『ファントム・スレッド』ポール・トーマス・アンダーソン監督インタビュー

究極の愛の行方に驚愕! 天才肌の監督が新境地語る

#ポール・トーマス・アンダーソン

ストリーム配信用の映像にはしたくなかった

1950年代のロンドンを舞台に、天才的な仕立屋と、彼のミューズとなった女性との愛の行方を描いた『ファントム・スレッド』。名優ダニエル・デイ=ルイスが主演をつとめ、本作を最後に引退することを表明していることでも話題を呼んでいる。

ラスト30分の驚愕の展開、究極の愛のサスペンスフルな心理描写で見る者を釘付けにする本作について、ポール・トーマス・アンダーソン監督に聞いた。

──本作は、あなたの新境地のような作品ですね。

監督:意識的にではなく、自然とそうなったんだ。しばらくの間、僕は恋愛ストーリーのようなものへと立ち返るような気がしていた。今度は、古き良き恋愛映画の番かなと。そして、女性が主人公のストーリーを作りたいと常に思っていたんだ。世の中には素晴らしい女優たちが沢山いるからね。当時、僕は(ヒッチコック監督の『断崖』でアカデミー賞を受賞した)ジョーン・フォンテインに特別なものを感じていた。でも2〜3年前は、ジョーン・フォンテイン的な人があまりいなかったんだよね。多分、男は皆、ジョーン派か(ジョーン・フォンテインの姉で『女相続人』でアカデミー賞を受賞した)オリヴィア(・デ・ハヴィランド)派で、僕はジョーン派なんだ。でも一番の理由は、またダニエルと一緒に仕事がしたかったということだね。

──『ファントム・スレッド』はゴシック・ロマンスの要素があります。本作を撮るにあたって多くの映画を見返しましたか?

『ファントム・スレッド』
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監督:リストのトップにあるのは、皆もよく知っている作品で、『めまい』と『レベッカ』。そして、色んなバージョンがある『ガス燈』と、『断崖』もあったよ。でも、色々探していると、一度も聞いたことのない作品がたくさんあった。中でも、『呪われた城』は面白かった。知らない作品を発見できたことは大きかったよ。しばらくの間、(怪奇小説で人気を博した古文書学者の)モンタギュウ・ロウズ・ジェイムズに少しはまっていたよ。彼は、古典的ではあるけど、それほどゴシック風なロマンスを書く感じではない。キャロライン・ブラックウッドもすごく素晴らしい作家だと思うよ。

──この作品は、一人のアーティストの物語でもありますよね。これはご自身の経験も入っていますか?

監督:僕自身はアーティストではないし、アーティストについての映画は扱いづらいんだ。ひらめきの瞬間なんて、大抵かなり使い古されているし。でも、自己陶酔した役柄が必要だったんだ。他にも候補の職業はあって、例えば医者とか。でも、彼をファッションデザイナーにするという考えが、一番スマートのように思えたんだ。とても魅力的で統制のとれた世界を描けそうだと。映画監督であることと、ファッションデザイナーであることには多くの共通点があると思う。結局は、両方とも、お金を払った上に見に来てもらう何かを作っているんだと思う。なので、自分のためにやっているけど、それだけではない、ということなんだ。

──この作品は柔らかく、落ち着きがあり、立体的でいて官能的でもありますね。

『ファントム・スレッド』撮影中のダニエル・デイ=ルイス(左)とポール・トーマス・アンダーソン監督(右)

監督:目標にする大きな考えなんて何一つ無かったんだ。すべてが試行錯誤だった。あの時代のファッション写真は本当にたくさんあり、大抵は非常に美しいけれど、ただそれだけなんだ。直観的に何かが違ったんだ。なので、色々な方法を試したよ。「少し画像が粗くて汚れた感じだったらどうなんだろう? とても微かな光で、狭い場所での撮影をすることには、実際どんな問題があるんだろう?」という風に。すると突然、これだというものを思いついたんだ。柔らかくて絵画的な。マーク・ブリッジスが考えたコスチュームを見ること、つまりコスチュームに適する環境なんだ。僕たちが話していた多くのゴシックロマンス映画はモノクロ。白黒映画のように、光を多く当てるとダメなんだ。ただ見苦しいだけだからね。なので、多くの試みを経て、遂に美しく見えるものに落ち着いたよ。それと、最近多くのテレビで見られるものへの当てつけも少しあったね。過度に鮮明にし過ぎているんだ。全てが余計に調整されており、くっきりし過ぎだよね。僕たちは、それと戦っていたように思う。ストリーム配信用の映像にはしたくなかったからね。

──あなたの他の全ての作品と同様に、『ファントム・スレッド』も家族がテーマとなっています。やはり、それはあなたの作品に一貫するものですよね?

監督::全くその通りだよ。それから離れることはできないんだ。僕にとって「家族」とは、飲食のようなものだよ。「もし、(レスリー・マンヴィル演じる)シリルが彼のアシスタントか事務員だったら、同じことになっていたか?」と考えると、きっとそうではないよね。脚本を書き始めた時、この女性が登場することは分かっていた。彼女は、彼の生活において強い影響力を持っている。僕は、「それは彼の姉だ」と思ったんだ。偶然にも、私のリサーチで、ビジネスの最前線にいる多くの人々には姉妹がいることが分かったからね。でも理解するのは、そんなに難しいことではなかったよ。裁縫が出来る将来有望な少年がいて、母親は彼に執着し、彼がなり得る最高のレベルへと後押しをする。そして、過小評価され隅に追いやられている娘は、「私が死んだら、彼の面倒を見るのよ」と言われるんだ。

ポール・トーマス・アンダーソン
ポール・トーマス・アンダーソン
Paul Thomas Anderson

1970年6月26日生まれ、米国ロサンゼルス出身。10代の頃からビデオカメラ で映画を撮り始め、短編“Cigarettes & Coffee”(93年)がサンダンス映画祭で注目され、『ハードエイト』(96年)で長編デビュー。その後、70〜80年代のポルノ業界の隆盛と衰退を描いた『ブギーナイツ』(97年)を発表し、批評と興行の 両面で成功を収めて一躍人気監督の一人となる。続く『マグノリア』(99年)も高く評価され、群像劇の名手と目されるように。その他、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(05年)、『ザ・マスター』(12年)、『インヒアレント・ヴァイス』(14年)を監督。