残酷なほどに純粋なヒロインを演じた唐田えりかの素晴らしさ

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唐田えりか
唐田えりか
唐田えりか
『寝ても覚めても』
(C)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS

【週末シネマ】『寝ても覚めても』
仏映画ヒロインにも通じる魅力

トリュフォーの映画に出てきそうなヒロインだと思った。つらい別れをした恋人の記憶を引きずり続ける女性の前に、その恋人と瓜二つの顔をした男性が現れる。それを打ち明けられないまま彼とつき合い始め、月日は流れ、そこにまたかつての恋人の影が現れ……。刹那の恋と穏やかな日常の間で揺れ動く女性・朝子の8年間を描く『寝ても覚めても』は、前作『ハッピーアワー』(15)が国際的に高い評価を得た濱口竜介監督の商業映画デビュー作。芥川賞作家・柴崎友香の同名原作を映画化したもので、東出昌大が一人二役で、朝子の運命の恋人・麦と一途に彼女を愛し続ける亮平を演じ、新人の唐田えりかが恋に生きる直情的な朝子を演じる。

ドラマチックな出会いから始まる恋もいいですね/『寝ても覚めても』唐田えりかインタビュー

大阪に住んでいた朝子は麦という青年と運命的な恋をする。得体の知れない雰囲気がありながらも優しい彼に朝子は夢中になるが、麦は何の前ぶれもなく彼女の前から姿を消す。2年後、東京でルームシェアをしながら働く朝子は仕事で出向いた先で亮平と出会う。麦に生き写しの姿に息をのむ朝子の不自然な態度が逆に亮平の関心を呼び、次第に朝子も彼に惹かれて、やがて2人は一緒に暮らすようになる。5年という時間が経ち、亮平との穏やかな日々に浸っていた朝子だが、偶然再会した大阪時代の友人から麦の消息を聞き、彼女の心は波立ち始める。

ラブストーリーではあるのだが、登場人物たちが抱えるそれぞれの愛がどちらに向いているかが興味深い。何と言っても恋情に素直に従って行動する朝子の情熱が印象的なのだが、この恋心が結構くせ者だ。恋愛の対象はいるが、それに勝る朝子の自己愛の強さが圧倒的で、実際のところ、彼女が本当に必要とするのは実体のある相手ではなく、脳内に作り上げた理想像にすぎないのではないかと思えてくる。

自分のことが全く可愛くないという人は少ないだろうが、朝子ほど自己中心に振る舞える人も滅多にいない。身勝手な行動をしている自覚はあり、瞬間的には申し訳ないとも思うのだろう。だが、それは相手への思いやりではないので、自らの非を認めて謝れば気が済む。相手の気持ちは関係ないのだ。他人からどう思われるかなど、本質的に気にもしない彼女は次から次へと誰かを振り回し、傷つけながら、思うままに行動する。そういうふうにするしかない生き方、自分のことしか愛せない人物を好きになってしまう生き方を客観的に描いていく恋愛映画だ。残酷ですらある純粋さを演じた唐田、姿かたち以外は180度異なる男2人を演じた東出はともに迷いない演技で素晴らしい。

面白いのは、自らの物語でヒロインとして生き続ける朝子を描きながら、映画は彼女にとってはその他大勢でしかない人物たちの個々をしっかりと見せているところだ。友人役の山下リオと瀬戸康史、大阪に住む麦の遠縁の親子役の田中美佐子と渡辺大知(黒猫チェルシー)らは、平常の下に葛藤を抱えつつ、他者とのつながりを大切にする普通の人々を丁寧に演じている。周囲がどれだけ親身になっても、その意味を理解しない朝子との対比は鮮烈だ。

柴崎友香の原作は2010年に発表されているが、映画は9年間の時の流れの中に2011年に起きた東日本大震災を組み込んでいる。大震災以後の東北で撮った『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』の記録映画3部作(酒井耕と共同監督)を手がけた濱口は、朝子と亮平の東北への旅のシーンで被災地の今を映す。全編を通して原作を守りながら、ただなぞるだけではなく、映画としての『寝ても覚めても』が成立している。(文:冨永由紀/映画ライター)

『寝ても覚めても』は9月1日より全国公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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