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『ライ麦畑で出会ったら』ジェームズ・サドウィズ監督インタビュー

サリンジャーと出会った奇跡の体験を監督自ら映画化!

『ライ麦畑で出会ったら』ジェームズ・サドウィズ監督インタビュー
この作品を作ることで友情も取り戻せた

『ライ麦畑で出会ったら』
2018年10月27日より全国順次公開
(C)2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED
青春小説の金字塔といわれ、刊行から60年以上経ったいまなお世界中で愛されている作品、J.D.サリンジャー著の「ライ麦畑でつかまえて」。まもなく公開の映画『ライ麦畑で出会ったら』では、人々の心をとらえて離さない名作に感銘を受けた冴えない高校生・ジェイミーが繰り広げる青春の1ページが描かれている。

「ライ麦畑でつかまえて」を舞台化するにあたって必要な作者の許可を取るため、演劇部のジェイミーが隠遁生活を送っているサリンジャーを探す旅に出るという物語。本作を手がけたのは、念願の長編映画デビューをはたしたジェームズ・サドウィズ監督だが、なんとこの作品は監督自身の実体験を基にしているという。そこで今回は、これまでの道のりやこの経験から学んだことについて語ってもらった。


──本作の撮影からは4年の月日が経っているということですが、いま日本で公開されることをどのように感じていますか?

『ライ麦畑で出会ったら』
(C)2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED
監督:実は日本では、テレビなのか劇場なのか、どのような形で公開されるのか最初はわからなかったから、劇場公開されると聞いてとにかくうれしく思っているよ。感謝の気持ちでいっぱいだし、すごくワクワクもしているんだ。

──最初はこの題材を映画にするつもりはなかったそうですが、やはり初の長編映画には自分にしか描けない作品を作りたいと思われたのですか?

監督:僕が映像の世界に飛び込んで以来、サリンジャーとのエピソードはみんなが知っていた話だったから、「いつ映画化するの?」と周りにはずっと言われ続けていたよ。でも、どうしてもこの経験を長編映画にするというのがイメージできなくて、ずっと躊躇していたんだ。自伝的な内容であるということもあるし、何と言っても「僕が主人公?」というのがうまく腑に落ちなかった部分もあったからね。

──そこからどのような心境の変化があったのですか?

『ライ麦畑で出会ったら』
(C)2015 COMING THROUGH THE RYE, LLC ALL RIGHTS RESERVED
監督:長らくテレビで仕事をさせてもらっていたんだけど、そろそろ長編映画を作りたいと思うようになって、「いましかない」という気持ちになったんだ。製作にあたっては、自分で出資を集めようと決めていたこともあって、「どんな物語ならお金を集めやすいかな?」と考えたときに、この話かもしれないと思ったのが理由のひとつ。なぜなら、自分自身がよく知っている物語だからこそ、作りやすいし、撮影もしやすいと思ったからなんだ。

──実際、脚本を書き始めてみていかがでしたか?

監督:最初は、自分をそのまま登場人物として書き進めるのがどうしてもうまくいかなかったんだけど、ジェイミーというキャラクターにして、自分と違う側面をある程度持たせたらやっと書くことができた。自分ではない人物としてだったら脚本にできるというのは、おもしろいものだなと感じたよ。

──作品を作るうえでは、この出来事を経験してからの46年間も振り返ったと思いますが、その過程で当時は気が付けなかったことに改めて気付かされるような新たな発見もあったのでしょうか?

監督:それはおもしろい質問だね。というのも、実はこの46年の間に発見したいろいろなことがこの映画のなかに反映されているところもあるからなんだ。たとえば、僕をいじめていた生徒のひとりと10年くらい前に電話で話をしたんだけど、そのときに「僕は君の部屋を襲撃した仲間ではなかったけれど、彼らを止めるべきだった」と言ってくれて、それは劇中のセリフとしても実際に使っているんだよ。
 そのほかにも、後から言われたことがセリフに反映されていたりもするから、この作品を作るプロセスは、僕にとっては当時の人々とふたたび平穏を取り戻す経験でもあり、癒しにもなったと言えるんじゃないかな。そのことは意図したわけでもないし、それが理由でこの映画を作ったわけでもないんだけどね。でも、いまではみんなと友情を取り戻すこともできたし、この作品のプレミアにも来てくれた人もいたくらいなんだよ。

──とてもステキなお話ですね。ただ、とはいえ当時はあからさまに演劇部が運動部員から見下されていてつらかったと思いますが、劇中のようなことはアメリカの学校生活ではよくある光景なのですか? 

監督:僕の意図としては、演劇部がというよりも、ジェイミーがそういう風にみんなから見下されている対象であるということを描きたかったんだ。とはいえ、僕の奥さんは高校でカウンセラーをしているんだけど、確かに演劇部の生徒というのはちょっと変わったところのあるかもしれないね(笑)。

──では、監督がもともと演劇や映画に興味を持ったきっかけはなんですか?

監督:テレビや映画をたくさん見たり、あとは劇場にもよく行ったりしていたこともあって、6、7歳くらいのときには、「大人になったら、おもしろい獣医か優しいコメディアンになりたい」と思っていたんだ(笑)。僕はCMのパロディとかをやっては家族を笑わせているような子どもだったから、幼い頃から注目を浴びるのが好きだったというのもあるかな。

──その流れで演劇部に入り、サリンジャーを探す旅へと続いていきますが、いまのようにインターネットなどが発達していない時代に、公に姿を出さないサリンジャーを見つけるのはかなり大変だったのではないでしょうか?

監督:映画のなかで描かれているように、実際いろんな人に手紙を書いて出したし、脚本には入れていないけど、NYの市立図書館ではたくさんのマイクロフィルムを見てサリンジャーの情報を探したりもしたよ。今回、ジェイミーと一緒に旅に出るディーディーという女の子は、僕の奥さんと当時知り合いだった女の子からインスピレーションを受けているけれど、その女の子のお父さんからも「君の助けになるような記事があるよ」と教えてもらったりもしたくらい。そのお陰で彼が住んでいるエリアがわかったりもしたんだ。あと、旅の途中でいろんな人に出会っているのは劇中でも描いているけど、まさにあの通りという人たちも登場させているんだよ。でも、実際はもっと多くの人にサリンジャーのことを尋ねてはわからないと言われたり、違う情報を教えられたりしたので、時間にするともっとかかっているかもしれないね。

──そのときの友だちはいかがでしたか?

監督:実際は地元の友達と一緒に行ったんだけど、サリンジャーと出会ったときには車の中で待機していたから、映画のディーディーみたいに僕の味方になって擁護してはくれなかったよ。だから、僕はひとりでがんばったんだ(笑)。

(2018/10/25)


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ジェームズ・サドウィズ
James Sadwith

1952年10月20日生まれ、アメリカ出身。テレビ向けの映画やミニシリーズ、ドラマシリーズの脚本からキャリアをスタートし、監督や製作も務めるようになる。関わった作品がエミー賞やゴールデン・グローブ賞での受賞もしくはノミネートされた回数は35回以上。自身もエミー賞に2度ノミネートされ、ミニシリーズ『フランク・シナトラ/ザ・グレイテスト・ストーリー』(92年)では監督賞を受賞した。全米監督協会賞(DGA賞)で2回、ヒューマニタス賞で1回候補となる。

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