『花と雨』笠松将インタビュー

ヒップホップの歴史的名盤モチーフ、一人の若者の成長の物語に主演

#笠松将

作品に携わった人全員に感謝だなと思いました

ジャパニーズ・ヒップホップシーンを代表するアーティストSEEDAが2006年に発表した伝説的アルバム「花と雨」を原案に、彼の自伝的なエピソードも交え、“何者かになりたい”一人の青年が葛藤しながらも成長する姿を描いた映画『花と雨』がいよいよ劇場公開される。

主演・吉田を演じるのは「僕はこの作品と共に、一番に這い上がりたい」と意気込む俳優・笠松将。主人公・吉田の静かな怒りや渇望感が一体化した演技は、観客に忘れられないインパクトをもたらしている。本作が長編映画初主演となった笠松将に話を聞いた。

──2019年はドラマ、映画と本当にたくさんの作品に出演されて、大活躍の1年だったと思うのですが。2019年を振り返るといかがでしたか?

笠松:2018年も2017年も振り返ると忙しかったんですけど、ただ、2019年は演じる役のボリュームが大きくなってきたなという実感があります。2017年ごろは、本当に芝居どころがない役というか、いるだけみたいな役が多かったですから。もちろん小さい役も一生懸命やってきましたけど、2018年になってからは、少しずつ大きな役もやらせてもらうようになりました。そして2019年に入ってから大きく変わってきたなと思うのは、先の予定がどんどん埋まってきているということ。そんなに先の映画の話を今の段階でいただけるのかと思って。それはありがたいことだなと思います。

──長編映画としては初主演作となったわけですが、意気込みも違ったのでは?

笠松将

笠松:この映画にはいろんな“初めて”が重なっています。僕も初主演だし、監督も初監督。プロデューサーも映画が初プロデュース。SEEDAさん自身も、映画化されるのはもちろん初めてだし、映画作りに関わるのも初めて。僕にラップを指導してくれたラッパーの仙人掌さんも、演技指導で人にラップを教えるのは初めて。だからみんながすごく新鮮だった。初めてだからこそみんな手探りだったし、妥協しないで生まれるエネルギーがあったと思います。それはもちろんスマートじゃなかったかもしれないけど、でもそうした無駄なこともなんかも全部踏まえて、この作品にとって意味があることでした。もちろん僕も最初は力んでいたんですけど、でもたくさんの準備する時間や場所をくれた。この映画の作り方や、作品への向き合い方は何か僕が今まで経験してきた中でも、トップクラスで丁寧だったなと思います。

──今回の役はオーディションを受けたとのことですが。

笠松:オーディションでは、SEEDAさんを演じる上で最低限これができる人、こういう人といった募集要項があったんですけど、それに僕はひとつも当てはまってなかったんですよ。でも僕はこの「花と雨」というアルバムが、そしてSEEDAさんというラッパーが好きだったので、この作品に携われるんだったら、それで幸せなことなんです。やはりSEEDAさんを演じる上で、嘘はつけないじゃないですか。これはあくまで『花と雨』という映画であって、SEEDAさん本人の役じゃないよとは言っても、そこにあるのはやはりSEEDAさんなわけですから。でも蓋を開けたら主役でと言われて、最初はマネジャーさんが間違えたのかなと思ったんですけど、本当に主役で驚きました。当時どんな作品よりも決まったことが嬉しかったですし、同時に失敗できない緊張が生まれだしました。

──心に迫る物語でしたが、本作の台本を読んだ時はどう感じました?

『花と雨』
(C)2019「花と雨」製作委員会 

笠松:当時の僕は正直、台本が面白いとか、面白くないとかいう判断が出来なかった。今でも分かってるわけじゃないですけど、でもこのときはもう主役をやれるというだけで、ちょっとハイになっていた気がします。台本がどうということはなかったんですけど、それよりも、自分が憧れてきた人たち――SEEDAさんをはじめとしたいろんなラッパーの人たち、音楽の世界の人たちに、僕はものすごく力をもらってきたんです。今でも毎日、音楽を聴いていいるのでだんだん怖くなってきて。僕みたいに、ヒップホップやラップが好きな人が、もっと言えばめちゃくちゃ音楽が好きな人がこの映画を見に来たときに、ガッカリさせたくなかった。叩かれるのは全然構わないんですけど、「やっぱりこんなもんだよね」と烙印押されたら、SEEDAさんに対しても恩を仇で返すようなことになってしまう。だからと言って果たして何をすればいいんだ、というのも分からなかったから、撮影に入ってもっぱり怖かったんです。でも、初めてこの映画を初号試写で見たときに、出演できてよかったなと、自分のやっていることは間違ってなかったと思った。作品に携わった人全員に感謝だなと思いましたね。

──ラップのシーンは心を揺さぶるパフォーマンスでしたが、役作りはどのようなところから始めたのでしょうか? 例えば発声練習とか、早口言葉とかから始めたのでしょうか?

笠松:僕もそういうものを想像していたんです。だから今回の撮影において、(ラップを指導した)仙人掌さん、もっと言うならSEEDAさんにラップはどうやったらいいのか聞いたんですよね。そしたらSEEDAさんは「だって笠松さん、この作品のためにめちゃくちゃ練習してくれるでしょ。だったらラップなんて誰にでもできるよ」って。そのセリフを言われた時の顔とか、場所とかも全部覚えてるんですけど。それはとても深いなと思ったんです。それから仙人掌さんは、特に言葉で何かを言ってくれたわけではなかったんですけど、ライブを見に行った時に、普段、穏やかな仙人掌さんが「なんで俺が10年間も最高のMCと言われたか教えてやるよ!」と舞台上で言っていて。本当に床抜けるんじゃないかってくらい、ブワーーッとお客さんが沸いたんですよ。それを見て、これなんだなって。多分、こうやってステージに立てなきゃ駄目なんだなと思わされたというか。そういうことをSEEDAさんと仙人掌さんから教わりつつ感じさせてもらったことですね。

──具体的なスキルじゃなくて、背中を見たということですね。

『花と雨』
(C)2019「花と雨」製作委員会 

笠松:あと自分でやったのは、「花と雨」というアルバムを全部文字に起こして。全部歌えるようにしたことですね。

──「花と雨」のフレーズは、劇中のセリフでもいろいろと引用されている部分があったので、それは作品をより理解する手助けとなったのでは?

笠松:そうですね。映画でも引用されている箇所はたくさんありましたね。この場面はあそこから引用されたところだなと思うところも多くて。確かにやりやすかったですね。

──それでは最後に、これから映画を見る人にメッセージを。

笠松:ヒップホップが好きで、SEEDAさんのことが本当に好きな人ならば、きっと深く、細かいとこまで見てくださると思います。でもヒップホップになじみがなくて、その世界観も分からない方もいらっしゃると思います。ただ、作品としてはこれはすごく上質なものが出来上がりました。それは胸を張って言えます。ある意味、(説明過多ではないため)不親切なところがある映画かもしれないけど、でも僕らがこれはこういうことですと提示してない分、見た人がいろいろなことを感じてもらえる作品になったと思います。答えを提示していないからこそ、たくさん想像する事が出来るし、みんなで話し合うことが出来る作品になったと思います。ぜひご覧になってもらいたいです。

(text&photo:壬生智裕)

笠松将
笠松将
かさまつ・しょう

1992年11月4日生まれ。主な出演映画に2017年『デメキン』、『カランコエの花』、『リベンジgirl』。18年『このまちで暮らせば』、『響-HIBIKI-』、『さかな』。19年は『デイアンドナイト』、『ラ』、『CAST:』、『おいしい家族』、『羊とオオカミの恋と殺人』、『ドンテンタウン』。テレビ『ウチの夫は仕事ができない』(17年)、『黄昏流星群〜人生折り返し、恋をした〜』(18年)、『平成物語〜なんでもないけれど、かけがえのない瞬間〜』(19年)、『向かいのバズる家族』(19年)など。待機作に映画『カイジ ファイナルゲーム』、『転がるビー玉』『ファンファーレが鳴り響く』、ドラマ『僕はどこらから』(テレビ東京1月8日〜OA)がある。