スカーレット・ヨハンソン好演、美も恐怖もすべてを経験し生き続けよ!の言葉が刺さる映画

#ジョジョ・ラビット#スカーレット・ヨハンソン#タイカ・ワイティティ#ローマン・グリフィン・デイヴィス#週末シネマ

『ジョジョ・ラビット』
(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC
『ジョジョ・ラビット』
(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC

【週末シネマ】『ジョジョ・ラビット』
S・ヨハンソンがオスカー助演女優賞ノミネート

2月に発表される第92回アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演女優賞など6部門にノミネートされた『ジョジョ・ラビット』は、第二次世界大戦末期のドイツに母親と暮らす10歳の少年ジョジョの物語だ。

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当時のドイツ少年なら大半がそうだったように、ジョジョはナチスに憧れていた。彼が心のうちを何でも打ち明けられるのは“空想上の友だち”のアドルフ。頭の中で作り上げた子どもじみたヒトラーに鼓舞されながら、ジョジョが青少年集団ヒトラーユーゲントの立派な兵士を目指す日々がユーモラスに描かれていく……と紹介するだけで、違和感を覚える向きもあるかもしれない。監督は製作・脚色も兼ねたうえで自らアドルフ役も演じるタイカ・ワイティティ。『マイティ・ソー バトルロイヤル』(17年)で全編ほとんどを即興演技で構成する大胆な手法で異色のマーベル映画を作ったワイティティらしい、型破りでチャーミングな成長物語になっている。10歳の少年の視点で描くので、物事の捉え方がすべて恐ろしいほどナイーブなのだが、だからこそ大胆に真実をむき出しにする確信犯的な演出だ。

訓練でウサギを殺すこともできない心優しいジョジョはある日、自宅に隠し扉を見つけ、その奥に隠れていた少女と出会う。それは母親のロージーが密かに匿っていたユダヤ人のエルサだった。なぜ大好きな母親が最大の敵を我が家に?とジョジョはパニックに陥るが、まるで悪魔のような存在と教え込まれているユダヤ人についてエルサから講義を受け、研究本を執筆しようと考える。

ジョジョを演じるのはイギリス出身のローマン・グリフィン・デイヴィス。全体主義に覆われた社会を無垢な視線で見続け、混乱の渦中に放り込まれながら、物事を1つ1つ自ら学び取っていく少年の成長を見事に演じた彼は、驚くことにこれがプロとしての初仕事だという。母親のロージーを演じるのはスカーレット・ヨハンソン。父親が戦争で消息不明になり、姉を病気で亡くしたジョジョの唯一の家族で、明るく勇敢で愛情深い母親を演じたヨハンソンはオスカー助演女優賞にノミネートされている。

ジョジョが弱音を吐いたり、悩みを相談すると、全然実用的ではないが親身になってアドバイスするアドルフをワイティティ監督自身が演じているのが興味深い。ニュージーランド出身の彼は両親がマオリとユダヤ系で、幼い頃から「ある程度の偏見を経験してきた」と語っている。母親から本作の原作小説「Caging Skies」を薦められて読み、自分のスタイルに寄せて大胆に脚色した。原作では主人公の少年は17歳で、エルサと同年代になるのだが、彼の年齢を大幅に下げたのは実に良い脚色だと思う。トーマシン・マッケンジーが演じる、聡明で機知に富むエルサにジョジョが導かれ、2人が姉弟のように見えることが功を奏する場面がいくつもあるのだ。

面白いのは、ジョジョにとってアドルフが近寄りがたい憧れの人ではなく、まるでクラスメートのような存在であることだ。カリスマ性のかけらもなく、恐怖心も煽らない稚気あふれるヒトラー像は、10歳の少年の分身と考えることもできる。ヒトラーユーゲントの指導教官・クレッツェンドルフ大尉の方がむしろジョジョにとっては威圧感ある存在だ。サム・ロックウェルが演じる大尉は戦場で片目を失い、少年たちの指導役にいわば左遷され、すっかりやさぐれて常に酔っ払っている。めちゃくちゃな人物だが、ロックスターのような妙な華があり、目が離せない。ロックウェルは本作と同日公開のクリント・イーストウッド監督の『リチャード・ジュエル』にも主人公の冤罪を晴らす弁護士役で出演しているが、どちらの作品でも弱い立場の者に対する一筋縄でいかない感情が面白い。ジョジョの唯一の実在の友だちで気のいいヨーキーを演じるアーチー・イェーツもいいキャラクターだ。

もしジョジョが現在生きているとしたら、80代後半。第二次世界大戦中に少年少女だった同年代で存命中の人々は大勢いる。小学生の悪ふざけのふりをしたこの映画を、彼らはどう見るだろう? 簡単に笑い飛ばせる記憶ではないはずだ。ワイティティが本作を作る上で、『プロデューサーズ』(68年)など、ヒトラーをネタにコメディ作品を60年代から撮り続けてきた93歳のメル・ブルックスは「雄弁で美しい作品だ」と絶賛したという。彼はエルサの世代のユダヤ系だ。

劇中に登場する、エルサの恋人が好きな詩人リルケの詩の一節が心に響く。「すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ」。戦禍を超えて、これから生きていくジョジョたちに手向けられる言葉だと思う。エンディングの歌も力強く響く。

歴史は繰り返す。だが、その度に少しずつ形を形を変えてくるから厄介だ。今や世界中で、悪い冗談かと思うような人物がトップに立っている。ワイティティは「今こそ、この物語が語られるべき時だ。あの時伝えておくべきだったと後悔しないためにもね」と言う。その通りだと思う。近い将来にジョジョやエルサ、ヨーキーのような経験をする子どもたちを存在させないために。

アメリカではPG-13指定(日本ではすべての年齢層が鑑賞可能なG)で、どぎつい描写はなく、幅広い層に向けて作られている。ファンタジーとユーモアを効かせながら、ポップな表層の下にファシズムの残酷をしのばせてあり、子どもから大人まで見るべき作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ジョジョ・ラビット』は1月17日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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