『ワン チャンス』ポール・ポッツ インタビュー

奇跡の歌声を持つオペラ歌手のドラマティックな半生が映画化

#ポール・ポッツ

人生を真剣にとらえすぎると、つらくなる

携帯電話の販売員から、CD400万枚の大ヒットを飛ばすオペラ歌手になった男。あのスーザン・ボイルを輩出したオーディション番組から生まれたもうひとりのスター、ポール・ポッツの半生を描く『ワン チャンス』公開に合わせて本人が来日した。

素顔のポッツはとにかく、いい人。少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべながら、穏やかな表情で質問のひとつひとつ誠実に答えてくれる。好きな歌は何かと尋ねると、やはりはにかみながら、「ラ・ボエーム」の一節をハミングしてくれる。

だが、そのサービス精神は「NO」と言えない弱さではない。瞳の奥に芯の強さがうかがえる彼ならではの優しさであることが、言葉の端々から伝わってきた。

──ご自身の半生が映画化されると知ったときの気持ちを聞かせてください。

ポッツ:ふざけてるんじゃないかと思いましたよ、僕の人生を映画にするなんて(笑)。本当に驚きました。でも素晴らしい映画ができたと思います。コメディとドラマの要素がバランスよく、たくさん笑ったし、感動しました。温かい気持ちになれましたね。

──笑ったというのは意外です。少年時代からいじめられたり、病気や怪我など、苦しみも少なくない半生でしたが、今は笑顔で振り返られる心境になったのですね。

ポッツ:自分のことを笑えるのも大切だと思うんです。人生をあまり真剣にとらえすぎては、つらくなってしまいますから。

──劇中の歌声はすべてあなたが担当しています。普段のように1曲歌いきる形ではないし、大変な作業だったのでは?

ポッツ:そうですね。いつもとはちょっと違うやり方でした。歌の録音は映画の撮影が全部終わってから始まったのですが、映画で僕を演じるジェームズ・コーデンの口の動きに合わせなければなりませんでした。そして、そこには彼が演じている役の感情もある。それを表現するのは難しかったですね。でも、何かに挑戦するのは好きなんです。

ポール・ポッツ

──歌うといっても、演じるのに近い感覚でしょうか。

ポッツ:そうですね。わざと下手に歌わなければならないシーンもありました。デイヴィッド・フランケル監督に「下手さが足りない」と言われました(笑)。僕自身はかなりひどいと思ったのに、監督からは「いやいや、まだかなり上手いよ。もっと下手くそに歌ってくれないと」と言われて……。あれは大変でした(苦笑)。パヴァロッティの目の前で歌うシーンでは、音を外したり。本能に逆らう感じなので、すごく難しかったです。

プロになっても、歌に対する愛は変わらない
ポール・ポッツ

──歌はあなたにとって、つらい時期の救いになった大切なものですね。

ポッツ:歌だけが友だちだったこともあります。歌うことで安心できたり。うまく説明できませんが、歌は僕だけの居場所へと導くドアの鍵のようでした。ただ、プロになるということは、居心地のいい僕だけの場所を大勢の人たちと共有することになる。それは少し怖かったです。外へ向けてドアを開くことで、批判を受けたり、嫌なことも起きるんじゃないかと心配だったんです。プロになって、歌に対する感情が変わるかもしれないとも思いました。でも、デビューして7年になりますが、“仕事だ”という気はしないというか、歌に対する愛は変わりません。

──あなたはウェールズの小さな町に生まれ育ち、周囲にはオペラを聞く男性なんて誰もいなかった。だからこそ、いじめの対象にもなったりしたのではないかと思いますが、それでも自分を変えずにい続けた強さに心を打たれました。

ポッツ:強さというか、頑固だっただけです。自信はなかったけれど、周りに合わせようと自分を変えても意味はないと思っていました。子どものとき、いじめられても「無視しなさい。そうすれば、そのうち収まるから」と言われ続けました。でも、それではいじめで受けたネガティブなエネルギーはどんどん心の内に溜まっていってしまいます。だから、ちゃんと周囲の人たちと話し合うことは大切だと思います。

──映画は、あなたと奥様の素敵なラブ・ストーリーでもあります。彼女は本当に素晴らしい女性ですね。

ポッツ:妻はいつも僕のそばにいて支えてくれています。映画で描かれた通り、よく似ています。映画を見ていて、自分が思っている自分自身と、人から見た自分というのは違うものだと気づきました。見ながら、「僕って、こんなじゃないよね」と妻に聞くと、「あら、そうよ」と、「僕はこんなことしないよ」と言うと、「きっとするわよ」と言われました(笑)。彼女は大切なパートナーですね。

ポール・ポッツ

──おふたりの恋愛は映画に描かれた通りだったのですか?

ポッツ:大体そうです。メールで交流していた頃、僕は彼女がどんな外見か知りませんでした。でも、彼女は僕の写真を見ていました。それでも逃げられずに済んだ僕はラッキーでしたね(笑)。ネットを通じて知り合ったのも事実ですが、互いをブラッド・ピットとキャメロン・ディアスと名乗るくだりはフィクションです。僕もそれを思いつけばよかった(笑)。

──最後に、気に入っている場面があれば教えてください。

ポッツ:イタリアのヴェネチアに留学して、二重唱を一緒に歌うパートナーの女性の家に食事に招かれるシーンです。大家族での食事会で、でたらめなイタリア語を話す場面がとても面白かった。そして、それに続く二重唱のシーンですね。プッチーニの「ラ・ボエーム」で、曲も本当に素晴らしいのですが、ヴェネチアの映像が美しくて、とても素敵なシーンです。

(text=冨永由紀)

ポール・ポッツ
ポール・ポッツ
Paul Potts

1970年10月13日、イギリス、ブリストル生まれ。10歳から教会の聖歌隊に参加し、歌い始める。周囲の腕白な男の子からかわれながらもオペラ歌手を夢見ていた。大学卒業後はスーパーマーケットに就職し、市議会議員を務める傍ら、アマチュアの劇団でオペラを学び、ボイストレーニングを続けた。99年には英国のテレビ番組『Barrymore's My Kind of Music』で獲得した賞金を元手にイタリアへ私費留学し、本場でオペラを学んだ。病気や怪我に苦しみながらも歌は諦めず、07年にはあのスーザン・ボイルを輩出したオーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演。美声を認められ、一躍スターとなった。

ポール・ポッツ
ワン チャンス
2014年3月21日よりTOHOシネマズ 有楽町ほかにて全国公開
[監督]デビッド・フランケル
[脚本]ジャスティン・ザッカム
[出演]ジェームズ・コーデン
[楽曲吹き替え]ポール・ポッツ
[原題]ONE CHANCE
[DATA]ギャガ

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