『ラム・ダイアリー』ジョニー・デップ インタビュー |
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『ラム・ダイアリー』は、主演でもあるジョニー・デップの盟友にして反骨のジャーナリスト、故ハンター・S・トンプソンの自伝小説を映画化した作品だ。1960年のプエルトリコを舞台に、地元で記者として働き始めた主人公ケンプが、アメリカ人企業家やその婚約者との関係を通じ、危うい世界へと入り込んでいく様子が描かれていく。
過去の主演作『ラスベガスをやっつけろ』もトンプソンの原作を映画化したもので、本作はデップ自身が映画化を企画。製作、主演を兼務した。そんな思い入れの強い作品についてデップが語った。
デップ:亡きハンター・S・トンプソンに敬意を表し、彼の名前が入ったイスを置き、表紙に彼の名前を入れた脚本を置いたんだ。さらに、彼が好きだったダンヒルのタバコ1箱とライター、灰皿、そしてシーバスリーガルのボトルに、氷を満たしたタンブラーを置いた。
毎朝、セットに行く度に、小道具係がシーバスのボトルを手にとって、タンブラーに満たしてくれた。僕達はそれに少し手をつけて、まるでコロンのように、自分たちの耳の後ろに塗ったんだ。それから仕事を始めた。だからハンターは、いつも僕達と一緒に現場にいたんだよ。
デップ:初めて会ったのは1994年。僕はアスペンにいたんだけど、そこに、ジャック・ニコルソンの友人で、ハンターの友人でもある人がいて引き合わせてくれたんだ。ウッディ・クリーク・タバーンという店の奥で、ハンターが来るのを待ったんだ。するとドアが開いて、ハンターが牛追い棒みたいな棒を振りながら、「邪魔だ! どけ!」と叫んでいた。それに、警官が持つような警棒も持っていて、彼の前にいた多くの人たちがサッと道を開けたんだ。彼は僕の方に近寄ってきて「おい、調子はどうだ? 俺がハンターだ」って言った。それが最初だったよ。僕が、彼の生まれたケンタッキー出身だとわかり、僕たちの間には何の垣根もなくなったんだ。
その後、僕たちは彼の家に行った。みんなでプロパンボンベとグリセリンで爆弾を作って、それを散弾銃で撃った。それが、彼に出会った最初の夜で、僕たちは友人になり、その後も連絡を取り合った。
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ジョニー・デップ
Johnny Depp
1963年6月9日、アメリカのケンタッキー州で生まれる。ロックグループ「The Kids」のミュージシャンとしてキャリアをスタートさせ、ロサンゼルスを拠点に活動。バンド解散ののち、オリヴァー・ストーン監督の『プラトーン』(86年)などに出演し、人気テレビ番組『21ジャンプ・ストリート』(87〜91年)で脚光をあびる。90年の『シザーハンズ』で初めてゴールデングローブ賞最優秀男優賞にノミネートされ、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(03年)ではキャプテン・ジャック・スパロウ役で米アカデミー賞主演男優賞にもノミネート。『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(07年)でゴールデングローブ賞最優秀男優賞を受賞した。 主な出演作に『チャーリーとチョコレート工場』(05年)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(06年)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(07年)、『アリス・イン・ワンダーランド』(10年)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉』(11年)、『ダーク・シャドウ』(12年)などがある。 |

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