『Maiko ふたたびの白鳥』西野麻衣子インタビュー

ママになってもプリンシパル! 世界的バレエダンサーの素顔に迫る

#西野麻衣子

1人になりたい、撮影してほしくない瞬間もあった

15歳で英国へ単身バレエ留学をし、25歳でノルウェー国立バレエ団東洋人初のプリンシパルに抜擢されるなど、トップで活躍し続ける世界的バレエダンサーの西野麻衣子。現在、ノルウェーで最も有名な日本人とも言われている彼女を4年に渡って追い続けたドキュメンタリー『Maiko ふたたびの白鳥』がついに公開。

鍛え上げられた美しい肉体とまっすぐな瞳には思わず圧倒されてしまうものの、話し始めると大阪弁で気さくな雰囲気はまさに映画と同じ。今回は、そんな彼女が本作のプロモーションのために一時帰国し、インタビューが実現。家族や日本への想いを尋ねた場面では思わず涙を見せる場面もありつつ、出産を経て復帰をはたすまでの道のりについて、終始、笑顔で語ってくれた。

──新聞で麻衣子さんを知った監督からオファーがあったそうですが、監督はノルウェーで活躍する日本人ダンサーに興味があったのでしょうか?

昨年、映画の舞台挨拶のために帰国した西野麻衣子

西野:そういうことではなく、私を撮影したいということで、たまたま私が日本人だったというだけです。

──妊娠や出産の予定ついて、監督と事前に話をしていましたか?

西野:それは全くなくて、本当に偶然でした。 

──映画では、麻衣子さんのさまざまな表情を見ることができますが、監督が女性ということもあり、より心を開くことができた部分はありますか?

西野:そうですね。監督とは年代も近いですし、今では何もかもオープンに色んな話ができるお友だちになりました。

──4年間にも渡る長い密着撮影でしたが、撮影を断りたかったときはありましたか?

西野:11年間一緒に踊っていたパートナーが引退したとき、最後の舞台が終わって、楽屋でジゼルから西野麻衣子に戻る瞬間は1人になりたかったです。それでも、監督からは「絶対に撮影させて欲しい」と言われ、ケンカになりそうなくらいでした。
 もうひとつは映画にも使われましたが、妊娠がわかった後、自分の代役が出ている舞台を見たときに、「私の場所はもう埋まっている」と感じて、すごく複雑な気持ちになりました。その2つの場面は、今振り返っても1人になりたかったときですね。

他国のダンサーは引退するまで子どもなど考えられない
『Maiko ふたたびの白鳥』

──トップに立ち続けるためのモチベーションは?

西野:まずは、ポジティブ精神ですね。バレリーナだけではないと思いますが、いつも自分に言っていることは「女性として、人として、いつまでも興味深い存在でいたい」ということです。
 私は引退するまで、「これでもういい」と感じることはないと思います。若いダンサーにも「気持ちはあなたたちと一緒よ」といつも言っていますが、気分はいつまでも25歳でいたいと思っています(笑)。

──プライベートのご自分を、映像で客観的に見た感想は?

西野:この4年間ですごく自分が変わったと思いました。特に顔つきが変わって、キャリアウーマンだった4年前と母になった今の自分との違いには、映像を見てびっくりしました。

『Maiko ふたたびの白鳥』

──本作にも出演されているお母さんやご主人は、この作品についてどのようにおっしゃっていましたか?

西野:母と私の関係は大切だし、映画でも話しているように、母を女性としてもキャリアウーマンとしても尊敬しています。ただ、映画に出演することでプライベートを出すことは迷ったと思いますね。
 今回は、特に主人の方が「バレエのマジックがなくなるのが怖い」と言ってプライベートを見せることに抵抗があったようです。それに、「僕は映さないで!」といつも言っていて、4年経っても最後までカメラに慣れなかったみたいですね(笑)。でも、出来上がった作品を見て、彼も今ではすごく満足しています。

──復帰を決めたとき、「もしもの場合には、代役を立てることもある」という舞台監督からの厳しい発言もありましたが、その時の正直な気持ちは?

西野:バレエの世界は「ショー マスト ゴー オン」なので、それは覚悟していました。私のことを信頼してくれているけれど、舞台監督としては、もし私ができなかったとしても絶対に舞台をやらなければいけないので、彼女の気持ちもよくわかります。映画には使われませんでしたが、「もし私があなたの立場だったら、同じことを言っているわ」と伝えました。

──ノルウェーをはじめとした北欧での妊婦に対する受け入れ態勢や福祉はどうですか?

西野:本当に素晴らしいです。ノルウェーは、バレエダンサーとしてだけではなく、西野麻衣子としても成長できる国なので、今はノルウェー人の主人と幸せに充実した生活を送っています。

──北欧と比べて、他の国のバレエ団での福祉の状況はどうですか?

西野:まだまだですね。アメリカや他の国で活躍しているダンサーと話をしても「麻衣子は幸せね。私たちは引退するまで子どもなんて考えられないし、ダンサーとしてちゃんとお金をもらって生活できるなんていい国だわ」といつも言われるので、北欧は本当にすごいんだと思います。

家まで売ってサポートしてくれた両親に感謝している
日本で行われた『Maiko ふたたびの白鳥』記者会見には母(左)も出席

──母親になって、改めてお母さんに伝えたい想いは?

西野:「15歳で親元を離れてすごく勇気があったね」とよく言われるんですが、私だけではなく、15歳の私を海外に出した両親の勇気がすごいと思いました。特に、あの時代にはインターネットもなく、海外で娘がどんな生活をしているかも全くわからない両親と私との連絡は、1週間に1回の短い電話とFaxだけでした。私の夢を叶えるために(自宅まで売って)サポートしてくれた両親には、本当に感謝です。

──バレリーナをやめたいと思ったことはありますか?

西野:一度もないです! 他の職業を考えたこともありますが、それはバレエが嫌になったわけではなくて、「妊娠やケガをして、もし復帰することができなくなったら、私は何がしたい?」とは考えるようになったからです。

──具体的にやってみたい職業はありますか?

西野:メイクアップアーティストになりたいです。本当に他のことをするときは、バレエからは完全に離れて、違う自分を探してみたいと思っています。なので、その場合はバレエを引退して、別の世界で一からチャレンジしたいです。

『Maiko ふたたびの白鳥』

──もし、お子さんが「バレエダンサーになりたい」と言ったらどうしますか?

西野:男の子なので私とは少し違いますが、もし本気でなりたいと言ったら、困りますね(笑)。でも、どれだけ大変な世界なのかすべてを教えてあげたいです。どういう世界か全部をさらけ出して、「それでもやりたい!」と言ったらもちろんサポートします。
 でも、遠くに留学したいと言われたら、私の母みたいに外に出す勇気はないと思うので、「私も行く!」と言い出してしまうかもしれません(笑)。できれば近くに置いておきたいですが、そのときは両親を見習って外に出したいと思います。

──出産を経て、心境や舞台上での変化は?

西野:両親の気持ちになって考えるようになりました。あとは、役に入るまでの心構えが変わりましたね。言葉で説明するのは難しいのですが、何もかも意味が深くなったように感じています。

──マタハラが問題になっている日本とノルウェーの違いは何だと思いますか?

西野:ノルウェーではマタハラという言葉もないので、今回、帰国して初めてその言葉を聞いてすごくショックでした。日本とノルウェーで一番違うことは、国からのサポートです。そして、男性と女性が平等であることだと思います。

『Maiko ふたたびの白鳥』

──日本を離れたからこそ感じる日本の良いところと悪いところは?

西野:これからオリンピックも控えているので、日本人はもっとインターナショナルになるべきですね。考え方ももっとワイドにしていかないと日本はどんどんダメになってしまうと思います。ノルウェーに行って、日本の良いところはたくさんわかりましたけど、これからの日本には、変わってほしいという希望もありますね。
 ただ、日本の伝統はずっと残してほしいと思っています。今でも、日本に帰ってくるときに日本のパスポートを見ると、「日本人に生まれて幸せだな」と感じるんです。

──日本での映画公開を控えて、今の気持ちは?

西野:日本での公開が今までの公開のなかでも一番緊張していますね。あとは、この作品は両親への最高のプレゼントだと思っているので、喜んでもらいたいと思います。

(text:志村昌美)

西野麻衣子
西野麻衣子
にしの・まいこ

1980年5月26日生まれ、大阪府出身。6歳からバレエを始め、15歳の時に名門英国ロイヤルバレエスクールに留学する。その後、19歳でオーディションに合格してノルウェー国立バレエ団に入団。2005年には、25歳で東洋人初のプリンシパルに抜擢され、同年ノルウェーで芸術活動に貢献した人に贈られる「ノルウェー評論文化賞」も受賞した。武器は、172cmの長身と長い手足を生かしたダイナミックかつエレガントな踊り。また、私生活ではノルウェー人の夫・ニコライさんと長男・アイリフ君と3人暮らし。オペラハウスで芸術監督をしているニコライさんとは劇場で出会い、結婚した。現在も同バレエ団の永久契約ダンサーとして精力的に活躍している。