カズオ・イシグロ、イギリスでは「長崎は“死と破壊の街”だと思われていました」戦争と長崎を語る『遠い山なみの光』特別映像

#カズオ・イシグロ#ノーベル賞#遠い山なみの光

(C)2025 A Pale View of Hills Film Partners
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ノーベル賞作家カズオ・イシグロのデビュー作を原作に、日本アカデミー賞最優秀作品賞含む最多8部門受賞を果たした石川慶監督がメガホンをとり、広瀬すずの主演でつむがれる注目の映画『遠い山なみの光』。終戦80年を迎えた今、カズオ・イシグロが戦争、長崎を語る特別映像が公開された。

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平和な日常が当たり前のものではないことを思い出させてくれる映画

日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ(カミラ・アイコ)。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母・悦子(吉田羊)の半生を綴りたいと考える。

娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。

それは30年前の悦子(広瀬すず)が、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子(二階堂ふみ)という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。

初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。ただ、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた〈嘘〉に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く——。

1950年代の長崎と1980年代のイギリスを生きる3人の女たちの知られざる真実をめぐる、感動のヒューマンミステリーである。

原作を書いてから40年が経ち、戦後80年となる年に、この作品が日本で公開されることについてイシグロは語る。

「適切な時期だと思います。日本だけでなく世界的に節目となる年で、我々は世界が混乱に陥っていた時代があったことを思い出さなければならない。特に若い世代の人たち、戦争が終わって何年も経ってから生まれた日本の人々はそう。今の日本は豊かさだけでなく、安定性を持った偉大な自由民主主義国家のひとつです。欧米諸国が経験してきたような不安定さは経験していないかもしれない。そんな中、この映画は、その平和な日常が当たり前のものではないことを思い出させてくれる」

さらに、本作に込められている想いを語る。

「ほんの数世代前は違いました。当時の日本はとても暗い時代で、恐ろしい世界大戦も経験しました。だから今こそ思い出すべきで、こんなふうにそれぞれの世代が、私たちは幸運なのだと忘れないことが大切だと思う。同時にこの平和と民主主義を守り続けなくてはいけない。そんな思いもあって、この映画がこの節目を過ぎてからも、ずっと残っていくことを願っています。そして、何とかこの40年以上残ってきた僕が書いた原作のように、石川(慶)さんの映画も何十年も続いて、普遍的で時代を超えた作品として受け入れられると期待しています。なぜなら本作は最悪の状態からどのように人々が立ち直るかを描いているからです」

また、本作は女性の物語であることに加えて自身が5歳まで育った長崎の物語でもある。

「よく人は、そんな幼い頃の記憶など残っていないだろうと言いますが、実際にはそうではありません。幼いながらも、心の奥に刻まれた風景や感覚は、むしろ鮮明で、今でもはっきりと思い出すことができます。幼少期に離れた場所だからこそ、その記憶を失わないよう、無意識のうちに守り続けてきたのかもしれません」

長崎がイシグロにとってどのような存在だったのか。

「私が子どもの頃、イギリスでは私が長崎出身と言うと大勢が一つのことを連想しました。原爆です。長崎は“死と破壊の街”だと思われていました。それを聞いてとても不思議でした。私にとって長崎は、希望と明るさの場所だったからです。当時の長崎の雰囲気は、人々が自信を高めていた時期で感嘆と驚きに包まれていたんです。あの頃は毎月のように見たこともない電化製品が登場していました。新しい建物も建てられました。物事がよくなっていると感じていましたし、経済は上向きで人々も明るかった。もちろん長崎そのものもとても美しい街です。街はたくさんの海や山の景色にあふれて、その両方を楽しめました」

と、過去を思い出すと、こう続けた。

「だから私が覚えている長崎のイメージは、太陽、海、広い空、そして山と木々の風景です。街は再生と前進の雰囲気に包まれていたんです。それは、イギリスの人々が抱く『破壊された街』という印象とはまったく異なるものです」

また、原爆について深く考えるようになったのは、もっと大人になってからのことだという。

「私にとって長崎は、皆が将来に対して希望を持つ街でした。多くの産業が回復して造船所も活気を取り戻し、全て復興していきました。父はアメリカで研究を行った後、イギリスでの生活を望んでいました。外に目を向ける時代でしたね。長崎は古くから『世界への架け橋』でその伝統は長い歴史に根ざしています。私にとって長崎は『近代への扉を開いていった街』です」

長崎と戦争というテーマを新たな世代の感覚で描く本作を、これから見る人たちへ向けてのメッセージも告げられた。

「皆さんが石川慶さんのこの映画を見てくださると嬉しいです。私がこの小説を出版した時、彼はまだ小さな子どもでした。彼はこの美しい映画を日本の今の世代の人たちに向けてつくることを決めました。彼はこの物語に今の人々に響くものがあると信じているし、私もそう思っています。この作品を楽しんでください!」

『遠い山なみの光』は2025年9月5日より全国公開。