後編/目指したのは『となりのトトロ』の普遍性! アイルランド発の家族の物語

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『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
(C)Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Nørlum

【映画を聴く】『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』後編

(…前編「誰もが恋に落ちる歌姫!の新たな魅力を発見」より続く)

吹替版はEGO-WRAPPIN’の中納良恵

今回は公開前にオリジナル字幕版を見せてもらったのだが、日本での吹替版ではリサ・ハニガンの役どころをEGO-WRAPPIN’の中納良恵が担当。「Song Of The Sea」の歌唱と日本語詞も手がけている。ミュージック・クリップを見る限り、オリジナルの世界観をていねいにトレースしており、昭和歌謡やジャズを下敷きとしたEGO-WRAPPIN’のサウンドとはひと味違うものの、“夜”を想起させる点では地続き。声優としてリリー・フランキーの演じる父親のコナーや本上まなみの演じる息子のベンとどう絡んでいるか、俄然楽しみになる仕上がりだ。

本作は母親であるブロナーとその息子ベンがお互いを思う、海よりも深い愛情をよりどころとした、ベンの成長の物語だ。いつも自分を褒めてくれて、いろいろな歌や昔話を教えてくれる大好きな母親が、ある朝目覚めると突然いなくなっている。それが生まれたばかりの妹、シアーシャのせいだと思い込み、彼女に辛くあたってしまうベン。やがてシアーシャが母親と同じセルキーであることを知ったベンは、連れさらわれた彼女を救うため、フクロウの魔女に立ち向かっていく。


トム・ムーア監督はこの作品を前作『ブレンダンと秘密のケルズ』の“スピリチュアルな続編”と位置づけている。ともにアイルランドを舞台としているし、エイドリアン・ミリガウによるアート・ディレクションのほか、先述のブリュノ・クレとキーラによる音楽など、スタッフも多くが被っている。ただ、本作では大人やティーンエイジャーが視覚的、内容的に楽しめるだけでなく、小さな子どもが成長にあわせて繰り返し見ることでのできる作品、たとえば『ジャングル・ブック』や『となりのトトロ』のような作品を目指したという。

母親を巡るきょうだいの小競り合いは、父親からすれば愛すべき日常の光景のひとつでしかない。しかし当の子どもたちからすれば、それは死活問題だ。ある種の残酷さを含んだその本気ぶりを、ムーア監督は子どもの気持ちに深く潜り込んで描写している。実際、監督にはベンという息子がいて、本作の構想も当時10歳だった彼との休暇中に得たものだという。

僕はシアーシャと同じ6歳の娘を持つ者として、父親・コナーの目線で本作を見たが、同時に自分がベンぐらいの年頃に弟やクラスメイトにしでかしたイジワルの数々を思い出したりもした。成長とともに別の見方ができるだけでなく、記憶の影に追いやられがちな、でも忘れてはいけないことを呼び覚ましてくれる、かけがえのない作品。アーティスティックな映像と音楽でコーティングされているが、そのコアには恐ろしいほどの普遍性が埋め込まれている。(文:伊藤隆剛/ライター)

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は8月20日より全国公開。

伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。

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