沢田研二という名優、妖艶なスターで在りながら自然に物語を生きる才能

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『土を喰らう十二ヵ月』
沢田研二主演『土を喰らう十二ヵ月』
(C)2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会

“いい男”ジュリーの艶姿がお茶の間を魅了していたあの頃

【名優たちの軌跡】1970年代から80年代にかけての日本を知る人ならば、沢田研二の活躍を誰もが鮮やかに記憶しているだろう。もちろん、その前もその後も活躍し続けてきたスーパースターだが、この時期に育った子どもとして、彼が常に放っていた刺激的で華やかで、破天荒な魅力は忘れられない。

思い出話から始めて恐縮だが、わが家は70年代後半までテレビがなかった。テレビを見たければ隣の祖父母の家に行くのだが、チャンネル権は祖父独占で、歌番組を見るのは年に一度、大晦日の紅白歌合戦だけだった。そこで明治生まれの祖父が毎年判で押したように「なんだこいつは」と眉をひそめ、同じく明治生まれで江戸っ子の祖母が「いい男ね」と言うのが沢田研二の艶姿だった。他にも着飾った若い男性歌手はいたが、祖父母が気にするのは“ジュリー”の愛称で呼ばれる彼だけだった。

沢田研二、里山暮らしも13年前に亡くした妻の遺骨を納められず…『土を喰らう十二ヵ月』

わが家にテレビが来る前、家族でフランスに住んだ時期がある。現地生まれの同年代の日本人の女の子と仲良くなり、彼女の家でジュリーがフランスで出したシングル盤「Julie Love」を聴かせてもらったことがある。歌詞はフランス語で、LOVEの発音もフランス語訛りにしていて、芸が細かいと感嘆したのを覚えている。ちなみに歌詞に出てくるのは、歌っている本人のことではなく、ジュリーという名前の女の子だ。日本のジュリー人気を知らない友人に「この人もジュリーなんだよ」と教えると、「男の人なのに? なんで?」と聞かれて、そうだよね……と考え込んだが、彼女は「でもジュリーって感じがするね」とあっさり得心して一瞬のうちに収まった。

前置きが長くなったが、私にとってはこの2つの出来事が沢田研二というエンターテイナーを象徴するものだ。出てくるだけで人の心をざわつかせる。そこに立つ姿だけで全て納得させる。そんな強烈な存在感なのに、どこへ置かれても“浮いて”しまうことはない。どんな状況でも、用意されたその世界を居場所にする。歌1曲、映画1本、ドラマ、舞台と、あらゆる場において、沢田研二/ジュリーというスターの香りをほのかに残しながら、毎回その物語を生きる人という印象なのだ。

スター歌手の演技に、マーティン・スコセッシ監督も驚愕

GSのグループ「タイガース」のメンバーだった1960年代から数多くの映画に出演している。初期はグループで出演するアイドル映画、ソロ歌手となってヒット曲を連発しながら『炎の肖像』(74年)や『パリの哀愁』(76年)、三億円事件の犯人を演じた連続ドラマ『悪魔のようなあいつ』(75年)などで俳優のキャリアも築いた。

観客はジュリーを見ながらジュリーを忘れて、画面に描かれる世界に浸る。例えば、『太陽を盗んだ男』(79年)。やる気のない授業で生徒に不人気の中学教師が自宅でたった1人、密かに原子爆弾を完成させて政府を脅迫する。“ジュリー”然とした外見でありつつ、主人公の城戸誠は一見普通の青年だ。目立たない男が人知れず途方もないことをしでかすという、当時の世間が沢田に抱いていた印象とのギャップも面白い。公開時に来日していて作品を見たマーティン・スコセッシは長谷川和彦監督との雑誌対談で主演が「歌手のビッグスター」だと知り、映画の中では「まるでそんな風に見えなかった」と驚愕したという。

と思えば、『魔界転生』(81年)では天草四郎時貞に扮し、妖美とオーラ全開で魅了する。30代を迎えたばかりのこの頃に演じた人物2人には、自らの身を滅ぼすほどの怒りという共通項があるようにも思える。

“普通”も“異様”も自然に演じるスタイルに磨きがかかった中年期

俳優としての沢田研二は歳を重ねるごとに魅力を増していった。森田芳光監督と組んだ『ときめきに死す』(84年)のストイックでミステリアスな男、盟友である萩原健一、後に妻となる田中裕子と共演した『カポネ大いに泣く』(85年)は鈴木清順監督の自由なスタイルのもと禁酒法時代のアメリカ日本人街のボスを演じ、日本未公開のアメリカ映画『Mishima: A Life In Four Chapters』(85年)では売れない俳優の退廃を美しく演じ、多彩なポテンシャルを明示した30代後半を経て、40歳を迎える頃から “普通”も“異様”も奇を衒わずに自然に演じるスタイルが磨かれていった。

一丁の拳銃をめぐる『リボルバー』(88年)では群像劇の1ピースになり、『ヒルコ/妖怪ハンター』(91年)では異端の考古学者のちょっと抜けたおかしさ、清順監督と再び組んだ『夢二』(91年)のタイトルロールで絶妙な軽みを見せた。

50代で演じた数々の“お父さん”も印象深い。脱サラしてペンション経営を始めた途端に災難に見舞われる『カタクリ家の幸福』(02年)、『幸福のスイッチ』(06年)では大型店に必死に対抗する町の小さな電器店店主の不器用な頑固さが共感を誘う。

 

ろくでなし系の役は絶品、最新主演作は『土を喰らう十二ヵ月』

そして自身のヒット曲のタイトルを具現するような「憎みきれないろくでなし」系の役も、年齢を重ねたからこそ魅力的になる。

田中裕子と夫婦漫才師を演じた『大阪物語』(99年)の柔らかなだらしなさは絶品だったし、一昨年に急逝した志村けんの代わりに演じた『キネマの神様』(21年)のギャンブル好きのダメ親父もまさしく、そんなろくでなしの行く末の姿だった。

沢田研二はなんでもない日常を演じている時が本当に素敵だ。書かれたセリフが、まるでその場で自然に口をついて出たように何気なく聞こえてくる。

フィルモグラフィーに並ぶ作品と監督を見ると、出演作選びのセンスにも唸る。巨匠から奇才、異才の個性派、小規模作品の新進監督まで、その時の沢田研二だからハマる作品との出会いを逃さず、その姿勢は過去でも未来でもなく、現在のほんの少し先を行くようだ。

今年は秋に『土を喰らう十二ヵ月』の公開が控えている。作家・水上勉のエッセイを原案に、人里離れた長野の山荘に1人で暮らしながら畑で育てた野菜を料理し、執筆する日々を描く。2020年から、パンデミックによる中断を挟みながらも季節の移り変わりを丁寧に追い、1年半かけて撮影したという。『ナビィの恋』(99年)やドキュメンタリー『盆唄』(18年)の中江裕司監督のもと、どんな世界を見せてくれるのか。丹精を込めた作品の公開が待ち遠しい。(文:冨永由紀/映画ライター)

『土を喰らう十二ヵ月』は、2022年秋に全国公開。

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本文で以下の通り訂正しました。
訂正前:『リボルバー』(84年)
訂正後:『リボルバー』(88年)