苛立ち悪態をつく中年女性を主人公にマイク・リー監督が描く家族の物語

#ハード・トゥルース 母の日に願うこと#マイク・リー#マリアンヌ・ジャン=バプティスト#レビュー#週末シネマ

『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
(C) Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.


『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』
『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』

イギリスの巨匠最新作『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』

【週末シネマ】やりきれない日常をとことんリアルに描けばこうなる。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作『秘密と嘘』(1996年)や『ヴェラ・ドレイク』(2004年)など、数々の名作を手がけてきたイギリスのマイク・リー監督の最新作は、近年歴史作品が続いていた監督にとって久々の現代劇。ロンドンに暮らす中年女性パンジーを通して、家族や孤立の物語の中から厳しい真実を浮かび上がらせる。

広瀬すずと二階堂ふみの対照的な表現が深みをもたらす『遠い山なみの光』

パンジーは配管工の夫と、無職で引きこもり気味の20代の息子と暮らしている。きれいに片づいた一軒家だが、彼女は常に不機嫌で家族に小言を繰り返す。家庭から外へ出てもその怒りは収まらず、買い物先の店員や通院先の医師や看護師、街中ですれ違う程度の相手にまで矛先を向ける。粘着質で理不尽なパンジーの八つ当たりに他者は反発するが、夫や息子は言わせるだけ言わせてほぼ無抵抗。その態度が余計に彼女を苛立たせる悪循環になっている。

(C) Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.
(C) Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

マリアンヌ・ジャン=バプティストの名演が光る

無視されたら絡み、言い返してくる相手にはさらに悪態を重ねる姿は、見ているだけでいたたまれなくなる。演じるのは、『秘密と嘘』以来28年ぶりのリー作品出演となったマリアンヌ・ジャン=バプティストだ。他罰的な態度の奥底に強い不安と自己嫌悪が潜む女性の複雑な内面を覗かせる名演で、英国インディペンデント映画賞やニューヨーク映画批評家協会賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞など数多くの主演賞に輝いている。それはおそらく、程度の差はあれど観客は自身の中に確実にある“パンジー的な側面”を見出すからではないだろうか。

(C) Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.
(C) Untitled 23 / Channel Four Television Corporation / Mediapro Cine S.L.U.

リー監督は完全な脚本を用意せず、俳優たちと数ヵ月に及ぶリハーサルで物語とキャラクターを作り上げていく手法で知られる。本作も同様で、俳優同士は互いのキャラクターの情報を与えられず、即興で演じていく。それによって、ドキュメンタリーのように生々しいリアリティと緊張感がもたらされている。計算されていない反応は、完璧ではない奇妙な間や気まずさ、そして奇妙なユーモアを生み出すことさえある。

希望の先に突きつけられる容赦ない真実に息を呑む

パンジーには、前向きで人当たりのよい美容師の妹シャンテルがいる。職場で客と会話を楽しみ、シングルマザーとして娘たちと笑いの絶えない日々を送る彼女は、対照的な性格の姉のことも気にかけ、亡母の墓参りに誘う。疎遠になってもなお残る愛情深い妹の存在は一筋の希望を象徴するものだが、リアルな日常風景の積み重ねから容赦ない真実を突きつけるリー作品の真髄が、その先に待ち受けている。

夫婦とは、家族の絆とは何か。リーが用意した真実に息を呑みつつ、深く納得させられた。(文:冨永由紀/映画ライター)

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『ハード・トゥルース 母の日に願うこと』は、2025年10月24日より全国公開中。