世界中のセレブが愛するセクシーな美! 美の求道という生き方描く

#週末シネマ

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』
(C)HEELS ON FIRE LTD 2017
『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』
(C)HEELS ON FIRE LTD 2017

【週末シネマ】『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』
歯に衣着せぬ率直な発言も魅力

あのダイアナ元妃が愛用し、人気ドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」にもヒロインが愛してやまない逸品として登場するイギリスの靴ブランド「マノロ・ブラニク」。1970年代の発足時から現在に至るまで、世界中のセレブやファッション、アート界の重鎮に愛される美しい靴を作り続けてきたデザイナーの魅力に迫るドキュメンタリー『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』は、マノロ本人や縁の人々へのインタビューを中心に、イタリア・ミラノにある工房での仕事ぶりにも迫る。

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』マノロ・ブラニク インタビュー

1942年にチェコ人の父とスペイン人の母の間に生まれ、カナリア諸島のバナナ農園で育った少年がチョコレートの包み紙でトカゲに靴を作ったエピソードに始まり、60年代の大学進学後にパリへ移住、70年代初期にロンドンで靴デザイナーとしてデビューするまでの流れは駆け足だが、天才画家パブロ・ピカソの娘のパロマや伝説のファッション・エディターのダイアナ・ヴリーランドとの出会いに恵まれる強運さや本人の強烈なパーソナリティの魅力が、息をのむほど美しく華麗なマノロ作のコレクションを映しながら語られると、極上のフェアリーテイルを見ているようだ。彼が心惹かれて吸収した様々な文化や美が、遊び心のあるセクシーな美しい靴という形に昇華する。

ファッション界の大物クリエイターを扱うドキュメンタリーは毎年何本も作られているが、本作の面白さは“語り”だろう。マノロは時に芝居がかったように大きなリアクションを交えながら、歯に衣着せぬ率直な発言をするが、自分については決して語りすぎない。彼の愛するもの、人、芸術、ライフスタイルについては雄弁になるが、自身の功績については無頓着と言ってもいいほど素っ気ない。その紹介役を担うのが、VOGUEの名物編集長アナ・ウィンターであり、歌姫リアーナ、ルパート・エヴェレット、映画『マリー・アントワネット』でマノロに靴デザインを依頼したソフィア・コッポラ監督だ。マノロをよく理解する人々が、愛のある言葉で彼について語る。

マノロ自身が賞賛の言葉を惜しまないのは、セシル・ビートンを始め、今は亡きファッション・アイコンの女性3人など、彼にインスピレーションを与えた存在。敬愛する人物について熱く語ることが、自らの矜持も同時に表明することになる。盟友であるジョン・ガリアーノがインタビュー撮影に乱入した際に、撮影そっちのけでおしゃべりに盛り上がる場面も見どころ。気の合う誰かと話している時は、作っているようでも素が出やすくなる。それもまた“自分語り”の1つのスタイルともとれて、実に興味深い。

研ぎ澄まされた洗練、美意識を何よりも大切にするマノロは、人と交流するのは大好きで得意だが、誰かと一緒に住むことは絶対に不可能だともいう。そんな彼がミラノの工房で職人たちと言葉を交わし、自らも作業に当たる場面で見せる表情も印象的。昔話や仕事哲学をカメラの前で語る顔とはまた別の、集中力が現れるのだ。

監督・脚本は、写真家、編集者、スタイリストなど多方面で活躍するマイケル・ロバーツ。マノロとは45年にわたる友人であり、オープニングからマノロが心を開いて取材を受けているのがわかる。この両者の関係性がなければ成立しなかったであろう、美の求道という生き方が描かれている。(文:冨永由紀/映画ライター)

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』は12月23日より公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。