【週末シネマ】突然の絶縁宣言、友情の不可解な断絶を描く『イニシェリン島の精霊』

#アイルランド#イニシェリン島の精霊#ケリー・コンドン#コリン・ファレル#バリー・コーガン#ブレンダン・グリーソン#マーティン・マクドナー#レビュー#週末シネマ

『イニシェリン島の精霊』
(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
『イニシェリン島の精霊』
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『イニシェリン島の精霊』
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コリン・ファレル
ブレンダン・グリーソン
ケリー・コンドン
バリー・コーガン

アカデミー賞主要8部門9ノミネート、マーティン・マクドナー監督最新作

3月発表の第95回アカデミー賞で作品賞など8部門9ノミネートされ、先日発表のゴールデン・グローブ(GG)賞など、すでに数多くの映画賞を受賞している『イニシェリン島の精霊』は、前作『スリー・ビルボード』(17年)もオスカー受賞を果たしたマーティン・マクドナー監督の最新作だ。

1923年のアイルランドにある小さな孤島に暮らし、毎日一緒にパブで過ごしてきた2人の男がある日突然、仲違いする。それも一方が理由も明かさずに他方を拒絶するという不可解な展開だ。

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しっかり者の妹と2人暮らしで素朴な人柄のパードリック(コリン・ファレル)は、いつも通り長年の飲み友達コルム(ブレンダン・グリーソン)をパブに誘いに行く。だが、家にいるはずのコルムは無反応。訝しく思いながらもその場はやり過ごしたが、まもなく彼はコルムから面と向かって絶交を告げられる。自分に非があるなら言ってくれというパードリックに、コルムは「お前が嫌いになった」としか答えない。パードリックは賢明な妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人の青年ドミニク(バリー・コーガン)の力も借りて関係修復に努めようとするが、ついにコルムは「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と凄まじい宣言を突きつける。

『イニシェリン島の精霊』

昨日の味方は今日の敵、アイルランドの史実になぞらえて

今回のアカデミー賞では作品賞のほか監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞に2人、助演女優賞、作曲賞、編集賞にノミネートされている。オリジナル脚本と監督を務めたマクドナーは両親がアイルランド人で、劇作家アイルランドを舞台にした作品を数多く執筆している。彼の長編映画監督デビュー作『ヒットマンズ・レクイエム』(08年)に主演したファレルとグリーソンをはじめ、主要キャストは皆アイルランド人だ。

GG賞で同作はコメディ/ミュージカル部門にエントリーしていたが、単純なコメディとして見るにはなかなかシビアなストーリーだ。イニシェリン島は架空の島だが、アイルランド本土の内戦の様子が目に見える位置にあるという設定だ。1922年から23年にかけて起きたアイルランド内戦では、それまで味方同士だった人々がアイルランド自由国建国をめぐって分断されて戦い合うことになった。パードリックとコルムの断絶は、この史実になぞらえているのだろう。

主演も助演も全員オスカー候補も納得の名演

困惑するばかりのパードリックを演じたファレルは、凡庸な男の哀れさを見事に表現している。異様な頑なさのコルムに何故か一抹の共感さえ抱かせるグリーソン、愚者に宿る不思議な聡明さを不穏に見せるのに長けたコーガン、男たちの物語の中に埋もれず、自分の物語を切り拓くシボーンの強さを印象づけるコンドンも、全員がオスカー候補となって当然の至芸だ。

ファレル、グリーソン、コーガン、コンドンの写真を見る

アイルランドの歴史と切り離し、友情や孤独についての映画として見ることもできる。思いもよらぬ友情の破綻によって、パードリックは他者の目に映る自分を意識することになるが、それで何が変わるのか変わらないのか。荒涼とした風景と静けさに包まれた世界の美しさと不条理な物語の調和に惹きつけられる。(文:冨永由紀/映画ライター)

『イニシェリン島の精霊』は2023年1月27日より公開中。