【この俳優に注目】復活劇に世界中が大興奮、キー・ホイ・クァンの愛すべき魅力
#アカデミー賞#エブエブ#エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス#キー・ホイ・クァン#この俳優に注目#コラム
『エブエブ』でアカデミー賞助演男優賞に輝いた80年代の名子役
【この俳優に注目】先日発表された第95回アカデミー賞で最多7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)。前哨戦の重要な賞をほぼ勝ち抜いた大本命作だったが、中でも100パーセント間違いなしの予想通り、受賞を果たしたのが助演男優賞のキー・ホイ・クァンだ。
・『エブエブ』ミシェル・ヨー、アジア人で60歳の女優がハリウッドの大役をつかむことの凄さ
中高年の洋画ファンなら、彼の名前と顔は記憶にあったはずだ。12歳の時にスティーヴン・スピルバーグ監督に見出されて、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(84年)でハリソン・フォード演じる考古学者インディの助手、ショート・ラウンド役に大抜擢され、続いて少年少女たちのアドベンチャー作『グーニーズ』(85年)に出演し、すばしっこく愛嬌あふれるキャラクターで一躍人気者になった。
苦難の幼少期、ベトナムからアメリカに渡り、オーディションへ
クァンは1971年、ベトナムの中国系の一家に9人きょうだいの7番目の子として生まれた。1975年のサイゴン陥落から3年後に家族で国を離れ、香港を経由して1979年にアメリカへ移住したが、その道のりは険しかった。彼は父親ときょうだい5人で香港を目指し、母親ときょうだい3人はマレーシアへ向かい、クァン一行は香港の難民キャンプで過ごした後、カリフォルニア州で母たちと合流した。
そして1983年、『インディ・ジョーンズ』のオーディションを受ける弟に付き添っていたのが同作のキャスティング・ディレクターの目にとまり、一緒に参加するように促されたのが全ての始まりだ。
10代後半でキャリアの低迷を経験、裏方へ回る
『エブエブ』でオスカー主演女優賞をアジア系として初受賞したミシェル・ヨーのスピーチの言葉を借りれば、クァンと「同じような姿をした少年少女」だった同世代のアジア人は彼の活躍に心を踊らせただろう。だが、台湾映画や日本映画『パッセンジャー 過ぎ去りし日々』(87年)などに出演しながらも10代後半になると仕事は激減してしまう。セリフ3つ程度の端役のオーディションすら稀で、それも熾烈な競争で役を得ることができなかった。だが、すでに映画の世界に魅せられていた彼は、それならば、と20代になってから映画制作を学ぶために南カリフォルニア大学映画学部に進学した。
1999年に卒業した彼に香港のアクション映画の名匠、コリー・ユンから声がかかる。カナダのトロントで撮影する『X-MEN』の武術指導のアシスタントとして招かれたのだ。実はかつて、ユン監督から香港映画への出演依頼があり、実現はしなかったが、その後も連絡を取り合っていたという。
2002年に香港映画に出演した後、クァンは俳優ではなくスタッフとして映画に関わるようになる。
広東語と北京語も堪能な彼はウォン・カーウァイ監督のもとでも仕事をしている。2000年代になって、筆者が久しぶりにキー・ホイ・クァンの名前を聞いたのは、ウォン監督の『2046』に出演した木村拓哉が撮影時のエピソードとして「スタッフにキー・ホイ・クァンがいた」と語った時だった。クァンは監督の広東語の指示を英語で木村に伝える通訳をしていたという。
『クレイジー・リッチ!』の大ヒットに触発されて…
スタッフとして映画に関わることができれば、それでいい。そんな風に思い込もうとしていたのだ、と『エブエブ』で劇的なカムバックを遂げたクァンは折に触れて語っている。再び俳優の仕事をしたいと思ったきっかけは、2018年の『クレイジー・リッチ!』の大ヒットだった。ミシェル・ヨーも出演した同作は主要キャストがアジア系で占められるという、ハリウッド・メジャースタジオの配給作としては異例の作品だが、公開初週末に興収1位を記録し、これを機にハリウッドにおけるアジア系俳優の躍進が始まった。
俳優業への再挑戦を決めたクァンは友人のエージェントに連絡して代理人を務めてもらうことになり、その2週間後に『エブエブ』オーディションの話が来た。奇しくも同作の監督ユニット、ダニエルズのダニエル・クワンは「ショート・ラウンドは今何をしてる? ちょうどいい年頃のはず」と考えていたという。ちなみに『エブエブ』の出演交渉に当たったクァンの弁護士が、『グーニーズ』の共演者でチャンク役だったジェフ・コーエンであるのは有名な話だ。
『エブエブ』でミシェル・ヨーの夫役を勝ち取る
『エブエブ』ではミシェル・ヨー扮する主人公エヴリンの夫・ウェイモンドを演じた。妻と駆け落ちした情熱的な過去がありながら、今は善良なだけが取り柄の優柔不断な中年男性、だが、実は異なるバースでは別人のように頼もしいヒーローになる。トニー・レオンばりの渋い二枚目の顔も見せる。多彩な表情を次々に見せるが、この演技力をもってしても、映画公開前は次の仕事が決まらなかった。パンデミックの影響で映画公開が延期される中、俳優組合健康保険を更新できなかったこの期間が最も落ち込んだという。
俳優という仕事は、外見を無視することはできない。ウェイモンドというキャラクターにとって欠かせない要素の1つは、ゴージャスなモデルのようではない、ごく一般的なアジア男性の肉体だ。そして、誰もが好きにならずにいられない愛嬌も必須。そのどちらも兼ね備えていたのがクァンだ。彼は最初にオーディションを受けた俳優であり、その時点からダニエルズのお気に入りになったという。クワンは「彼がウェイモンドだから。ただただ喜びに満ちて、遊び心があって、そういうエネルギーの中に相手を迎え入れたいと考える優しい人。そんな人物を想定していた」とEntertainment Weekly誌で語っている。
授賞式で見せた51歳と思えぬ少年のような魅力と優しさ
そのエネルギーは、昨年来の各映画賞の授賞式で助演男優賞を受賞し続けた彼のスピーチに現れている。もう51歳なのに、少年のように全身で喜びを表現する。泣くことも躊躇わない。だが、自分のことばかりではなく、スピーチでは自分を最初に発見してくれたスティーヴン・スピルバーグに、裏方としての経験を踏まえて撮影を支えるスタッフたちに、共演者に、家族に、香港で出会って結婚して以来、励まし続けてくれた最愛の妻にありったけの愛を込めて感謝を述べる。そして、最高の形で賞レースの旅を終えたアカデミー賞授賞式では「夢は信じ続けるべきもの。僕は諦めかけました。みなさん、どうか夢を持ち続けて」と語りかけた。
彼がウェイモンドのように親切で愛すべき人なのは、アカデミー賞作品賞発表時の様子からもうかがえた。プレゼンターのハリソン・フォードが登場するのを誰よりも嬉しそうに拍手で迎え、フォードが受賞作を発表すると、関係者として登壇し、飛び跳ねんばかりの勢いでフォードに抱きついた。しばし大喜びしていたかと思うと、「こっちです、早く渡してあげて」とばかりに、オスカー像を手にしたフォードをプロデューサーのジョナサン・ワンの方へと促す。
この優しさが、ともすれば他人を押しのけてのし上がっていくハリウッドで苦戦を強いられた原因かもしれない。どれだけ悔しかったか、不安だったか。しかし、そんな苦悩をまるで顔に刻まなかったのがキー・ホイ・クァンのすごさだ。この数カ月間のインスタグラムを見ると、超ミーハーな映画ファンのアカウントかと見紛うほど、多くのスターたちとのセルフィーが満載だ。屈託のない心から楽しそうな笑顔だが、並んで映るスターたちも彼と同じ表情をしている。クァンの優しさ、明るさは相手にうつるのだ。
・スピルバーグ監督夫妻やハリソン・フォードと一緒に写真を撮って喜ぶキー・ホイ! その他の写真はこちら
2023年はDisney+で『ロキ』シーズン2、『エブエブ』共演者のミシェル・ヨー、ステファニー・シュー、ジェームズ・ホンも出演するシリーズ『American Born Chinese(原題)』、来年はルッソ兄弟の映画『The Electric State(原題)』にも出演する。俳優キー・ホイ・クァンの真価は、これから発揮される。(文:冨永由紀/映画ライター)
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は公開中。
・[動画]『インディ・ジョーンズ』元子役がGG賞初受賞で完全復帰!ミシェル・ヨーも主演女優賞受賞/映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』予告編
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