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『山〈モンテ〉』アミール・ナデリ監督インタビュー

黒澤明にも通じる狂気! 巨匠監督が“普通ではない現場”語る

『山〈モンテ〉』アミール・ナデリ監督インタビュー
無理だと思ってもやってみるという事が、人間には大切

『山〈モンテ〉』
2019年2月9日より全国順次公開
(C)2016 Citrullo International, Zivago Media, Cineric, Ciné-sud Promotion. Licensed by TVCO. All rights reserved.
現代イラン映画の巨匠、アミール・ナデリ監督の『山〈モンテ〉』は、中世後期のイタリアで、太陽を遮り人々を苦しめるようにそびえ立つ山に立ち向かう男の姿を描いた作品だ。

イタリアでのオールロケを敢行。黒澤明監督を敬愛するというナデリ監督が、黒澤映画を彷彿とさせるようなダイナミックな演出で描いた作品について、監督自身に語ってもらった


──企画の段階では、日本を舞台に企画されていたとのことですが、なぜイタリアが舞台になったのでしょうか?

アミール・ナデリ監督
監督:まず黒澤明監督の映画が大好きで、いつか黒澤作品のような映画を日本で作りたいと思っていました。当初、松竹も企画に乗り気だったため、プロデューサーのエリック・ニアリ氏と日本でロケーションを探しましたが、日本の山は砂山が多く、イメージしている岩山が見つかりませんでした。そのためイタリアで撮影することになり、イタリアを舞台にしたシナリオに書き直し、イタリアで黒澤明監督の映画の作り方を目指しました。例えば、黒澤監督の様に3台のカメラを使ったり、カメラの動きやサウンドをイタリアに持っていき作ることにしました。
 もちろん、イタリアにもパゾリーニやロッセリーニなどの映画監督もいますが、本作にはミケランジェロやダ・ヴィンチの様な芸術家のアイデアも足さなければいけないと考えていました。最終的には人間対自然という大きなテーマをイタリアでも表現することができました。また結果として、ヴェネチア映画祭で“監督・ばんざい賞!”を受賞できて満足しています。映画という言語はグローバルであり、文化が違う国でも伝えることができると思います。

──イタリアで撮影のための山を探すのは大変だったと思います。

監督:イタリアで山のロケーションを探していましたが、イタリアの山は国の所有ではなく個人の所有になり、北イタリアの山が見つかりましたが、一番の問題は山を爆発させなくてはいけないことでした。この映画を作る上で、山を崩すことを承諾してくれた家族がいたのは、とても幸運なことでした。

──イタリアでの撮影の様子を教えてください。

アミール・ナデリ監督
監督:撮影初日にキャスト・スタッフに「これから私たちは映画を作るのではなく、山という偉大な大自然と戦うんだ! 負けるかもしれないので、戦いに参加できない者はすぐ帰ってくれ!」と説明しました。残った人たちには、“幾ら過酷でも途中で止めたら一生後悔する”という気持ちが生まれてきたのです。皆の気持ちが変わってきて最後まで戦ってくれました。これが私の言う“狂気”なのです。

──過酷な撮影だったと聞きました。

監督:西島秀俊さんが主演した『CUT』もそうですが、私の撮影現場は普通じゃありません。
 まず、実際の自分たちの生活感を消さなくてはいけません。出演者は、携帯電話禁止、家族との話しも禁止、遊びに行くのも禁止です。西島さんもそうでしたが、少しずつ“この仕事だけをする人”になっていきます、この仕事とは“監督の魂が入っている映画作り”です。一緒に仕事をしていて初日の西島さんの顔と、撮影後半の顔は全然違います。大変過酷な撮影現場ですが、「ここでやめたらこの映画が出来上がらない、この映画が完成しないとこの監督は生きていけない!」という気持ちが皆に芽生えていき、皆の気持ちが繋がってくるのです。そういう気持ちが生まれてくるので、難しい仕事も最後までやり遂げることができるのです。一人ひとりが「新しい事を経験している!」という気持ちになるのです。
 要するに、私たちは映画というパラダイスに向かって一緒に旅をしているので、旅の途中大変な事があっても楽しめる、そういう気持ちになってきます。この映画作りのマスターは黒澤明監督だと考えています。

──撮影や色彩の感覚や中世の美術が素晴らしいですが、特にこだわった点は?

『山〈モンテ〉』
(C)2016 Citrullo International, Zivago Media, Cineric, Ciné-sud Promotion. Licensed by TVCO. All rights reserved.
監督:舞台となった山には主人公の住む村は元々なく、美術担当と6ヵ月間かけて村を作りあげました。険しい山の為に木材が運べず、ヘリコプターで運び、木材を落としてもらい、雨や雪の影響などで木材が傷んだりもしましたが、この村をゼロから作りました。最初からカメラの位置を考えて家を作ったので、山のどこに作るべきかは決まっていました。自分たちは最初テントで生活し、家ができあがってきたらそこで生活していました。セットはなくてロケセットでの撮影がほとんどです。映画の中のものは、すべてこの村の中で撮影しています。
『CUT』もそうですが、本作は特に別の場所のセットでの撮影やCGなどは全く使わず、皆で一緒にその土地に住んで服や建物もそこで作り、その土地の色になります、その新鮮さこそが大きな力になるのです。
   本作はセリフを使わず映像で語り、またロケーションの雰囲気や音で物語を語っています。
 山を長年かけて削ったしまったということを言葉で言うのと、実際に山を削るのでは全然イメージは違いますよね? 叩く音・叩く力の一つずつを役者もスタッフも監督も感じ、そして観客も感じるような映像を作る必要があったのです。

──『CUT』では、愛する映画をまもるためにたった一人で世界に立ち向かう男が主人公でした。今回も、普通なら諦めてしまう様な極限の状態の中でも諦めない主人公が登場します。監督のどういった部分から生まれたキャラクターなのでしょうか?

監督:これは生まれながらの自分の性分だと思いますが、人生に対してや今の自分に対して常に問いを抱えてます。
 私は運がいいので自分一人で考えるのではなく、映画を通して自分の問いを皆で共有し、皆で考えることができます。主人公の諦めない性格は完全に自分の性格なのです。
 セリフがメインにある映画は、小説や舞台を基にしているのではないかと思います。
 自分は映画を作らなくてはいけないので、映画で大切なのはアクション、サウンド、ビジュアルの3つであり、この3つを使って物語を語ることができれば、本来の映画に近づくことができるのではないかと考えています。
 何年も前から本作のような映画を作りたいと考えていました。黒澤監督の映画を見ていると、こういう難しい映画を作る勇気が湧いてきました。長年、「できる」「できない」と自問自答してきましたが、ある時期に自分の姿を見て「本作の主人公が山を崩さないと死んでしまうと思ったように、この映画を作らないと死んでしまう」と感じた時、作る勇気が湧いてきました。この映画を完成させてないと、残りの人生は絶対無駄になると感じました。
 自分が強く投影された映画が3つあります、『駆ける少年』、『CUT』そして『山〈モンテ〉』です。違う時代に監督した作品ですが、その時の自分を表した作品です。
『駆ける少年』では氷を炎の中に持っていくような少年でした。『CUT』ではもっと無謀な事に挑戦し、100回殴られてでも映画のために自分を犠牲にする青年になり、『山〈モンテ〉』ではもっともっと無謀な事に挑戦し、山を削って太陽の光を入れようとする男になりました。

アミール・ナデリ監督
 どんどん自分の首を締め、難しいことをしてきたと感じています。『CUT』が無ければ本作はなかったでしょう。
『CUT』と本作を作りあげることは容易ではなく、企画を考える技術が必要でした。例えば黒澤監督の『七人の侍』は最後の40分は、気持ちだけは出来ないのです。実際に一つひとつのシーンを考えた上で成り立っています。当然6ヵ月間もかかっています。
『乱』では城が燃えてしまうシーンがありますが、ただ火をつけて燃やしている訳ではありません。
 最も難しい事ですが、実行した上で観客を魅了するシーンを作り上げなくてはいけません。自分が犠牲になってでも、自分が作っているものを必ず信じなくてはいけません。私はそういう人生をおくってきました。残念ながら今ではこの様な映画作りは少なくなってきましたが、この様な方法で作った作品は後世に残ります。

──観客も“絶対に崩れない山に挑んでいる男”をずっと見ていますが、最後に崩れた瞬間に“本当に崩れたんだ”と感じさせます、それがこの映画の説得力だと思います。

監督:山が崩れることを知っていても、山を崩すシーンを見ていると納得してくるのです。
 75人のキャスト・スタッフと仕事していましたが、過酷な状況の中で「本当に山が崩れるのか?」と疑問に思いながら仕事をしていたと思いますし、観客も同じだと思います。
 私は最初からできると信じているとエネルギーが湧いてきませんが、絶対に無理だと思っても、それでもやってみるという事が人間には大切だと信じています。

(2019/02/14)


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アミール・ナデリ
Amir Naderi

1945年8月15日、イランのアバダン生まれ。スチールカメラマンを経て、『ハーモニカ』(74年)などを監督。『駆ける少年』(86年)、『水、風、砂』(89年)でナント三大陸映画祭グランプリを受賞し、世界的にも高評価を受けた。その後、アメリカに移りNYを拠点に活動。『サウンド・バリア』(05年)はローマ国際映画祭でロベルト・ロッセリーニ批評家賞を、『ベガス』(08年)はヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でSIGNIS賞を受賞。11年には西島秀俊主演の『CUT』を監督。また同年のTOKYO FILMeXでは審査委員長を務めた。最新作はロサンゼルスで撮影されヴェネチア国際映画祭で上映された『マジック・ランタン』(18年)。

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