市川染五郎が無垢さを表現、“父による子殺し”をグロテスクな美と共に描く衝撃作
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少年たちを標本に……。湊かなえ原作の『人間標本』
湊かなえのデビュー15周年記念小説を廣木隆一監督、西島秀俊主演で全5話のドラマ化した本作は、蝶の研究者の男性が息子を含む6人の美少年を「人間標本にした」と警察に自首するところから始まる。
・「標本になるなんて…」6人の美しき少年たちが告白する撮影秘話 市川染五郎は父子の絆を語る
冒頭で登場する6つのアクリルケースの中には、蝶を模したポーズをつけられた命のない身体がある。グロテスクな美を誇示する異様な迫力が強烈な引力となって、物語へ引き込まれる。湊かなえ原作らしい救いのなさが強く印象づけられる心理サスペンスだが、核心へと迫るうちに、それだけではない世界が見えてくる。

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父による子殺し、父子はどうしてすれ違ってしまったのか
物語はすでに父による子殺しという取り返しのつかない最悪の事態から始まり、視聴者はその経緯を追体験するしかない。
そして、これは原作を読まずに見た筆者の特権というべきか、「そうだったのか!」と何度早とちりをしたことか。真相にたどり着いたかと思うと何度もひっくり返る。現在と過去を行き来しながら複数の登場人物に焦点を当てる構成で、多様な視点の群像劇でもある。
思わぬ方向へと導かれるうちに頭に浮かぶのは、互いを大切に思っていたはずの父と息子が、どうして決定的にすれ違ってしまったのか、という問いだ。
西島秀俊が演じる榊史朗は名だたる蝶研究者で、高校生の息子・至(市川染五郎)と二人で暮らしていた。警察の取り調べを受ける史朗の回想として、至とのささやかな幸せに満ちた日々が描かれる。記憶の中の至は素直で写真や絵画を愛する少年だ。自分の美しさには無頓着で、反抗的なところもなく、平穏な日常にそのままそこにいる。
気負いは微塵も感じさせない市川染五郎の演技
捉えどころのない難しい役どころを成立させているのが、歌舞伎界のプリンスと称される市川染五郎の演技だ。
芝居とは、観る側も演じる側も作り事だと理解したうえで共有されるものだが、とりわけ歌舞伎という演劇は特殊で、感極まった観客が「〇〇屋!」と舞台上の役者に屋号を大向こうからかける文化を持つ。
役として物語の世界に生きると同時に役者としての自分も常に意識する、虚構と現実が渾然一体化した環境で演じてきた染五郎だが、自分を消して役になることを望まれる現代劇への初挑戦で、そのハードルをクリアしている。気負いは微塵も感じさせない。
父と並んでキッチンに立ち、食事をし、他愛ない会話を交わす。父との旅先で少しはしゃぎながら、無邪気な表情を見せる。至の立ち居振る舞いは、舞台や雑誌で目にする、細部まで完成された“市川染五郎”のイメージとは異なる、年相応、あるいはそれ以下にも見える無垢さ。大人びた落ち着きと、少年の柔らかさが同時に存在していることが、至という役に確かな奥行きを与えている。
蝶の採集旅行に親子で出かけた台湾で、二人が夜市で過ごす時間が印象的に描かれる。そこに流れるBGMの選曲も実に心憎い。作品のキーワードと微かに響き合いつつ、幸福な時間の儚さを際立たせる。

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荒木飛翔、山中柔太朗、黒崎煌代、松本怜央、秋谷郁甫も好演
事件の発端となるのは、史朗の幼なじみの画家・一之瀬留美(宮沢りえ)が主宰する合宿だ。アメリカで成功を収めた留美は娘と帰国し、史朗にとっても縁深い山奥のアトリエに、自ら見出した若い才能たちを呼び集めるが、真の目的は留美の後継者を選ぶことだ。
本来、芸術家は独自の才能を誇るものではないのか? 名跡を継ぐ伝統芸能のような発想をなぜ? と思わせるが、留美の言葉に少年たちは浮き足立つ。
至を含む6人の少年たちは同世代とはいえ境遇は異なり、作風もそれぞれに個性を持っている。我こそはという自負と、評価される不安。荒木飛翔、山中柔太朗、黒崎煌代、松本怜央、秋谷郁甫が、未完成な年頃ゆえの揺れる心情を好演し、物語に危うい緊張感をもたらしている。

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西島秀俊が表現するさまざまな顔
主人公である西島秀俊演じる父・史朗の佇まいが、二転三転する展開に大きく貢献している。警察の取り調べに理路整然と語る落ち着き払った様子、息子との温かい時間に見せる優しい表情、付かず離れずの関係で多くを共有してきた幼なじみとのやりとり。どれも違いながら、どれも史朗そのものだ。特に、終盤の父子のやり取りには、それぞれにまるで歌舞伎の肚芸を思わせる深みがある。
蝶の擬態というモチーフも、物語全体を貫いている。蝶は生き延びるために別のものに見えるふりをする。人もまた、誰かの期待に応えるため、あるいは大切な人を守るために、自分ではない何者かを演じてしまうことがある。
子殺しというテーマ、誤解や行き違いから、大切な人や大切なものを自らの手で壊してしまう――その構図にも、歌舞伎で上演される悲劇の数々に通じるものを感じた。(文:冨永由紀/映画ライター)
『人間標本』は、Prime Videoで世界配信中。

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