柴田元幸の翻訳望む! 映画化されるも日本では雑な扱い受ける天才作家

#映画を聴く

『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』
(C)GENIUS FILM PRODUCTIONS LIMITED 2015. ALL RIGHTS RESERVED.
『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』
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…前編「坂本龍一と三島由紀夫を結ぶ接点! カリスマ編集者の真髄描いた必見作」より続く

【映画を聴く】『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』前編
ルーツにも目配りする作曲家アダム・コークの周到さに唸る

几帳面で自分のペースを乱すことを嫌い、寝る時以外は帽子を脱がなかったというミステリアスな一面も持つパーキンズと、汲めども尽きぬ言葉の泉をひたすら紙に定着させる一方」
、自らの欲望や快楽をうまくコントロールすることができなかったウルフ。2人の人間性はいかにも堅物と破天荒という感じで対照的だし、実際彼らの蜜月は決して長くはなかったわけだが、劇中にはそんな2人がお互いに歩み寄ろうとする印象的なシークエンスがある。ウルフがパーキンズを連れて入ったハーレムの酒場で、当時はまだ生まれたばかりの新しい音楽だったジャズが演奏されている、という下りだ。

その演奏にどっぷり浸り、リズムに身を任せるウルフは、音楽に興味のないパーキンズが唯一好きだと言う「アフトン川の流れ」をバンドにリクエストする。スコットランド民謡のこの曲に性急なリズムが重なり、しかめっ面のパーキンズの顔も次第に和らぎ、ついには足でリズムを刻むようになっていく。

監督のマイケル・グランデージとともに舞台を中心に音楽を手がけてきた作曲家のアダム・コークは、静的なパーキンズと動的なウルフそれぞれの個性を象徴するようなダイナミズムを見事にサウンドトラックの枠内で表現しているが、このジャズ・アレンジによる「アフトン川の流れ」はちょうど両者の中間で“結び目”のような役割を果たしている。終盤でもまったくトーンを変えて使われる同曲は、パーキンズのお気に入りであると同時に、母方がスコットランドとアイルランドにルーツを持つというウルフにとってもかけがえのない曲であったことは間違いない。そういったところからも、コークの作る音楽の周到さがうかがえて面白い。

ただ、この映画を味わい尽くすにあたっては、ひとつ大きな問題がある。それはトマス・ウルフの作品が現行の書籍として日本では一冊も手に入らないことだ。かつて邦訳されていた『天使よ故郷を見よ』や『汝故郷に帰るなかれ』は絶版になって久しく、図書館で借りるかそこそこの値がついている古本を探すしか読む術がない(恥ずかしながら僕も『天使よ〜』は読んだことがない)。

確かにウルフは日本ではフィッツジェラルドやヘミングウェイほど広く知られていない。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』は村上春樹の新訳や相次ぐ映画化で、ヘミングウェイは『老人と海』の高評価によるノーベル文学賞の受賞で現在も幅広い世代に親しまれているが、それに比べるとウルフ作品はかなり雑な扱いを受けていると言わざるを得ない。本作に字幕協力として参加している柴田元幸さんが代表作のいくつかを翻訳してくれたりすると、個人的にはとても嬉しいのだが……。(文:伊藤隆剛/ライター)

『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』は10月7日よりTOHOシネマズ シャンテにて先行公開、10月14日より全国公開される。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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