中国企業を迎え入れた米国の人々…その文化摩擦を誠実に描くオバマ夫妻プロデュースの第1作!

#ドキュメンタリー#週末シネマ

Netflix映画『アメリカン・ファクトリー』独占配信中
Netflix映画『アメリカン・ファクトリー』独占配信中
Netflix映画『アメリカン・ファクトリー』独占配信中

今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した『アメリカン・ファクトリー』は、バラク・オバマが妻のミシェル・オバマと共に立ち上げた映画製作会社「ハイヤー・グラウンド・プロダクション」の第1作だ。

オバマ前アメリカ大統領が任期中の2014年に選んだベスト映画は?

舞台となるのはタイトル通り、アメリカの工場。だが、オハイオ州デイトナ近郊のその施設は中国企業のものだ。住民の大半はかつてゼネラルモーターズ(GM)社の工場で働いていたが、GM社は08年に撤退。自動車用のガラスを製造する「フーヤオ(福耀)」が、残された工場施設を2014年に買い取り、ガラス工場として再生して地元に雇用をもたらした。

2000世帯が失業した町は、業績が右肩上がりのフーヤオを大歓迎し、通りの名前を企業名に変えるほど。活気が戻る期待と楽観的な空気に満ちあふれた。中国からやって来た曹会長も列席する開所式典で、地元選出の議員がスピーチで労働組合に言及すると、現地採用のアメリカ人副社長は会長の機嫌を損ねるのではと気を揉む。その予感は的中し、会長はその後のミーティングで「組合は生産の邪魔」「組合が出来るなら撤退する」と釘を刺す。フーヤオ側の弁護士の女性が通訳を務め、会長のキツい言葉を多少和らげた表現で伝えるのだが、彼女の表情を見ているアメリカ人たちに真意は十分伝わっている。

アメリカ人の上層部は辣腕の会長が突きつける難題をクリアしようと腐心し、雇われた地元民は中国から派遣された社員たちとプライベートでも親交を深めようとする。英語も話せないまま、故郷に家族を残して単身アメリカにやって来た中国人社員、中国にある工場を視察して朝礼システムなどを取り入れようとするアメリカ人社員。どちらも異文化に適応しようとするが、どうもうまく噛み合わない。場を和ませようとしたアメリカン・ジョークを中国人が真に受ける……かと思えば、中国人が真顔で返す答えがジョークなのだが、今度はそれがアメリカ人に通じない。

オフビートなコメディのようなエピソードの陰で、仕事をめぐる考え方の違い、そして何よりGM時代よりも厳しい労働条件が軋轢を生む。低賃金で労働時間は長く、月に1、2日しか休まないのを当たり前とする姿勢にアメリカの労働者たちは不満を募らせていく。やがて安全よりも生産第一の職場では労災が続出し、社員たちは労働組合を結成するか否かで二つに割れる。

監督のスティーヴン・ボグナーとジュリア・ライカートは、工場が抱える問題を“外資系企業と地元民”というわかりやすい構図として片づけない。雇用する側、される側にも様々な立場と考えがあり、彼らの意見を尊重し、一方に肩入れすることなく紹介する。フェアであろうとする姿勢が双方から信頼を得て、どちらも胸襟を開いているのが印象的だ。バラク・オバマは「この映画のパワフルな点の1つは、すべて白黒ではなく、いろいろなグレーがあると教えてくれること」と、監督たちとの対談(『アメリカン・ファクトリー:オバマ前大統領夫妻と語る』Netflixで配信中)」で語っている。そして、映画製作を始めた理由の1つを「最低の共通項を追うより、高い共通理解を目指そう」としたものだと話す。人の意見を自分の主張に合うようねじ曲げず、そのまま伝える。当たり前のようでいて実は難しい技をやってのける、誠実なドキュメンタリーだ。

この作品を見ていて、思い出した映画がある。1986年にロン・ハワード監督がマイケル・キートン主演で撮った『ガン・ホー!』(Amazon Prime Videoで配信中)。アメリカに進出した日本企業の工場を舞台に、日本からやってきた自動車会社「アッサン」の社員と地元の労働者たちの対立と和解を描いたコメディだ。

会社名の漢字表記は「圧惨」だし、偏見に満ちたステレオタイプの描写が笑いの典型だった時代の作品なので、当時日本では劇場公開されなかった。

自動車工場が閉鎖されたピッツバーグ近郊の小さな町が、日本の自動車会社「アッサン」の工場誘致に成功。寂れた町に雇用を取り戻すものの、労働条件は厳しく、文化の違いによる軋轢も起き……と描かれる内容は、『アメリカン・ファクトリー』がお手本にしたのではないかと思えるほどそっくり。キートンが、工場を誘致し日本人の工場長とタッグを組む主人公・ハントを演じる。本社と工場の板挟みになる工場長・カズを演じるのはゲディ・ワタナベ(『すてきな片想い』『47RONIN』)。日本人役は、アッサン社長を演じる山村聰をのぞいて日系アメリカ人の俳優たちだ。冒頭ではハントがアッサン本社訪問で来日し、80年代半ばの東京の懐かしい光景も登場する。(文:冨永由紀/映画ライター)