のルアンヌ・エメラの歌声だ。先述のようにフランスの人気オーディション番組『The Voice』に出演し、“瑞々しさに溢れた奇跡の歌声”と絶賛されて歌手デビューに至った彼女の歌声は、18歳の不安定さを残しながらも聴き手を惹き付けずにはおかない、不思議な吸引力を持っている。

【映画を聴く】前編/ルアンヌ・エメラの“奇跡の歌声”が響き渡る感動の音楽映画『エール!』

演技の経験はまったくなかったという彼女だが、本作のヒロインに抜擢されたことで、眠っていた女優としての素質まで花開いたのだろうか。フランソワ・ダミアンやカリン・ヴィアールといったベテランに引けを取らないナチュラルな演技で、見事な女優デビューを飾っている。

歌手としての本国デビューは、今年の3月。1stアルバム『Chambre 12』は、初登場1位を記録している。今も好調にセールスを伸ばしているようで、ここ日本でも『夢見るルアンヌ』の邦題で先日リリースされたばかりだ。フランスの伝統的なシャンソンを現代にアップデートしたようなハイブリッド・サウンドは、日本のリスナーにも新鮮に響くに違いない。

フランスの大物シンガー、ミシェル・サルドゥの楽曲を数多く使用しているところも、本作の音楽的なポイントだ。同じフランス人のミシェルでも、日本では「シェリーに口づけ」のミシェル・ポルナレフの方が圧倒的に知られているが、劇中で使われる「恋のやまい(La Maladie d’amour)」という曲は、沢田研二が「愛の出帆」のタイトルで歌詞を日本語に替えてカヴァーしていたりもする。本国では60年代半ばのデビューから70年代を絶頂期として今も安定した人気を誇っているようだ。

そのサルドゥのレパートリーである「愛の叫び(Je vais t’aimer)」や「青春の翼(Je Vole)」が、物語の展開やルアンヌ演じるポーラの心情を映し出すようなタイミングで歌われる。特にクライマックスで歌われる「青春の翼」は、“ねえパパとママ/僕は行くよ/旅立つんだ今夜”という歌詞が、新たな世界に踏み出そうとするポーラの立場そのものに感じられ、グッと熱いものがこみ上げてくる。ここで聴けるルアンヌの歌声はまさに奇跡のような瑞々しさで、それまでの家族や友人とのすれ違いをすべて洗い流していく。

本作の原題は『La Famille Belier(ベリエ一家)』。邦題に使われている“エール”は、仏語で“曲”を意味する“Air”、“翼”を意味する“Aile”、そして英語で“応援”を意味する“Yell”のトリプル・ミーニングだという。音楽という翼を得て自立していく娘を応援する家族の物語。日本でも多くの人の心に届いてほしいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)

『エール!』は10月31日より全国公開される。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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