名優ゲイリー・オールドマンの出発点、セックス・ピストルズのシド・ヴィシャス役で見せた鮮烈な激しさ
#ゲイリー・オールドマン#この俳優に注目#シド・アンド・ナンシー
(C) 1986 Zenith Productions Ltd
若き日の主演作『シド・アンド・ナンシー』で注目を集める
【この俳優に注目】歴史上の偉人からファンタジーのキャラクター、善も悪も自在に演じ、現代を代表する名優ゲイリー・オールドマン。
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『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017年)で英国首相のチャーチルを演じてアカデミー賞を受賞し、現在はApple TVの人気シリーズ『窓際のスパイ』で飄々とした老練のMI5エージェント、ジャクソン・ラム役でお馴染みだ。ロンドン出身のオールドマンは、後者では自前のコクニーアクセントをそのまま活かして、ほとんど素で演じているように見える。

『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』
(C) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
今や肩の力を抜いた演技でも深い味わいを醸し出すオールドマンの出発点というべき初期の代表作が、1986年の『シド・アンド・ナンシー』だ(2025年12月19日より1週間限定上映中)。舞台俳優として活動していた28歳の彼が初めて本格的に注目を集めた映像作品であり、同時に、その後のキャリアを方向づけた一本でもある。
オファーを二度断った後、シド役のために減量
『シド・アンド・ナンシー』は、1970年代に席巻した伝説のパンクバンド、セックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャスが恋人ナンシー・スパンゲンの刺殺容疑で逮捕された実話をもとに、破滅へと突っ走る二人の刹那を描いた作品だ。

『シド・アンド・ナンシー』 (C) 1986 Zenith Productions Ltd
大幅に減量し、衣装やヘアメイクで外見を作り込み、ドラッグやアルコールに溺れるシドになりきった熱演で、オールドマンの起用は必然的にも思えるが、実は監督のアレックス・コックスはダニエル・デイ=ルイスを候補に考えていたという。
オールドマン自身もパンクやセックス・ピストルズに関心がなく、脚本を「陳腐」と感じ、舞台を優先してオファーを二度断っている。最終的に出演を決めた理由が、エージェントの強い勧めと当時の彼にとって高額の報酬であったことを、後に自ら明かしている。
演じると決めた後は、徹底して準備に勤しんだ。シドの体型を再現するために極端なダイエットで減量し、栄養失調で入院する羽目になった。シドの母とも面会し、故人が愛用していたアクセサリーを借り受けて演じ、「マイ・ウェイ」を歌うシーンには吹き替えなしで臨んだ。後年、当時を振り返ったオールドマンは「初期の消耗的な演技スタイル」と評しているが、気負い気味のその過剰さは、シド・ヴィシャスを表現するうえで欠かせない臨場感をもたらしている。

『シド・アンド・ナンシー』 (C) 1986 Zenith Productions Ltd
90年代は『JFK』や『ドラキュラ』などの話題作で活躍
映画が公開されたのはナンシーとシド・ヴィシャスの死去(1978年、79年)から10年も経たないタイミングで、二人の親も含めた関係者の多くが存命中であったこと、当時の記憶も生々しい時代だったこともあり、作品については賛否両論だったが、本作をきっかけに、オールドマンは英国映画界での評価を確立し、いわゆる「ブリット・パック」と呼ばれる同世代俳優群の中心的存在となる。
次の主演作『プリック・アップ』(1987年)でも実在の作家ジョー・オートンを演じてさらに高評を得て、ハリウッドへと活動の場を広げていった。1990年代以降は『JFK』(1991年)、『ドラキュラ』(1992年)、『蜘蛛女』(1993年)、フランスのリュック・ベッソン監督がアメリカで撮った『レオン』(1994年)など、主演助演を問わず、大作からインディーズ映画まで幅広く活躍した。2009年には日本映画『レイン・フォール/雨の牙』にも出演している。
2000年代以降は激情に頼らず複雑な内面を表現する名優へ
エキセントリックな悪役を演じることが多かったのが、『ハリー・ポッター』シリーズのシリウス・ブラック、クリストファー・ノーラン監督の『バットマン』シリーズのゴードン警部補を演じた2000年代からは、激情に偏らず多彩な表現でキャラクターの複雑な内面を伝える名優として、『裏切りのサーカス』(2011年)などで活躍。同作と『Mank/マンク』(2020年)でアカデミー賞主演男優賞候補になった。

『裏切りのサーカス』 (C) 2010 StudioCanal SA.
自身の演技は酷評するも、映像を絶賛
全ての起源となる『シド・アンド・ナンシー』について、オールドマンは「うまく演じられたとは思わない」と自身に厳しい評価を下している。「テレビで放送しているのを一瞬でも見たら、テレビを窓から投げ出したくなる」とまで言うのは、撮影中、疎遠だった父を亡くした経験が精神面に影を落としたことなど、辛い記憶もあるからだろう。「それでも素晴らしい部分はある。ロジャー・ディーキンスの撮影だ」とアカデミー2冠(『ブレードランナー2049』『1917 命をかけた伝令』)の撮影監督の初期の仕事を讃えている。
シドとナンシーの生きる世界は荒みきっているはずだが、ディーキンスの映像はそこに幻想的な美しさを漂わせる。その中心に立つ若きオールドマンが全身から放つ激しさは鮮烈だ。そしてその名残りは、円熟の境地にいる67歳のオールドマンの中に確かに息づいている。(文:冨永由紀/映画ライター)
・若き日のオールドマンのパンクな姿が新鮮な『シド・アンド・ナンシー』、その他の場面写真はこちら
『シド・アンド・ナンシー』は現在公開中。(シネマート新宿にて2025年12月19日より1週間限定上映)

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