不穏な時代に考える、大衆を熱狂させるポップスターとは何なのか?

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『ポップスター』
(C) 2018 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC
『ポップスター』
(C) 2018 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC

新型コロナウイルス感染拡大の影響で4月公開が延期されたナタリー・ポートマン主演の『ポップスター』が公開される。若くして名声を得たポップスターのセレステを主人公に、ドラマティックな半生に20世紀の終わりと21世紀の初めを描く本作の原題には「21世紀のポートレイト(A Twenty-First Century Portrait)」と副題が付けてある。

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第1章、第2章、フィナーレの3つに分けられた物語は、ニューヨークで両親と姉エリーと暮らすセレステが13歳だった2000年から始まる。1999年にコロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件を思わせる、白人男子生徒による学校での銃乱射事件に巻き込まれ、自身も首を撃たれて重傷を負ったセレステは入院中に大好きな姉と2人で犠牲者に捧げる曲を作る。追悼集会で姉の伴奏でその曲を歌い、注目の的となってスターへの道を歩み始めるまでが第1章。10代のセレステを演じるのは『聖なる鹿殺し』のラフィー・キャシディーだ。意志の強さ、無垢な心、状況に流されてしまう弱さといった思春期の矛盾をみずみずしく演じている。セレステの才能に目をつけ、ポップスターに育て上げようと奔走する辣腕マネージャーを演じるジュード・ロウは、ポートマンと共に本作の製作総指揮を務めている。『グッバイ・ゴダール!』などのステイシー・マーティンが、脚光を浴びる妹の影のように存在する姉のエリーを演じる。

第2章では物語は一気に2017年に飛び、31歳にしてすでに栄光と挫折を経験し、新しいアルバムとツアーで起死回生を図ろうとしているセレステとして、ポートマンが登場する。子役からスタートし、セレステと同じようにローティーンでスターの座に着いたポートマンにとって自身と重なる部分もあるはずだ。『コールド マウンテン』『クローサー』などで共演を重ねてきたロウと醸し出すアーティストとマネージャーの関係性も、俳優同士の信頼によって絶妙なバランスを見せる。

すっかり業界ズレして、周囲に八つ当たりするディーバとして振る舞う姿に内面の不安が見え隠れするセレステに突きつけられたのは、クロアチアのビーチで起きた銃乱射事件の一報。犯人グループはセレステが代表曲のMVで使ったマスクを着用していた。ツアー初日を控えての思わぬニュースにメディア対応に追われるなか、10代になる娘アルビーが訪ねてくる。

華やかな表舞台に立つスターのバックステージでの葛藤に現代社会への風刺を重ね、さらに大衆を熱狂させるポップスターとは何なのか、その心の内側に踏み込むことで神秘的な味わいもある。セレステという名前は天空、青空といった意味を持つ。原題『VOX LUX』はラテン語の単語2つ「声」「光」を並べたもので、ブラディ・コーベット監督によると“光の声”を意味しているという。説明的な描写を早送り映像にしたり、全く見せないようにする代わりに、注釈のようなナレーションが入る。ウィレム・デフォーによるこのナレーションは誰の視点なのか、それを想像するのも興味深い。

フィナーレは、レディー・ガガやマドンナを彷彿させるパフォーマンスでセレステが観衆を興奮の渦に巻き込むライブシーンだ。ポートマンの夫であるバンジャン・ミルピエ振付のダンスと、グラミー賞アーティスト、シーアによる書き下ろしの楽曲によってこの映画のために創造されたポップスターのステージは盛り上がれば盛り上がるほど、ポップという概念について考えさせられる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『ポップスター』は6月5日より公開中。