さすが天才・湯浅政明! 斉藤和義の名曲のハマりっぷりに驚く

#映画音楽#映画を聴く

…前編「好きなものを素直に好きと言えない現代日本の同調傾向に、真っ向から疑問投げかける」より続く

【映画を聴く】『夜明け告げるルーのうた』後編
下田翔大にしか出せない切実さと不安定さも生々しい

カイは退屈しのぎにPC上で音楽を作り、それを匿名で投稿サイトにアップしている。そのセンスの良さは誰が聴いても明らかなのに、バンドをやろうと持ちかけるクラスメートの誘いにもそれほど積極的ではない。そんなカイの日常が、人魚のルーの登場によって大きく変わることに。カイは音楽が鳴っている間だけ足が生えて踊ることができるルーと、音楽で心を通わせるようになる。

『夜明け告げるルーのうた』谷花音インタビュー

『思い出のマーニー』などの音楽を手がけてきた村松宗継による劇中音楽は、木村絵里子によるサウンドデザインを得て、ミュージカル・アニメとしての魅力を本作に与えている。バンドの演奏シーンやダンスシーンは、Flashアニメの特性も相まって本格的だ。かつて湯浅監督は、映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』で大滝詠一の楽曲(「1969年のドラッグ・レース」)が使われるパートの作画と演出を担当したことがあったが、その作風と音楽の相性の良さは本作でも変わらない。

楽曲として物語に欠かせないのが、主題歌であり劇中でカイによっても歌われる斉藤和義の1997年の楽曲「歌うたいのバラッド」だ。「本当のことは歌の中にある/いつもなら照れくさくて言えないことも」という歌詞の一節は、自分を素直に表現できないカイの気持ちそのもの。まるでこの作品のために書かれた曲であるかのようなハマりっぷりである。20年前にリリースされ、これまでも多くの人にカバーされてきたスタンダードと言っていい名曲だが、劇中でのカイによる歌唱はちょっと凄い。カイとほぼ同年代の下田翔大にしか出せない切実さと不安定さで、実に生々しく歌われている。

また、この「歌うたいのバラッド」には冒頭、「唄うことは難しいことじゃない/ただ声に身をまかせ 頭の中をからっぽにするだけ」という歌詞がある。あるインタビューで湯浅監督は本作の水泳シーンに触れて「人間は不思議な生き物で、“沈む”と思って身を硬くすると沈むし、“浮く”と思って気を楽にすると浮く」と語り、この曲との共通性を指摘している。これほど必然的で幸せな物語と歌の出会いは、そうあるものではない。(文:伊藤隆剛/ライター)

『夜明け告げるルーのうた』は5月19日より公開。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。