「この映画が上映できるのか怖かった」
伊藤詩織が語った8年の葛藤
ジャーナリスト・伊藤詩織が自身の経験を出発点に、社会の沈黙と構造的な問題に迫ったドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』が、ついに日本で公開された。12月12日、T・ジョイ PRINCE 品川にて行われた公開初日舞台挨拶には、伊藤詩織監督をはじめ、プロデューサーのエリック・ニアリ、ハナ・アクヴィリンが登壇。作品をめぐる長い道のり、そして「語ること」の意味が、真摯な言葉で語られた。
・性暴力、権力、沈黙——25歳で人生を奪われた女性がカメラを手に闘い続けた8年を追体験
本作は、伊藤自身が被害を受けた衝撃的な事件の「その後」を、本人がカメラを回しながら記録した長編ドキュメンタリーである。個人の体験にとどまらず、沈黙を強いられてきた社会の“ブラックボックス”を可視化する試みとして、8年という歳月をかけて完成した。製作には『新聞記者』『月』など社会派作品を手がけてきたスターサンズが参加し、イギリス・アメリカとの国際共同製作として世に送り出された。
2024年1月、サンダンス映画祭でワールドプレミア上映され、その後世界各国の映画祭や賞レースで高い評価を獲得。第97回アカデミー賞では、日本人監督として初めて長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされるという歴史的な快挙を成し遂げた。海外での注目を経て、今回ようやく実現した日本公開は、伊藤監督にとっても特別な意味を持つものだった。

『Black Box Diaries』(C)Star Sands , Cineric Creative , Hanashi Films
舞台挨拶で伊藤監督は、「サンダンスからさまざまな国を旅して、ようやく日本で公開される。この問題に向き合いたい場所で上映されることに意味を感じています」と語る一方で、制作過程をめぐる議論や批判にも言及。「この映画が本当に上映できるのかという恐怖があった」と率直な胸中を明かした。音声や映像素材の使用をめぐる指摘については、同日付で自身のホームページにステートメントを掲載したことを説明し、「事実でないことは正していかなければならない」と語った上で、観客や関係者への謝罪の言葉を述べた。
それでも、念願の日本公開を迎えた今の心境については、「まだ実感がありません」と笑顔を見せる場面もあった。「映画を観てくださった方と目を合わせられたこと、そしてこの3人で舞台に立てていることが夢のよう」と語り、支えてきた仲間への感謝をにじませた。
プロデューサーのエリック・ニアリは、編集作業の過酷さに触れながら、「詩織さんは毎日のように辛い映像と向き合ってきた。それでも日本で公開できたことは大きな意味がある」と強調。「この作品をきっかけに、彼女が安心して日本に戻り、自分のライフワークを続けられる環境が生まれることを願っています」と語った。
ハナ・アクヴィリンもまた、「彼女の物語を伝えたいという思いで関わった」と述べ、「彼女が経験したことは世界中で起きている。だからこそ、誰も沈黙してはいけない」と力を込めた。作品を通じて伝えたいのは、特定の誰かの問題ではなく、社会全体に潜む構造的な課題なのだというメッセージが浮かび上がる。
伊藤監督は、2017年に出版した著書『ブラックボックス』についても言及。当時はジャーナリストとして感情を排し、距離を保って書いたことで、結果的に「トラウマから逃げていた」側面があったと振り返る。本作ではその姿勢を一度封印し、映画監督として、言葉にできない感情や向き合いたくない現実と真正面から対峙したという。
「450時間にも及ぶ映像素材と向き合う中で、自分の中で整理ができた」と語る伊藤監督。そのプロセスを経て、自らの物語を再構築し、観客に手渡すことができたことに、大きな意味を見出している様子だった。
アカデミー賞ノミネートについてエリックは、「詩織さんのノミネートは歴史的な出来事」と語り、日本国内での評価にも期待を寄せた。ハナも「最も光栄なのは、今日のように映画館で観客と時間を共有すること」と述べ、上映後に観客が自身の体験を語り始める瞬間に強い手応えを感じていると明かした。
舞台挨拶の最後に伊藤監督は、観客に向けて静かに、しかし強い言葉で呼びかけた。「私の名前や事件を忘れて、自分自身や大切な人に置き換えて考えてほしい。もし同じようなことが起きたら、自分はどうするのか」。話しづらいことを少しずつオープンにし、身の回りにある“Black Box”を一つずつ開けていくこと。それがこの映画に込めた切実な願いだという。
個人の体験から始まり、社会の沈黙と偏見、そして構造的な問題を浮かび上がらせる『Black Box Diaries』。本作は観る者に問いを突きつける。私たちは、見えない箱を前に、これからも目を背け続けるのか。それとも、向き合う覚悟を持つのか。その選択を、静かに、しかし確実に迫る一作だ。
PICKUP
MOVIE
INTERVIEW
PRESENT
-



藤原大祐のサイン入りチェキを1名様にプレゼント!/『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』
応募締め切り: 2026.01.02 -



【トークイベント付き】『サリー』の特別試写会に5組10名様をご招待!
応募締め切り: 2025.12.22







