『ナチュラルウーマン』ダニエラ・ヴェガ インタビュー

トランスジェンダー女優が語る“反逆・抵抗・愛”

#ダニエラ・ヴェガ

男や女はこうあるべきと決めつけるために苦悩する人がいる

最愛の人を失った悲しみの中で容赦なくぶつけられる差別や偏見。トランスジェンダーであるというだけで、愛する人に永遠の別れを告げることも許されない……。アカデミー賞外国語映画賞(チリ代表)にノミネートされた『ナチュラルウーマン』は、自分らしく生きたいと願う人々にエールを送る感動作だ。

主演はダニエラ・ヴェガ。自身もトランスジェンダーの歌手である彼女に、映画について聞いた。

──当て書きじゃないかと想像してしまうほどダニエラさんに合った役でしたが、出演の経緯は?

ダニエラ・ヴェガ
(C)mitsuhiro YOSHIDA/color field

ヴェガ:はじめは監督にトランスジェンダーについて知りたいと言われ、映画のプロジェクトのことは詳しく聞いていなくて、相談役のような感じで1年半くらい、自分の人生哲学やプライベートなどあらゆることをおしゃべりしていました。すると、ある日突然、この映画の脚本が送られてきて、そこでこれまでの事が、映画の為だったと後からわかりました。脚本を読んで、ドイツに住んでいるレリオに「面白いけど、ほとんど理解できない」と伝えると、「演じるのは君だよ」と言われて。電話口では「わかった」とは言ったけれど、その後、3日間飲み歩いて酔いつぶれて、二日酔いが醒めたあとにきちんと現実と向き合い、オファーを正式に受けました。

──本作は2本目となる主演作です。歌手であるあなたが演技を始めたきっかけは?

ヴェガ:小さい頃から歌を歌っていたので、アートの世界でどんなことが出来るかいろいろ試していたのですが、演技に関しては劇団の練習を見学させてもらっていて、一週間くらい見学しているうちに「ここはもっとこうした方がいいんじゃないか」と意見を言ったところ、意見を言えるくらいだから君ならできるね、ということで本を貰って1週間後の舞台に出て、もし本気でやる気があるなら小さな役だけどやってみるかと言われ、小さな役を貰いました。その時の演技を、1本目の主演作(『La Visita』/14年)の監督が見ていて、出てみないかと勧めてもらったんです。その後、モノローグの仕事をやり、そこでレリオ監督と知り合ったり、その後もビデオクリップや音楽の仕事をしています。

ダニエラ・ヴェガ

──トランスジェンダーの役を演じるプレッシャーはありませんでしたか?

ヴェガ:プレッシャーと言うよりも、自分たち(トランスジェンダー)の物語が少ないので、そこに注目されるのは分かるのですが、そこだけでなくもっと別の部分にもフォーカスしてほしいと思います。例えばニコール・キッドマンは女性だからと言って女しか演じられない、とは言われないでしょう? 私が特別なのではなく、どんな俳優も大なり小なり、自分の経験や感情を演技に生かしていくものだと思います。

──強さと美しさを兼ね備えた素晴らしい演技でした。主人公のマリーナ役に、あなた自身は投影されているのでしょうか?

ヴェガ:褒めていただいてありがとうございます。ただ、映画を見ていただければ、その強さと美しさは全体の女性性であり誰もが持つものであるとわかると思います。監督とも話して、「尊厳・粘り強さ・反逆性」という普遍的な女性性の3つの要素を柱にこの役を構築しました。なので、周りの誰かを真似したとか、自分を投影したとか、特定の誰かを参考にして演じたわけではありません。自分に価値がないと思っている人がたくさんいると思うけれど、もっとみんながどういう形であれもっと自由に生きるために、この3つの要素の上にマリーナのキャラクターを築いていくと決めました。俳優は自分が演じる役柄について、その人物像を考え、創造する責任を負っていると思います。

──この物語は、性的マイノリティが対面する逼迫した状況を描く作品だと思いますか?

ヴェガ:そういった概念の作品だとは思いません。トランスジェンダーの人物像が世間の目と闘うだけの映画ではなく、大きくなテーマは「死によって別たれた愛の物語」です。そして彼女が自らを取り巻く一つ一つの壁とどう対峙していくかということが描かれます。トランスであるか否かということは、オルランド(亡くなった恋人)の家族や周りがそういう目で見るから定義づけられてしまうだけのこと。チリの性的マイノリティの実情も同様で、本人の意思に関わらず、周囲が男や女はこうあるべきと決めつけてしまうために苦悩する人がいるのです。

──映画ではマリーナに対し、失礼で傲慢な態度をとる人々が現れますが、彼女は自分らしさを失わずにポジティブに決然と生きていきます。その原動力の源は何だと思いますか。
ダニエラ・ヴェガ

ヴェガ:彼らにとってマリーナが“脅威”であるということを、マリーナ自身よく分かっているからこそ、暴力に暴力で応えないのです。マリーナには、(死んだ)オルランドが焼かれてしまう前に絶対に彼に会わなければ、という最大にして唯一の目的がありました。それが彼女を突き動かしたのです。

──日本では昨今、LGBTを取り上げた映画やドラマがたくさん輩出されています。このムーブメントについてどう感じますか?

ヴェガ:今この時代というのは、人類の歴史の中で一つの検証の段階に来ているのだと思います。国境や民族、性差など、自分たちの中に境界を作ってしまった理由を考える節目の時を迎えているのです。なにを排除してきたのか? なぜ世界はこうなったのか? なぜ共感の限界を定めてしまうのか? そんな常識に縛られた限界を飛び越えた存在というのが、トランスジェンダーなのでしょう。彼らから学ぶ部分があると考えているのだと思います。現在は、私たちが歩んできた歴史を振り返る時期に来ていて、それを問いかけるのが、今作られている映画やドラマなのかもしれません。

『ナチュラルウーマン』

──あなたは人生を前向きにとらえる方だと思いますが、今後、世界の状況はよくなっていくと思いますか?

ヴェガ:世界を見ると、今は冬の時代に向かっていると思います。けれど雪の下には花が咲いていて、それを掘り起こすかどうかは自分たちの能力次第だと思います。一番大事なのは、自身への恐れへの反逆、恐れることを恐れないこと、そして見返りを期待しない愛を持つことだと思います。もしもそれができたら、みんなを呼んで一緒に戦おうと言えるけれど、まずは自分ができないと言えないから、今はそのための準備だと思っています。

──あなたが生きていくうえで大切にしているもの、ポリシーは何ですか?

ヴェガ:“反逆性”と“抵抗”と“愛”です。私は何か公式にタイトルを持っているわけではないし、歌も演技も独学で、大学を出ているわけではありません。アートへ通じる扉はすべて閉ざされていて、だから反逆児である私は(ドアからではなく)窓から入って欲しいものを手に入れました。政治権力、差別や偏見、自由に生きるものを拒むものに対して、私は抵抗します。今、私たちが生きる世界は、前の世代が作り上げたものに他なりません。私たちが多様性という新しい認識を築くことで、次の世代が進む道になっていくのです。生きたいように生きる人生の為に、私は闘います。

ダニエラ・ヴェガ
ダニエラ・ヴェガ
Daniel Vega

1989年6月3日生まれ、チリのサンティアゴ出身。8歳でオペラ歌手としての才能を認められる。高校卒業後はヘアスタイリストとして働く傍ら地元の劇団で演技をスタート。14年に著名なソングライターのマヌエル・ガルシアのビデオクリップに登場し話題を集める。 17年には演劇「Migrantes」でテアトロ・ア・ミル国際演劇祭の最高賞のひとつに選ばれた。同年、『ナチュラルウーマン』 で脚光を浴び、ベルリン国際映画祭で絶賛された。