映画『国宝』を支える“音の魔術”を語り尽くす特別上映 劇伴と歌舞伎音楽がせめぎ合う“音の挑戦”とは

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『国宝』
(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025 映画「国宝」製作委員会
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坂本龍一監修システム「SAION -SR EDITION-」で響く、映画音楽と音響の制作秘話

大ヒット上映中の映画『国宝』のスタッフトークショー付き上映が実施され、李相日監督、音楽・原摩利彦、音響・白取貢が登壇。坂本龍一監修の音響システム「SAION -SR EDITION-」を搭載し、徹底的に音にこだわった109シネマズプレミアム新宿でのトークにふさわしく、音楽の切り口から作品の魅力に迫った。

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今回のトークショー付き上映は、109シネマズプレミアム新宿のシアター7にて開催。映画本編の上映が終わると、まずは李監督が登壇。「坂本龍一氏が音響監修をした音の良い環境だから、せっかくなので音に関わったプロフェッショナルの方をお呼びして、制作秘話を」との呼び込みで、原摩利彦と白取貢が壇上へ。

李監督と原は、今回が2度目のタッグとなる。李監督と白取とは、『フラガール』(06年)や『悪人』(10年)など、数多くの作品でタッグを組んできた。

原を李監督に紹介した際の想いを聞かれた白取は、「日本には数々の素晴らしい作曲家がいらっしゃいますが、原さんの楽曲を聴いたとき、イメージ・空間がすごく頭をよぎり、とても気に入った。ぜひ日本を代表する作曲家になってほしいと思い、李監督に」と振り返った。

当時は、映画音楽こそまだ多く手掛けていなかった原だが、野田秀樹率いるNODA・MAPの舞台の音楽監督を務めるなど、活躍。前作をきっかけに映画音楽での活躍も増えたことについて、「僕も白取さんも、映画音楽界に原摩利彦が見つかってしまったな、と(笑)」と李監督はコメントした。

李監督と原の2度目のタッグとなった本作。原は前作を振り返り、「登場人物の心の底の方に手をぐーっと伸ばしていって、そこに届くような音楽を」ということを教えてもらったと語る。さらに本作では、「喜久雄や俊介はもちろんのこと、それ以外の廻りの人たちの人生が多くあるので、もう少しスケール感を出す。前回は縦の広がりだったけれども、今回は横の広がりも出す」ことが必要だったという。

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原の音楽の魅力について白取は、「心情に訴えるような、切ると後からばい菌がじわじわと湧いてくるような。その時はあまり何も感じないが、後から痛みや感情を感じるような」余韻を感じる部分だと語った。

本作の音楽制作にあたっては、「俳優さんの芝居にそのまま上乗せするのではなく、感情の裏側、その感情の種が何なのかといったことを探って音楽にしてほしい」といったディスカッションが李監督と原の間で重ねられた。「風景に音楽をつけてはいない」「人物とかを通り抜けた奥にアプローチしている感じ」という考え方があったと原は紹介している。

原自身も前日に109シネマズプレミアム新宿で本作を鑑賞。鑑賞中は「自分の作った音がどこから出てくるか、といったことを考えていた」そうだが、「距離感がわからなくなって、遠いところから流れてきている」ようで、「自分が音楽をつけるときはこういうことを求めていたのかも」と、その印象を語った。

同じく前日に鑑賞した李監督も「109シネマズプレミアム新宿で聴くと一つ一つの音が粒だって聞こえる」「エレガントに聞こえる」と、その音響を称賛。虫の声などのいわゆるSEは特に良いと感じたと原も同意した。

白取も「鈴太鼓の音や足を踏む音など、一つ一つのディテールがこの劇場では如実に、シンプルに、厳かに出てくるので聞きやすい、いい劇場だと思った」と太鼓判を押した。

その流れで話題は映画制作における音響の役割へと移る。「現場でセリフとかガヤガヤといった音を撮って、仕上げとして音楽とSEを乗っけて、最後にバランス、音のミックスを作る」のが音響監督の役割だと白取は解説。できるだけクリアな音が現場で録れるように指示を出すのが白取の仕事だと李監督が紹介するも、「あんまり録れないですね、現場では、いい音は」との白取のコメントに、会場では思わず笑いが起こった。

現在では様々なプラグインが発達しており、現場で録音した音をクリーニングする作業が非常に重要となっている。また、映画の効果音のほとんどは現場で録音したものではなく、後から付け足されるものだ。“MED”=Music(音楽)、Effect(効果)、Dialogue(セリフ)の3つを繊細にコントロールしながら調整していくのが、白取の仕事なのだ。

“MED”のバランスを取るという意味では、今回、歌舞伎の音と原の音楽をどのように融合させるかが大きなポイントだったという。白取曰く、分岐点となったのは子ども時代の喜久雄と俊介が万菊の歌舞伎を鑑賞するシーン。歌舞伎の音源と劇伴のぶつけ方が非常にうまくいったことで、「これで最後までいける」という手ごたえを感じたのだという。

李監督によると、当初は万菊の『鷺娘』のシーンでは原の音楽をメインに流し、少年・喜久雄の心情に入っていく設計だった。ところが白取の作ったものを聴いてみると、「『鷺娘』の音がドン、ドンと飲み込むように、前に出てきて、そこと原さんの音楽がすごいせめぎ合っているような」音になっていた。「あぁ、これがこの映画のトーンの形になっていくんだな」と、そのとき気づかされたそうだ。

歌舞伎の音楽と西洋由来の音楽(劇伴)をぶつけることについては、新作歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』での経験が大きく活きていると原は分析する。『野田版 桜の森の満開の下』の際は、生演奏のお囃子と自分の音を混ぜるというものだったが、「こんなに歌舞伎って自由なんだ」という気づきがあった。その経験と、昨年に田中泯の舞台音楽を担当した経験とがクロッシングして、今回の万菊のシーンに繋がったと明かした。

さらに原の音楽では、フィールド・レコーディングで録音した音や、それを加工した音を用いることが多い。これらはドレミファソラシドの西洋音階に収まらない音であり、いつもピッチが異なる能管など歌舞伎の音と親和性が高いのだという。「ちょうどいい時に『国宝』に出会ったな」と原は振り返った。

最初に原が李監督に送った音楽デモは、まだメロディが全くなく、冒頭の長崎のシーンで喜久雄の父が倒れた後に流れる、印象的なひとつの音色を中心に構成されていた。この音は中世の楽器ヴィオラ・ダ・ガンバの音を加工したもの。実はこの音が次に流れるのは、映画のラストで喜久雄が『鷺娘』の準備を終えて立ち上がる瞬間だった。

これは映画のシナリオとは別に、原の中で描かれた音楽シナリオによる演出である。喜久雄が長崎での出来事から歌舞伎の世界に入り、女形を目指し、最後のシーンへと繋がっていく背景には、「劇場のバケモノ、得体のしれないモノが、初めから喜久雄を呼んでいた」という原自身の音楽シナリオがあったという。

そのきっかけには、原がかつて歌舞伎座で仕事をした際、初めて客席でサウンドチェックを行ったときの体験が影響している。「沈み込んでいくような、息苦しくて身体が重たくなるような感覚」を覚えたのだ。その記憶が本作の音楽制作中にふと蘇り、この音楽シナリオへと繋がったのだという。

最初に李監督へデモを送る際には、必ず「メロディが欲しい」と言われるだろうと分かっていた。しかし原は「自分が今、正直に、『国宝』に対して思っている音」を表現したものを送ったと語っている。

制作過程では“合宿”のように、李監督と杉田プロデューサーが合計5回、延べ3週間以上も原の部屋に籠り、一緒に作業を行った。大変そうに思えるが、作曲家にとってはその場で疑問を解決でき、悩みを共有できるため、最も良いやり方だったという。

完成したデモを初めて聴いたときの印象を尋ねられた白取は「…言っていいですか?」と一呼吸おいてから、「最高でした」とコメント(会場は笑いに包まれる)。「情緒的な部分も抑えながら、キャラクターの奥底、感情の根源に届くような音楽」だったと李監督も同意した。

李監督は「メインテーマを見つけるまでが一番大変だった」と振り返る。背中の入れ墨を背景にタイトルが出るシーンで流れるあのメロディは、1ヵ月かけても生まれなかったという。

※ここで原は持ち込んだキーボードで、メインテーマとその派生メロディを実演。

映画のほぼ最後まで、この2つのメロディを軸に進んでいく。クライマックスの『鷺娘』のシーンの音楽も、実は冒頭のメインテーマの一音一音を長く引き伸ばしたもので、それがストリングスによって大きな旋律となり、壮大に広がっていくことが明かされた。

また音色についても、冒頭の長崎のシーン、タイトルシーン、俊介が劇場を飛び出すシーン、ラストの『鷺娘』、そして主題歌「Luminance」で統一して使われている美しい響きを紹介。メロディと音色の両面から、映画全編を貫く仕掛けが明かされた。

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原の実演を交えた音楽解説の後は、観客とのQ&Aセッション。最初の質問は「苦労したシーン」について。原は、最後の『鷺娘』のシーンが難しかったシーンのひとつだったと答えた。場面の変遷が激しいため、歌舞伎の音だけでも切っていかなければならず、さらに劇伴も同じ音楽を流し続けるだけでは物足りなく感じるシーンだったことを理由に挙げた。

また全体としては、喜久雄のテーマはすぐに生まれたものの、俊介のテーマがなかなか生まれなかったという。『京鹿子娘二人道成寺』のシーンでは、「御曹司で、少し甘いところがあって…」という俊介のキャラクター像を表現しつつ、歌舞伎の音が入ってくる合間を縫って音楽を入れるのが非常に難しかったと苦労を語った。
最終的には、「先に進む気持ち」と「全然違うリズム」というモチーフのもと、ギターの弦を短く切ってカットアップしたものを使用。電子音的な違和を感じる「トゥットゥットゥットゥッ」という印象的なフレーズを斬新な形で取り入れた。

2つ目の質問は「音楽を作るために普段行っていることはあるか」というもの。原は、どうしても作品に音を入れられない、あるいは入れても音が出てこないときには、妻夫木聡が演じるにあたって大変苦労したという『悪人』での妻夫木の演技をずっと見て、刺激をもらっていたと答えた。

最後に、いい音楽が生まれるときについては、「メソッドに則って何かを行ったときではなく、本当に後から振り返っても覚えていないような、時間の外にあるような、自他がなくなる瞬間だ」と語った。さらに日頃から、世界情勢を知り、今どう人が苦しんでいるのかを意識すること——例えば現在ならガザの人々と直接連絡を取り合いながら、彼らを想い、想像する――そうした積み重ねが大事だという原の言葉に、会場の観客も深く耳を傾けていた。

終了時間が迫る中、話題は主題歌「Luminance」に移った。制作は、井口理の声に出会った李監督と原が、彼の声でどうフィナーレを迎えるかという命題から出発した。喜久雄の最後のセリフからエンドロールに移行する際、どのタイミングで井口の声が入るか、「映画は終わるが、世界は広がっていく」という接続をどう表現するか――そうした点を2人で議論した。映画の物語を、ホメロスのように神話を語るようにまとめあげてくれる曲にしたいと思っていた、と原はそのイメージを語った。

ラストシーンの喜久雄のセリフの背後で流れているのは、ヴィオラ・ダ・ガンバの音。実はそこからすでに「Luminance」は始まっており、一瞬涙が出るタイミングで入るピアノの音型は「Luminance」で継続して演奏されているピアノの音型だ。映画が終わる前、すでに予感が漂う中で井口の歌声が加わる流れになっている。

このラストシーンで使われている音色は、ヴィオラ・ダ・ガンバやリュートといった中世の楽器のもの。歌舞伎が生まれた17世紀に、世界の別の場所で鳴っていた音色を取り入れ、それを現代の技術と井口の存在と組み合わせることで、現代的な神話のように感じさせる楽曲を作り上げたという。

さらに、喜久雄が見たであろう世界を表現する坂本美雨の歌詞について、原は「坂本美雨さんの歌詞は、目で見たときよりも歌ったときに輝きが立ち上がる」とその印象を語った。

トークの後は劇場の灯りを落とし、最後に観客全員で「Luminance」を聴き、撮影タイムをもってイベントは終了となった。

本作は演技や映像美だけでなく、細部まで徹底してこだわり抜かれた音も大きな魅力。109シネマズプレミアム新宿では現在も絶賛上映中だ。ぜひ極限までリアルな音を追求した109シネマズプレミアム新宿で、本作を体感してほしい。

『国宝』は現在公開中。