『英国総督 最後の家』グリンダ・チャーダ監督インタビュー

『ベッカムに恋して』監督の次なるテーマは激動のインド史!

#グリンダ・チャーダ

教科書には載っていない、本当のインド分離の歴史を知ってもらえたら

ヒット作『ベッカムに恋して』で、人種や文化の壁に悩みながらも成長していくインド系移民のサッカー少女の青春を描き、ロカルノ国際映画祭の観客賞を始めとして数々の映画賞を獲得したグリンダ・チャーダ監督。インドをルーツに持つ彼女が、チャールズ皇太子から1冊の歴史書を勧められたことをきっかけにインドの独立と分離の知られざる側面を描いた『英国総督 最後の家』が8月11日より公開となる。

第二次世界大戦後、植民地インドの最後の提督となり、首都デリーの総督官邸にやってきたマウントバッテン卿とその家族。独立前夜の政治的な思惑が錯綜、混乱を極めるなか、マウントバッテン卿はインドの未来のために力を尽くそうとするが……。

本作で、インドの歴史に自らの家族史を重ね合わせたチャーダ監督に話を聞いた。

──1947年にインドからパキスタンが独立し、本作にもその経緯が描かれています。監督ご自身の祖父母も分離独立の際に大移動を経験したそうですね。その経験を映画化したいという思いから、本作を製作したと聞きました。

『英国総督 最後の家』
(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

監督:祖母は当時のトラウマを抱えていて、イギリスで一緒に住むようになってからも、ムスリム系の人に見える俳優がテレビに出てくると、「ムスリムはあんな恐ろしいことをしたんだ」と言って取り乱すことがありました。多くの人が亡くなったり、苦しんだりしたということを始めて知ったときはとても胸が痛みました。私はケニアで生まれたし、母国やホームランドだと感じられる場所が無かった。インドとのつながりはあるのですが、元々先祖が住んでいた地域はパキスタンになってしまっていて、パキスタンは簡単に訪れることはできません。親たちが簡単に戻れる祖国がないことが子ども心に悲しかったのを覚えています。

──本作の製作中に、マウントバッテン卿の個人秘書が書いた『The Shadow of the Great Game』という本をチャールズ皇太子と著者の息子さん2人から別々に薦められるという偶然を体験されたそうですね。この本はどんな内容で、そこからどんなことを得たのでしょうか?

監督:その本には、今まで教えられてきたこととは違う歴史が書かれていました。劇中でも明かされることですが、(パキスタンの独立は)もともとイギリスが構想していて、それをもとに計画が実行されただけだったということ。どうして分離・独立が行われたのか、そこで知ることができたんです。当時起きたことは虐殺に近いことだったと思うし、統制された組織的な軍などが動いて暴力が振るわれて、多くの女性はレイプされ、それから逃げるために井戸に身を投じた女性たちもたくさんいたんです。

──総督官邸のシーンも素晴らしかったです。500人の使用人を抱える総督邸の日常を描いたシーンをはじめ、多数の人々が登場するシーンが多く印象に残りましたが、撮影で苦労された点や、工夫したことがあれば教えてください。

『英国総督 最後の家』
(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

監督:一番困難だったのは、撮影よりも、私たちの作りたい物語を正確に脚本に落とし込む作業でした。5ッ星のホテルで撮影できたりしたので撮影で苦労したという印象はありませんが、1000人のエキストラに参加してもらった難民キャンプの撮影では、すごく悲しい気持ちになりました。撮影当時はシリアが爆撃を受けていたころで、撮影しているインドからシリアはそんなに離れてはいませんでした。70年前の物語を自分がこういう風に撮っていて、元々、家族も難民なわけですから、撮影しながら朝のニュースでシリア難民を見ると悲しい気持ちになりました。また、イギリス人はチャーチルが好きですが、劇中ではチャーチルを好ましくは描いていないので、撮影で苦労したこともありました。

──マウントバッテン卿と家族のキャラクターも印象的です。自らを軍人気質と言うマウントバッテン卿と、理想主義で人々のためを思い活動する妻のエドウィナはパートナーとしてとてもステキです。

監督:マウントバッテン卿はどちらかというと虚栄心が強い男性で、自分が総督として服装や衣装を身に着けることができることにワクワクするタイプでした。反対に奥様は、奥様がそこまでする必要はないのに、難民キャンプに足繁く通って支援活動をしている姿が残っています。政治的な感覚に優れていたのは彼女の方で、亡くなる寸前まで赤十字と仕事をしていました。

──マウントバッテン卿夫妻を演じたヒュー・ボネヴィルとジリアン・アンダーソンの撮影中の様子を教えてください。

監督:ジリアン・アンダーソンは脚本を送ったら翌日に電話がかかってきて、「絶対やりたい」と言ってくれました。その時、「エンディングはどうだった?」と感想を求めたところ、まだ19ページまでしか読んでいないと言っていました(笑)。そのくらい気に入ってくれていたんです。ヒューは歴史にとても興味がある方だから、歴史の側面についてもきちんと知りたいと言っていました。彼は、本作にも出演しているマイケル・ガンボンの大ファンなので、彼との共演も出演の大きな要因だったようです。

──この作品を通して日本の観客に伝えたいこと、感じてもらいたいことなどありますか?
『英国総督 最後の家』
(C)PATHE PRODUCTIONS LIMITED, RELIANCE BIG ENTERTAINMENT(US) INC., BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND BEND IT FILMS LIMITED, 2016

監督:教科書には載っていない、本当のインド分離の歴史を知ってもらえたらと思います。日本とは、イギリスがインドを植民地化する前から貿易が行われていて、とても近しい関係を築いてきたと思います。実際に私が1981年に初めて日本の方と会ったのもインドの友人の家を訪ねた時でした。インドとのつながりを持っている日本の方々だからこそ、「エキゾチックなインド」ではないインドをこの映画で見て知ってほしいのです。『スラムドッグ$ミリオネア』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』のような“外国人から見たインド”以外のインドを知って欲しいですね。
 また、アジア女性の観点から歴史的事実を描いた映画なので、そういった点でも日本の方に見てもらいたいと思います。このテーマで映画が作られたのは『ガンジー』以来30年ぶりなんです。白人ではなく、アジア人であり女性である自分が描いているということも感じてもらいたいです。

(text:綿貫美咲)

グリンダ・チャーダ
グリンダ・チャーダ
Gurinder Chadha

1960年1月10日生まれ、ケニア・ナイロビ出身。2歳からはイギリス・ロンドンで育ち、大学卒業後はBBC放送のニュース・レポーターとしてキャリアを積む。イギリスに住むインド系女性たちを描いた『Bhaji on the Beach』(93年)で初の監督を務め、イギリス・アカデミー賞最優秀英国作品賞にノミネート。BBC放送の2部作ドラマ『Rich Deceiver(原題)』が人気となり、『What's Cooking?』(00年)でニューヨーク映画批評家協会より観客賞ほかを受賞。02年、世界的大ヒットとなった『ベッカムに恋して』を監督。06年、大英帝国勲章4等勲爵士を受章。15年にはミュージカル版「ベッカムに恋して」をイギリス・ウエストエンドで上演し、演劇批評家協会賞最優秀ミュージカル賞を受賞し、ローレンス・オリヴィエ賞にもノミネートされた。