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『グリーンブック』ピーター・ファレリー監督インタビュー

おバカ映画のヒットメーカーが、感動!のオスカー3部門受賞作をひっさげ初来日!

『グリーンブック』ピーター・ファレリー監督インタビュー
全力を尽くせ。自分の心に従え

『グリーンブック』
2019年3月1日より全国公開中
(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
2月に発表された第91回アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)の3部門に輝いた『グリーンブック』。1962年、人種差別が強く残っていたアメリカ南部でコンサート・ツアーを決行するアフリカ系の人気ピアニスト、ドクター・ドン・シャーリーと彼の運転手兼用心棒を務めるイタリア系中年男トニー・ヴァレロンガの旅を通して、何の接点もなかった者同士が互いを理解し合うことで自らを発見していく物語だ。監督を務めたのは、弟のボビーと組んで『ジム・キャリーはMr.ダマー』や『メリーに首ったけ』などコメディでヒットを飛ばしてきたピーター・ファレリー。オスカー受賞後に初来日を果たした監督に話を聞いた。


──アカデミー賞3部門受賞、おめでとうございます。感想を聞かせてください。

監督:正直なところ、まだ“衝撃”が続いてます。未だに実感が湧かない。今も信じられない感じです。

──映画ではトニーとドクター・シャーリーの興味深いエピソードがたくさん描かれますが、映画に入りきらなかったものはありますか?

ピーター・ファレリー監督
監督:たくさんあります。映画で描かれるのは2人の旅の最初の2ヶ月間。クリスマスイブまでですが、実際のツアーは1年以上続きました。脚本にはその間に起きたことをランダムに盛り込みました。映画には1度しか登場しませんが、バーで差別的な人間たちと喧嘩になったことは、実は3回あったんです。それから旅が終わる頃、ジョン・F・ケネディが暗殺され、2人は葬儀に参列したんです。準備稿にはそれも入っていましたが、(劇中にロバート・ケネディの話も出てくるので)ケネディの話が多くなりすぎる。公民権運動などの要素が強調されすぎてしまうことに気づいたんです。私たちにとって、これは2人の男の物語でした。だからカットしたんです。

──とある会場で、契約とは違うボロボロのピアノが用意されていて、トニーが激怒する場面がありましたが、あれは本当にあったことですか?

監督:実話です。あの場面でトニーは初めて自分の仕事をする。すなわち、ドクター・シャーリーの役に立っている場面なんです。ドクターの知らないところでね。でも、あの時点でトニーには人種差別的な部分が残っています。彼が相手に食ってかかるのは、その男がドクター・シャーリーに差別的な言葉を浴びせたからではなく、自分のことを「グリースボール(イタリア系に対する侮蔑的な呼称)」と言ったからなんです。仕事はするけど、実はまだ自分のことしか考えていない。そこが私は興味深いと思いました。(60年代の南部を旅する)ドクター・シャーリーが、なぜトニーのような男を雇わなければならなかったのかを観客に思い出してもらうタイミングでもありましたね。

──オスカーでのスピーチで語った「私たちは同じ人間だ」という言葉に共感しました。これは『メリーに首ったけ』をはじめ、これまで監督が撮り続けてきた作品すべてに共通するテーマだと思います。

ピーター・ファレリー監督
監督:(日本語で)ありがとう!
 そう言ってもらえると本当にうれしいです。私は人間が好きなんです。ただただ、あらゆる人が好きです。これは昔からです。ストーリーを語るならば、どんな物語であれ、登場人物を好きになる方がいいと思う。『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』は日本でも放映した? あのドラマの主人公は悪事を働いているけど、それでも視聴者はある種の思い入れを抱くでしょう。それと同じで、私は贖罪の部分があるキャラクターを作りたいんです。『ジム・キャリーはMr.ダマー』だってそうです。どこかで応援したくなるような人物ではないと、物語は面白くならない。その点が今回は難しかった。男が黒人の使ったコップをゴミ箱に捨てるところから始まりますが、その彼が主人公なんです。そんな男を観客に好きになってもらうのは大変なチャレンジですよね。人には誰でも短所があるもので、トニーの短所はそれでした。でも、どんなに短所だらけだったとしても、長所もあるはずです。全員とは言わない。でも大抵の場合はそうです。

──製作総指揮の1人にオクタヴィア・スペンサー(『ドリーム』『シェイプ・オブ・ウォーター』)が参加していますね。

監督:彼女は本当に多くをもたらしてくれました。何人かいるプロデューサー陣の中で彼女が最強です。実はスタジオ側はタイトルを変えたがっていました。今のアメリカではグリーンブック(※)というものが何か知らない人も多いので、彼らは「そんなタイトルで売れるのか?」と言って、『Rules Of The Road(旅のルール)』という題にしたがったんです。味気ないですよね。私たちはこの物語にとってのグリーンブックの意味、またグリーンブックというものの存在を観客に知ってもらいたかったんです。彼女は、タイトルは変えないと主張し、戦ってくれました。とても賢くて、議論も得意な女性です。なんといってもオクタヴィア・スペンサーですから。スタジオも耳を傾けざるを得ない。説得力があり、冷静で安定感があるから、言い争っているうちに「彼女の方が正しいんじゃないか」と誰もが思ってしまうんです。
※1936年から1966年までヴィクター・H・グリーンにより毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブック。(60年代まで米国南部諸州に存在した人種差別的内容を含む州法)ジム・クロウ法の適用が郡や州によって異なる南部で特に重宝された(映画公式サイトより)。

──私もこの映画でグリーンブックというものを知りました。しかしながら、この冊子の存在する理由は、映画のテーマである、互いを理解し合うことや自由の大切さと正反対のものでもあります。なぜ敢えて『グリーンブック』というタイトルを選んだのですか?

ピーター・ファレリー監督
監督:そうですね、私は少し違う考えです。まず実をいうと、オリジナルのタイトルが酷かったんです。『Love Letters to Dolores(ドロレスへの恋文)』。私は気に入らなかったんですが、共同脚本のニック・ヴァレロンガがお母さんにちなんでつけたものだから「ノー」と言うのも難しかった(笑)。でも実際、そのタイトルでは若い観客は来てくれないんじゃないかと思いました。そこで、このストーリーに中にずっと存在しているグリーンブックに思い至ったんです。確かにあの本が存在したこと自体はネガティブなことですが、グリーンブックは当時のアフリカ系旅行者の命を救ったんです。数え切れないほどの命をね。どこに泊まればいいか、どの店に行ったらいいのか、病院は? といった情報が載っていましたから。トニーとドクター・シャーリーはグリーンブックに載っている宿に一緒に泊まり、そこで絆を深めたし、『ドロレスへの手紙』よりはずっといいタイトルだと思います(笑)。

──トニーとドクター・シャーリーは旅を通じて変わっていきます。あなたも本作でオスカーを受賞し、キャリアに大きな変化がありました。こうした“旅”に出る前の若き日のあなた自身、あるいはこれから旅に出る若者にメッセージはありますか?

監督:私はそれほど賢くはなかった。学校の成績もよくありませんでした。でも映画を作りたいという気持ちは常にあり、成功するために人一倍努力しなければならないことはわかっていました。脚本を書くときは3ヵ月間、その世界を生きます。ベッドの中でも、車を運転していても、百パーセント集中します。そして限界を超えられないかと考えています。なので、若者にメッセージを送るとすれば、「全力を尽くせ。自分の心に従え」です。『ジム・キャリーはMr.ダマー』も『グリーンブック』も、自分が作りたいと思って作りました。人に言われてやったんじゃない。自分の心のままに、作りたいから作ったんです。

ピーター・ファレリー監督
 心の声に導かれていけば起こるべきことが起こる、という諺がありますが、その通りに歩んでいくと、思いもしなかったような扉が開くことがあります。私は物を書き始めたばかりの頃は、作家か教師になりたいと思っていました。すると脚本家志望の人と出会って一緒に書き始め、そこから別の出会いがあって仕事につながった。心の声に従っていれば、宇宙が助けを寄越してくれる。私の場合はそうでした。  オスカー受賞は素晴らしいことです。でも、それはただの出来事にすぎない。アカデミー賞のことなんて、この2、3ヵ月前までは意識もしていませんでした。私の望みはただ物語を語ること、それを人々に届けて楽しんでもらうことです。それができたことは誇りに思っています。賞を獲ること以上に作品を作ることの方が誇らしい。『オズの魔法使い』のライオンみたいなものです。彼は勇気のメダルをもらいますが、メダルが勇気なのではない。勇気はライオン自身の心の中にあるんですから。


(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)

(2019/03/08)


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ピーター・ファレリー
Peter Farrelly

1956年12月17日生まれ、アメリカ・ペンシルヴェニア州出身。弟のボビーと共同で脚本も務めた『ジム・キャリーはMr.ダマー』(94年)で監督デビュー。以降はボビーと共同監督でキャメロン・ディアス主演の『メリーに首ったけ』(98年)、グウィネス・パルトロウ主演の『愛しのローズマリー』(01年)、ドリュー・バリモア主演の『2番目のキス』(05年)などを手がけ、14年には久々にジム・キャリーと組んで『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』を監督。単独で監督を務めた『グリーンブック』でアカデミー賞作品賞、オリジナル脚本賞(ニック・ヴァレロンガ、ブライアン・カリーと共同)を受賞。

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