麻薬売人から天才カリスマまでを完璧に演じる幅広さ! 遅咲き名優は意外に策士!?

#グリーンブック

『ムーンライト』のマハーシャラ・アリ
(C) 2016 A24 Distribution, LLC

【この俳優に注目】マハーシャラ・アリ
『グリーンブック』『ムーンライト』

現在公開中の『グリーンブック』で第91回アカデミー賞助演男優賞に輝いたマハーシャラ・アリ。一昨年の『ムーンライト』での同賞受賞に続く2度の受賞は、アフリカ系俳優としてデンゼル・ワシントン以来2人目の快挙だ。

【この俳優に注目】安藤サクラ、自堕落な女から天真爛漫ヒロインまでを演じきる確かな演技力

44歳にして名優の地位を揺るぎないものにしたマハーシャラだが、そのキャリアは決して順風満帆ではなかった。

1974年、カリフォルニア生まれのマハーシャラは大学に入るまで演技に興味はなかった。バスケットボールで奨学金を得てセントメリーズ・カレッジ・オブ・カリフォルニアに進学した後、単位が必要で取った演劇の授業をきっかけに、演技にのめり込んでいった。大学卒業後にカリフォルニア・シェイクスピア・シアターを経て、名門ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツに進学、修士号を取得した。

マハーシャラというファースト・ネームは本名の「マハーシャラルハズバズ」をアレンジしたもの。旧約聖書イザヤ書に登場する預言者の息子の名前「マヘル・シャラル・ハシ・バズ(Maher-shalal-hash-baz)にちなんで、聖職者である母によって名づけられたが、彼は2000年にイスラム教に改宗し、ギルモアという姓をアリに改名している。

舞台俳優として初の主演作「ボクサー」で務めたのも2000年だ。そこから映画のオーディションもいくつか受け続けたが、出演には至らず、ロサンゼルスに移って『女検死医ジョーダン』(01〜02)『スレット・マトリックス』(03〜04)などテレビドラマで活動し始める。

2004年のSFドラマ『4400 未知からの生還者』で念動力を持つ元空軍パイロットを演じて注目された彼は、映画では2008年にデヴィッド・フィンチャー監督の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』に出演、ブラッド・ピット演じる主人公の育ての親となる黒人夫妻をタラジ・P・ヘンソンと演じた。当時はマハーシャラルハズバズ・アリと名乗っていたが、2010年からマハーシャラ・アリ名義となった。

『ベンジャミン・バトン〜』の縁でフィンチャーが製作総指揮を務めたNetflix配信の『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013〜)にシーズン1から4まで出演。冷静で頭の切れるロビイスト、レミー・ダントン役で、俳優としての認知度と人気が一気に高まった。魅力的で評判も良い役だったのだが、マハーシャラは自ら降板を申し出た。より幅広い活躍の場を求めてのことだった。

そんな彼が2016年に出演したのは『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』、タラジ・P・ジョンソンと再共演となった全米映画俳優組合(SAG)賞キャスト賞受賞作『ドリーム』、そして第89回アカデミー賞で助演男優賞に輝いた『ムーンライト』だ。『ムーンライト』では前哨戦でも軒並み受賞していたが、実は出演時間はごくわずか。だが、ドラッグディーラーという悪の存在でありながら、孤独な少年に誰よりも親身に寄り添い、大きな影響を与えるカリスマ性あふれるフアンという男性像は強烈な印象を残した。

そして、次にやって来た作品が『グリーンブック』だ。彼が演じたのは、実在したピアニストのドクター・ドン・シャーリー。ヨーロッパで修行し、3つの博士号を持ち、語学堪能。語彙も豊かで身なりも整えたドクター・シャーリーを洗練された佇まいでエレガントに演じた。ヴィゴ・モーテンセンふんするイタリア系庶民の用心棒トニーと対峙する様に、フアンとはまた違うカリスマ性が光る。

『グリーンブック』は、教養ある繊細なアーティスト(アリ)とガサツな用心棒(モーテンセン)という水と油の関係が一番の見せ場だが、音楽家ドクター・シャーリーとしてスクリーン上で輝けなければ設定の説得力は半減してしまう。ピアノは全くと言っていいほど弾けなかったが、数ヵ月の訓練と演技力、そして映像のマジックで、天才アーティストの演奏を再現している。そして、マイノリティとしての複雑な葛藤をさらけ出す場面も胸を打つ。

『グリーンブック』は実質的に2人とも主役であり、ではなぜマハーシャラが助演賞候補となったのかというと、それはマハーシャラ自身の意向だったと、ピーター・ファレリー監督は昨年11月の「VUTURE」のインタビューで明かしている。早い段階から彼は監督に「2人とも候補になったら、どちらも受賞できない。今回はヴィゴの番だと思う」と語り、自分が助演男優賞候補になることが、ヴィゴにとっても自分にとっても助けになると話したという。その読みは見事に当たったわけで、なかなかの策士なのかもしれない。

アメリカではテレビシリーズ『トゥルー・ディテクティブ』の最新作シーズン3で主役を務めたばかり。さらにアカデミー賞長編アニメ映画賞受賞作『スパイダーマン:スパイダーバース』、木城ゆきと原作「銃夢」を映画化した『アリータ:バトル・エンジェル』がともに大ヒット公開中。アート系からブロックバスターまで縦横無尽の活躍は始まったばかりだ。

INTERVIEW