『なぜ生きる-蓮如上人と吉崎炎上-』里見浩太朗インタビュー

アニメ映画初挑戦に「毎作品がデビュー」と笑う大俳優

#里見浩太朗

初めてだからこそ、やってみたいと思いました

浄土真宗の開祖、親鸞聖人の教えを広めた蓮如上人と、その弟子たちとの物語を描くアニメーション映画『なぜ生きる』が公開される。原作はベストセラー書籍「なぜ生きる」で、蓮如上人の声をあてたのは『長七郎江戸日記』『水戸黄門』など多くの代表作を持つベテラン、里見浩太朗だ。

キャリア60年を迎えた里見だが、意外なことにアニメ声優はこれが初。本作への思いはもちろん、里見とは切っても切れない時代劇の魅力、『リーガル・ハイ』で人気を博した“服部さん”についても直撃。「常にデビューですよ」とほほ笑む姿からは、あくなき探究心が伝わってきた。

里見浩太朗

──アニメ映画の声優は初だと伺いました。意外です。これまでにもオファーはあったと思うのですが。

里見:オファーはこれまでありませんでしたね。初めてだからこそ、やってみたいと思いました。アフレコという作業はこれまでに、自分自身の映像に合わせて、雑音などでセリフが聞き取れない箇所などに声を入れなおす作業はしてきています。ただそれは1度自分がやった芝居に合わせているわけです。アニメの場合は、自分ではない。自分がアニメの感情に合わせる。その辺の難しさはありましたね。でも楽しかったですよ、ええ。

──僧侶の役も初めてだったと。蓮如上人はどのような人物だと感じましたか?

里見:ええ、初めてでした。蓮如上人についてはね、何も考えることはないです。ちゃんと台本に蓮如上人という人の優しさ、大きさが書かれていますから。私がやるのは、それを声でいかに最大限に表現できるか。難しいですけれどね。人間が生きていくうえで何が大事なのか、何を感じて行動すればいいのか、その辺の魅力が蓮如上人の言葉に出ています。『なぜ生きる』の魅力はそこにあると思いますね。

時代劇には“魅せる”という楽しさがある
アフレコ中の様子

──本作の登場人物の了顕は、蓮如上人に出会ったことで人生が一変します。里見さんが特に影響を与えられたと感じた出会いを教えてください。

里見:俳優として演技の上では、いろんな先輩方の芝居を見たり、共演したりして、盗んだり教わったりして勉強したことはたくさんあります。それとは別にね、あるお寺の和尚さんとの出会いがありました。そこで、「人間は誰でも嘘をつく。つくけれども、『ごめんごめん、あれ嘘だったんだ、ごめんね』と笑っていえる嘘にしておきなさい。笑って嘘だと言えないような嘘をつくと、その嘘を隠すためにまた別の嘘をつかなきゃならなくなる」と、その和尚さんに教わりまして。なるほどなと思いましたね。

──俳優としても多くの先輩から学んできたということですが、いま里見さんが先輩の立場になられて、後輩の役者さんたちに伝えたいことはなんでしょうか。

里見:人さまの映画、人さまの芝居をなるべくたくさん見ること。それから小説をたくさん読む。それは勧めたいですね。感情や想像力が豊かになりますから。人の芝居を見ることで、自分自身も向上していきますしね。

──里見さんにはやはり時代物、時代劇のイメージが強くあります。時代劇に臨まれるうえで、誇りにしていること、時代劇の魅力を教えてください。

里見:現代劇では「おい、見てくれよ、俺の芝居を見てくれ」という感じはあまりありませんよね。ごく自然に、日常生活のようにいかに振る舞って芝居ができるかが大切になる。でも時代劇というのは、「この俺の振り返り方を見てくれ、刀の抜き方を見てくれ」という、“魅せる”という楽しさがあるんです。その辺が時代劇と現代劇の大きな違いでしょうね。キセルを持って吸う仕草ひとつとっても、いろいろあってね。時代劇でなければ見られないアクションというのがあるんですよ。僕らはかつて先輩たちと一緒に芝居したり、実際に見たりして育ってきましたが、今もたとえば『長七郎江戸日記』とか『水戸黄門』とか、BSなんかでもやってますのでね。自分たちのやってきたものを、参考書にしてほしいと思いますよ。

『なぜ生きる-蓮如上人と吉崎炎上-』
2016年5月21より全国公開
(C)「なぜ生きる」製作委員会2016

──現代劇もたくさん出ていらっしゃいます。この数年のご活躍でいえば『リーガル・ハイ』の服部さんがとても人気ですね。拝見していても里見さんご自身、服部さん同様にスーパーマンのイメージがあります。

里見:はは。近いところはありますね。いい加減なところも服部さんと同じですし、割となんでもできるのも服部さんと同じかもしれないです。僕も結構なんでもできるというか、「できるよ、やってやるよ」という気持ちはいつも持っています。服部さんといえば、脚本家の古沢(良太)さんに、「服部さんって何者なんですか?」と聞いたことがあるんですが、「わかりません。自分で勝手に考えてください」っておっしゃるんですよ(笑)。それで僕が考えたのは、香具師(やし)です。お祭りの境内で「はい、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」って物を売ってる人たちね。彼らは世界中だけでなく天国から地獄まで歩いてきたようなでたらめなことを言って、人を納得させて物を売るんです。服部さんはそれをやってたと。実際は経験してなくてもなんでもできるっていうね。そこから縁で古美門先生のお父さんに会って、堺(雅人)くん(古美門)の傍についたっていう設定を考えてやってましたね(笑)。

失敗は「もう済んだことだ!」とあきらめて、あまりくよくよしないほうがいい
『なぜ生きる-蓮如上人と吉崎炎上-』
2016年5月21より全国公開
(C)「なぜ生きる」製作委員会2016

──こうしていても里見さんのパワーが伝わってきますが、若さの秘訣を教えてください。

里見:みなさん若い若いって言ってくれますけど、あまり考えないですね。確かに同級生に会うと、「おい、お前本当に同級生か? 先生じゃなかったか?」っていう友だちもいますけどね。僕ら役者はだいたい若いですね。年齢より若い役をやっていることもあるし、精神年齢も若くしなきゃできませんからね。あとはくよくよしないこと。人間には失敗もあるけれど、そういう失敗に対しては、「もう済んだことだ!」って思っちゃう。だからあまりくよくよしないほうがいいですよ(笑)。

──はい、ありがとうございます(笑)。ただ、いまの若い人たちは壁にぶつかると、すぐに挫けてしまう部分もあります。

里見:確かに諦めが早いよね。それは3歩で行けばいいものを1歩で行こうとするから。だからダメになっちゃう。5歩かかるものだったら、5歩で行けばいい。それを1歩で、3歩で行こうとするから、ダメだってなっちゃうんですよ。

──キャリアを重ねられてきて、駆け出しのころのご自身と比べて、いまはこういう境地になったなという変化はありますか?

里見:いや、あまりないね。というのも、『なぜ生きる』でのアニメ声優もそうだけどね、初めての経験です。服部さんのような役もそうでした。だから常にデビューですよ。この前も京都弁の刑事をやったんだけど、それも初めて。「これ初めてだよ、デビューだよ」って言ってたね。常に新しく出発するという思いでいないと。変なところにどぶ〜んと浸かっちゃったら、進歩しないと思うんですよ。だから「俺は何も知らないんだ、これから勉強していくんだ」という思いでいたほうがいいと思ってます。でも同時に、僕には60年の経験があるんだというのを背中に背負ってね。そうしたものを背負いながら、これからもまだ勉強するんだという気持ちでいますね。

(text&photo:望月ふみ)

里見浩太朗
里見浩太朗
さとみ・こうたろう

1936年11月28日生まれ、静岡県出身。1956年、東映第三期ニューフェイスとして芸能界に入る。映画『天狗街道』で翌年デビューを果たした。主演ドラマ『大江戸捜査網』『長七郎江戸日記』などで人気を博す。代表作となった『水戸黄門』では助さん、(東映作品で)格さん、水戸光圀を演じた唯一の俳優。近年ではドラマ『リーガル・ハイ』で若者への浸透も深い。『なぜ生きる』は初のアニメ声優、初の僧侶役となった。