オスカー名匠が手がけた『ジェミニマン』は映画か? アトラクションか? 新旧世代で論争

#ジェミニマン#週末シネマ#アン・リー#ウィル・スミス

『ジェミニマン』
(C)2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
『ジェミニマン』
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【週末シネマ】『ジェミニマン』
新技術が映し出す映像に圧倒される!

マーティン・スコセッシがマーベル作品について「映画ではない」「最も近いものはテーマパークだ」と発言、フランシス・フォード・コッポラやケン・ローチなど名匠たちも否定的な意見を表明し、新旧世代を巻き込む論争が繰り広げられている。映画の定義とは何なのか、様々な意見が飛び交うなか、アン・リー監督、ウィル・スミス主演の『ジェミニマン』も、「映画とは何なのか?」について考えたくなる作品だ。

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予告編でも明かされる通り、政府機関の凄腕スナイパーが陰謀に巻き込まれ、差し向けられた刺客と対決するというストーリーだ。その刺客が自らのクローンで、しかも30歳若い青年という設定。中年のウィル・スミスがCGで作られた若いウィル・スミスと戦う。まさに30年前、ザ・フレッシュ・プリンスを名乗ってラッパーとして活躍していた頃の姿にそっくりだ。

まずオープニングから3D+in HFRの映像に圧倒される。新しい技術を取り入れることにも積極的な監督が、日本では劇場未公開になった前作『ビリー・リンの永遠の一日』にも採用した技術だ。通常、映画は1秒24コマだが、本作は1秒60コマというハイフレームレート(HFR)の3D映像。あらゆるディテールが鮮明で、すべてが本当に眼前の出来事のように感じる。高性能のビデオカメラのデモンストレーション映像のようという評もあるが、劇場の大きなスクリーンに映されるイメージは等身大以上で迫ってくる。見るというより、その場に居合わせるような臨場感は驚嘆のレベルだ。映像の中に自ら入り込んでしまう感覚は、映像との距離感を劇的に変化させるもので、先に公開されたアメリカなどで「映画らしくない」という感想が出ているのはある意味うなずける。

だが、監督はアン・リーなのだ。『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で2度アカデミー賞監督賞を受賞し、マーベルのヒーロー映画『ハルク』、あるいは『グリーン・デスティニー』や『ラスト、コーション』など幅広いジャンルに挑んできたリーは、ストーリーテリングの名手であり、だからこそ描く時代も場所もテーマも、それを見せる技術も常に変化する。本作では、父と息子ほどの歳の差がある自分同士という厄介な関係性を、ウィル・スミスというスターのチャームと演技力を駆使してドラマティックに盛り上げ、クローンをめぐる倫理的な問題から家族観にまで踏み込んでいく。かと思えば、アクション・シーンも抜かりない。特別仕様でも何でもないバイクを使うシーンでは、速すぎないスピード感が逆にリアルなスリルを醸し出したりする。メアリー・エリザベス・ウィンステッドが演じる強いヒロインやベネディクト・ウォン扮する頼れる戦友とのチームワークやユーモラスなやり取りも織り込み、エンターテインメントとして飽きさせない。

マーベル映画を「卑しい(despicable)」というきつい表現で切り捨てたコッポラは、映画に求めるものとして「何かを学び得ること、啓蒙、知識、インスピレーション」を挙げた。『ジェミニマン』は間違いなくその条件をクリアしている。だが、その映像の質感は、これまで映画の見た目として慣れ親しんできた24fpsとは明らかに違うレベル。映像を見るという体験で言えば、マーベル作品の方が旧来の「映画」を見ている気分になれるのではないだろうか。

個人的には「どれもみな映画」だと思う。画面の大きさ、映像の質、動画配信サービスの隆盛などなど、映画をめぐる環境は急速に多様化し、過渡期にある。

原案・脚本には『ゲーム・オブ・スローンズ』シリーズのデヴィッド・ベニオフが参加し、製作はジェリー・ブラッカイマー。最初に企画が浮上した1997年からトニー・スコット、カーティス・ハンソンといった監督たちやハリソン・フォードやメル・ギブソンなどの起用案もありながら、実現しなかった意欲作が、それに見合う技術とスタッフ、キャストを得て、ついに完成した。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ジェミニマン』は10月25日より公開中。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。

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